二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

On s'en va ~さぁ、行こう!~ 後編

INDEX|10ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

13.『Ca alors!』(何という事だ!)


「!」
一瞬何が起こったか、シュラは解らなかった。
そう。本来なら黒のポケットに入るはずの球が、止まる瞬間不自然に赤のポケットに移動したのである。
おかしい、決してあるはずない。
長年カジノに通いルーレットで勝負をしているが、あのように球が動くのを見た事がない。
その時だ。空間に薄く残った冷たい小宇宙が、シュラの脳裏に閃きを与えた。
「カミュ、お前……」
流石のシュラも言葉が出ない。
あまりの事でくわえた煙草の灰を落とす事を忘れたため長く伸びた灰がポロッと落ち、タキシードの胸元とルーレットのテーブルを汚す。
「お前、何を考えているんだ?」
カミュはシュラの視線を受けると、後ろめたそうに顔を背けた。
給仕を呼び、ロゼワインのお替わりをもらったカミュは、長い睫に縁取られた瞳を伏せると、
「余計な事を考えていたせいで、手元が狂った」
「嘘を付くな。わざとだろう……」
カミュを切り刻まんとせんばかりのシュラの視線。
やや顔を上げたカミュは観念したようにため息を付くと、シュラのタキシードの胸元を軽く手で払った。
「灰がかかっている」
「誰のせいだと思っている。そんな事よりも、納得できる回答をもらおうか……」
「回答できなければ?」
「ミロも貴様もまとめて斬る……」
「仕方あるまい……」
何やらシュラに耳打ちするカミュ。カミュの言葉を聞き、シュラの剣呑さが徐々に薄れていく。
さて。カミュとシュラの言い合いを不審に思ったミロは、怖ず怖ずと目を開ける。
……彼の目に映ったのは、赤のポケットに入っている球。
「あ」
目の前の光景が信じられないでいるミロ。
青い目を何度か瞬きさせ、これが現実である事を確認すると、まるで薔薇のつぼみがほころびるように、ミロの顔に笑顔が浮かぶ。
「勝った……」
顔に赤みが増し、瞳が日の光を反射して輝く地中海のように煌めく。
「勝った、勝った、勝ったーーーーッ!!!!」
天井に拳を突き出し、踊り出さんばかりの勢いで身体を揺らすミロ。
『勝った。あのシュラに勝った。カミュを賭けた勝負(どうしてそうなるのかは、全くもって不明)に勝った!
これで、これで!カミュとモナコで大豪遊だ!勿論経費はシュラ持ちだ!
シュラの奴、散々人の事をバカにしておいてこの始末かよ!
ああ、聖域に戻ったら他の連中に言い触らしてやる!!
その前にカミュとモナコで大豪遊だ!!』
少年のように瞳がキラキラと輝き、妙に肌がつやつやとしてきたミロ。
だが。ミロが幸せに浸っていられた時間は、そう長くはなかった。
「シュラには気付かれたが……今の勝負、私が手心をくわえた」
空になったワイングラスを給仕に渡したカミュは、ミロとシュラ、そしてゲームを進行していたクルーピエに聞こえるように、綺麗なフランス語ではっきりとこう告げる。
周りが真っ白になっている程煙草をふかすシュラとは対照的に、ミロは感激を隠さない様子でカミュの手をギュッと握ると、麗人の冷たく白い手をブンブンと何度も何度も振った。
「カミュ!ありがとう!オレのために、オレを負けさせたくないために、ああしたんだろう?」
この時ミロの幸せ具合は最高潮に達した。
そんな彼を一気に崖の下に突き落とす、カミュの一言。
「Non」
「え?」
白い手を振り回していたミロの動きが止まる。
カミュは滑らかな動きでミロの手を払い除けると、絶対零度を具現化したような口調で言ってのける。
「単に、賭けの内容が気に入らなかっただけだ」
鳩が豆鉄砲食らったような顔をするミロ。シュラは横でクックと笑っている。
この件に関しての弁明を先程カミュから聞いたのである。
カミュは更に続けて、
「おかしいと思わないか?お前とシュラの勝負であるのに、何故私が賭けの対象にされている?」
「それはー……」
反論できないミロ。視線が宙を泳ぐ。しかし、すぐにある事に気付く。
「でも、それならどうしてオレを勝たせてくれたんだ。賭けの内容が気に入らないなら、シュラを勝たせてもよかったじゃないか?」
そして再びカミュの手を取り、愛おしそうに振り回す。
「やっぱりカミュもオレを親友と思ってくれたんだな!」
「……『私の色』に土をつける訳には行かないだろう?」
「…………」
呆然とするミロ。横で腹を抱えて笑うシュラ。
呆然とするミロの表情も愉快だったが、何よりも淡々と語るカミュの態度がこのカジノの雰囲気と非常に合わなくて、そのミスマッチがおかしかった。
『カミュの奴……』
シュラはこのカミュの言葉が本心ではない事くらい解っている。
『賭けの内容が気に入らない』のは本音だろうが、『自分の色』に土をつける事ができないなどというつまらない理由でミロを勝たせた訳ではない事くらい、シュラは解っている。
あの淡々とした表情は、複雑な胸の内を隠すための仮面であるという事も。
無表情のカミュはミロの手を払うと、ぷいとシュラの方に向く。
「さて、今回のゲームは痛み分けという事にしたいが、それでどうだろうか?」
「痛み分け?」
「私が勝負に介入してしまったため、この勝負は没収試合としたいのだが…正直それでは貴方に悪い。なので、今回分の経費をミロに払わせるのを落としどころにしたらどうかと思うのだが、それでいいか?」
「ほぉ……」
思わず目を細めるシュラ。
新しい煙草に火をつけると、ふぅ…と煙を吹き出しつつ、
「宝瓶宮の夜間突撃の件は黙認するというのか?」
「私はしばらくシベリアに戻らねばならないので、留守中に来られたところで大して困らないのだ」
ようやくカミュの口元に笑みが浮かんだ。シュラははいはい左様ですかーと肩を竦めると、ミロに向いた。
「という訳でだ。聖域に戻ったら、財布用意して待っていろよ」
その鼻で笑うような態度が、ミロをますます不機嫌にさせた。
「ふざけんな。折角カミュがオレを勝たせてくれたのに、オレ全然いい事ないじゃないかよ!」
「介入ありでも表面上は勝てたのだから、別にいいではないか」
灰皿を持って、ルーレットのテーブルから移動するシュラ。クルーピエにチップを渡した後、彼に続くカミュ。
ミロは二人の背中に向かって大声で、
「お前ら、オレをバカにしてるだろう!!」
「今頃気付いたか」と、くわえ煙草のシュラは鼻で笑う。
カミュはさすがに気分を害したのか、肩ごしに振り向くとこう返した。
「わかった。では明日1日だけモナコ観光に付き合ってやる。それでいいだろう?」
再びミロの顔に笑顔が浮かぶ。そしてカミュの背中をバシンと平手で打った。
「さっすがオレの親友!わかってるな!」
「……誰が親友だ」

なおこの光景を見たシュラが、
「カミュは本当に甘いな。こんなのだから氷河に負けたりするのだ」
と、ぼやいたのは内緒の話である。