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子供の涙、大人の涙

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人前で泣くなんて、プライドが許さなかった。落ち込んでいる姿さえ見せたくない。弱い自分は大嫌い。自分は誰よりも強いのだから。誰よりも誰よりも、もちろんあの桜井侑斗なんかよりも。
 でも、そういうことじゃないんだ、とリュウタロスはまた喉の奥に痛みを感じた。何かが湧き上がってくる。身体の中から何かが、リュウタロスを壊しそうな勢いで飛び出そうとしている。
 リュウタロスは、良太郎の実の姉である愛理を、心から慕っていた。「おねいちゃん」と愛理を呼び、人目もはばからず「だいすき」と抱きついたこともある。そのあまりにも直球な態度に、他のイマジンたちはおろか良太郎もそれを苦笑しつつも微笑ましく思っていたのはまぎれもない事実だ。
 けれど、リュウタロスはイマジンであり、人間ではない。対する愛理は人間であり、イマジンとは何の関わりもなかった。
 愛理の弟は、この世で良太郎だけ。リュウタロスはどうあがいても、愛理に「おねいちゃん」になってもらうことは出来ないのだ。
 こんなに、すきなのに。だいすきなのに。
 渡せなかった、愛理の似顔絵は、リュウタロスの自信作だった。きっと喜んでくれる、そう信じて、浮かんでくる笑みを抑えきれずに向かったミルクディッパーで見たのは、愛理の桜井侑斗と楽しげに過ごす姿。
 ごしごしと、少し乱暴な手つきでリュウタロスは似顔絵のしわを伸ばす。思い出すと、今でも苦しくなる記憶。だいすきな愛理。誰よりも自分が愛理を想っていたのに。
 その後にリュウタロスのしたことは、確かに許されることではなかっただろう。ゼロノスを暴走させ、デンライナーも巻き込み、それは大変な事件となってしまった。誘惑の甘い言葉を投げかけたカイに、責任がないとは言えない。だが、それに簡単に騙されたのはリュウタロス。そして、何より実行犯はリュウタロスなのだ。
 しかし、みんなリュウタロスを本気で糾弾しようとはしなかった。リュウタロスの気持ちも、自己嫌悪で珍しく落ち込んでいることも、みんなよくわかっていたからだ。
たった一言、聞こえるかどうか「ごめんなさい」と呟いたリュウタロス。本当は、もっとちゃんと謝るべきなのだが、リュウタロスにはそれが精一杯だった。
そして、モモタロスにじゃれるふりをしてみんながいる食堂車を飛び出して、一人で愛理の似顔絵を眺めながら、今に至る。
「別に……平気だよ。落ち込んでなんかないもん。僕は強いから」
「そうは見えませんけどー?」
独り言のつもりで呟いた言葉に、なぜか返答があった。しゃがみこんでいたリュウタロスは勢いよく立ち上がろうとして、バランスを崩し、前のめりに倒れた。
「わー! なにやってるんですかー、リュウちゃん!」
「そっちこそ、なにやってるの!」
 ナオミに格好の悪い姿を見られた、という思いで混乱しつつ、リュウタロスはなんとか体勢を立て直した。
「なーんにもしてませんよー。ただ返事しただけ」
「別に話しかけてないよ! 話しかけてないんだから、返事いらないの!」
「じゃあ、誰に話しかけてたんですかー?」
「誰にも話しかけてないの!」
 語尾を伸ばす、ナオミの独特の口調はいつもは和むものだが、今はリュウタロスの神経をより尖らせるだけだった。
「答えは聞いてない、ですかー?」
 声を荒げてわめくリュウタロスのことなど気にも留めず、ナオミは相変わらずのんびりと笑っている。口癖を真似され、からかっているのか、とさらにリュウタロスは腹をたてた。
「もういい!」
「なにを怒ってるんですかーリュウちゃんはー」
 なんて空気の読めないやつなんだ。一人になりたいときに、寄って来て、独り言に返事をして、ひとのことをばかにして、それでまだ居座ろうとしている。こういうときは、何も見なかった顔をして、黙って立ち去るのがマナーというものじゃないのか。リュウタロスは、ふだんの自分が他のイマジンたちにどう見られているのかも考えずに、ただひたすらに憤慨した。
「いいから、もう怒らないからあっちいってよ!」
「やですよーだ」
 べー、と舌を出したナオミは、そのままリュウタロスと背中合わせになるようにしゃがみこんだ。
「良太郎ちゃんたち、向こうでおしゃべりしてますよー」
「知ってるよ」
 だから、ここなら一人になれると思ったのだ。今頃、自分が「ごめんなさい」なんて口にしたことをネタに、さんざん笑っているに決まっている。特にモモタロスが。そう思うと、またむかむかしてくる。みんなして、自分をばかにしているような気さえしてくる。実際はすべてリュウタロスの勝手な想像なので、被害妄想でしかないのだが、いろんなことが一度にありすぎて、少しリュウタロスは神経が過敏になっていた。
「みんな、心配してました」
「心配?」
 おかしなことを言う、とリュウタロスはナオミの顔を覗き込もうと振り返りかけ、ナオミの手に止められた。ぐいっと押され、無理やり視線をもとに戻される。
「なにするの!」
「それはこっちの科白ですよー! いいから、リュウちゃんはそっち向いててください!」
「変なやつ!」
「いいんですー!」
 なんなのさ、とぶつぶつぼやくリュウタロスに、ナオミは「とにかく!」と怒ったようなそうでもないような、よくわからない大声を出した。
「リュウちゃんは子供なんですから、みんな心配するんです。子供を心配するのが、大人の役目ですから」
「なにそれ! 僕、子供じゃないもん!」
 やっぱりばかにしてる!
リュウタロスに人間のような顔があったら、怒りで真っ赤になっていただろう。子供扱いされるのは、リュウタロスにとっては一番不名誉なことなのだ。
 子供じゃないから、みんなの前で泣かなかったのだ。子供じゃないから、心配なんてかけたくないのだ。
 もしも、自分が子供だったら。
 こんな風に、あっさり愛理のことを諦めたりしなかった。泣いてでも、わめいてでも、だだをこねてみんなを困らせてでも、愛理を自分のものにしようとした。子供だったら、それでもよかったのだ。
 出来なかったのは、諦めるしかなかったのは。
「そっか」
 背中ごしにでも、ナオミがにやついているのがわかる。今度はなんだ。何をからかうつもりだ。
「ちょーっとだけ! リュウちゃんは大人に近づいたんですねー」
「え?」
 ナオミの口から出た意外な言葉に、リュウタロスは言おう言おうと考えていた罵詈雑言の嵐が頭の中から吹っ飛んでしまった。
「だーいすきなおねいちゃん、の他にも、すきな人ができちゃったんですよー」
 みんなの前で泣かなかったのは、心配なんてされたくなかったのは、愛理を諦めるしかなかったのは。
 良太郎が、モモタロスが、かめちゃんが、くまちゃんが、困るから。これ以上、迷惑かけたくなかったから。
「……なんで、ちょーっとだけなの?」
 ぎゅっと、抱きしめるように膝を抱えて、少しだけリュウタロスは視線を下げた。背後のナオミに気がつかれないように、そっと。
「大人って、もっと複雑なんですよー? 大切なものがいっぱいあって、ひとつになんて選べなくて、守るものも守りたいものもいっぱいあって」
「だから!」
「リュウちゃんの一番は?」
 一番大切なもの。守りたいもの。
作品名:子供の涙、大人の涙 作家名:小豆沢みい