オペラ座の廃人
「ラダマンティス様、あの居候聖闘士が海闘士のセイレーンと近くのライブハウスにいるようです。これから合流します」
当初無反応だったラダマンティスだが、『海闘士』の単語にビビッドに反応した。
「・・・海闘士のセイレーンだと?」
「はい。何故一緒にいるのかはわかりませんが」
「貸せ!」
ひったくるようにファラオの手から電話を抜き取ると、保留を解除してものすごい勢いで電話に出る。
「貴様、ひょっとしてカノンの同僚か!?」
いきなりこんな事を問われて、ポカーンとしない人間はいるまい。
現に電話の向こうのソレントは目が点になっていた。
(余談だが、買ったばかりのボー○フォンに思いきり唾を飛ばされているファラオの心境は、いかなるものであろうか)
そんな部下の心中を全く知らないラダマンティスは、冷静さ等宇宙の彼方に飛んで行ってしまったような感じでこの美少年を詰問する。
あんなに頑張って音楽慣れしたのにこの始末だ。
しかしここでソレントを通じてカノンとコンタクトを取る事に成功すれば、あの苦労も決して無駄にはならない。
人生万事が塞翁が馬。当初アンラッキーと思っていた事が、結果としてよかった事もあるのだ。
『え?あの・・・』
「貴様はカノンの同僚だな!?」
『ええ、まぁ、一応。シードラゴンのカノンとは一緒に行動する機会が多いですが』
あまりの剣幕に、さすがのソレントも言葉がつまり気味になる。
その返事を聞きますますヒートアップしたラダマンティスは、ファラオが泣きそうな顔で自分を見つめているのにも気付かず、さらに受話器に唾を飛ばす。
「ではカノンに伝えておいてくれ!天猛星ワイバーンのラダマンティスが、カノンをカラオケに誘いたがっていたとな!」
ラダマンティスの『どでかい』声に耐えられなかったソレントは、どうやらスピーカーホンにしたらしい。
背後から『ラダマンティスがカラオケだって?天変地異が起きるね!』とオルフェが馬鹿笑いする声が聞こえるが、ラダマンティスの耳には届いていないようだ。
ソレントは同行している音楽家からラダマンティスの習癖について聞いていたようで、怖ず怖ずと、
『カラオケなんて。あなたは音楽が好きじゃないと聞いています。そんなあなたがカノンをカラオケに誘うなんて、一体どう言う風の吹き回しでしょう?』
「このところQUEENを聞く機会が多くてな。カノンもQUEENを好きと聞いていたため、一緒にどうかと思ったのだ」
心無しか頬が弛み、声も弾んでいるラダマンティス。
それを受けたソレントは急にきょとんとした顔になって、ラダマンティスの言葉を耳の中で反芻させた。
『カノンがQUEEN好き?』
「ああ、うちの情報部が突き止めた情報だ」
目尻が垂れ下がりまくっているラダマンティス。
その表情を見たファラオは、バレンタインが音楽視聴の際の上司の姿についてお茶を濁していた理由を痛い程理解する事ができた。
『確かにこの顔は見せられん・・・』
心底幸せそうな顔をしているが、あまりにも弛み過ぎて威厳もヘッタクレもない。
しかし、ラダマンティスの幸せな時間は長くは続かなかった。
ソレントは困惑した様子で一言。
『カノンはQUEEN嫌いですけど・・・』
ラダマンティスは何を言われたか一瞬わからなかった。
ソレントは頻りに首を傾げながら、
『カノンはQUEEN嫌いですよ。フレディ・マーキュリーのあのルックスが嫌いなのと、無駄にクラシカルな要素が入っている部分がどうしても嫌らしいのでね。冥界の情報部もどこからそういう情報を仕入れてきたのでしょうね?』
「・・・・・・・・」
全身から力が抜け、彼の大きな手から携帯電話が落ちる。地面に落ちる寸前で慌ててキャッチしたファラオ。先日機種交換したばかりなので壊したくないのだ。
「ソレント、さっきの話は本当か?」
急に電話の相手が変わった事に不審さを感じたソレントだったが、『Ja』と返事をすると、
『先日ソロ邸で一緒にサッカーを見ている時なのですが『We will rock you』が流れた際、これでもかと言うくらいに貶していましたからね。嫌いなのは確かです。カノンの好きなミュージシャン?あまり知りませんが、よく鼻歌でKISS歌ってますよ』
「そうか・・・」
電話をしつつ、ちらりと横目で上司を見遣る。弱り目に崇り目。
ラダマンティスは鼻血を一筋垂らし、死んだ魚のような目で虚空を見つめていた。
口からエクトプラムズが出ているに違いない。いや、絶対に出ている。あの半死人ぷりからして、絶対に出ている!
しかし、ファラオにはどうする事もできないのも現実。
下手に慰めるのも相手の傷に塩を塗り込む事になりかねないので、このまま放っておいて(惨い)自分自身はライブハウスに向かう事にした。
「これからそちらに向かう。シークレットは出たか?」
『まだです。しかし急いだ方がいいですよ』
「わかった」
通話を切ったファラオは一つため息をつくと、タキシードの蝶ネクタイを外す。慣れない服はどうにも肩がこるのだ。
そしてオペラ座の前で生気を失っている上司を眺め、一言。
「・・・これが本当の『オペラ座の廃人』か・・・」
つまらない洒落だと、自分でも思う。
だがそんな言葉が出てしまうくらい、今のラダマンティスの姿は哀れであったのだ。
・・・ラダマンティスの音楽嫌いはこれで加速するに違いない。
と、ファラオの携帯に今度はメールが入る。
『シークレットわかった!ラムシュタイン!早くおいで オルフェ』
「これはすごい!」
ファラオはパチンと指を鳴らすと、おかっぱを揺らしライブハウスへ駆け足で向かった。
『こういうお詫びがあるなら、今回の事は水に流しておくか』
オペラは観劇できなかったけれども、ファラオにとってはオペラ観劇以上にエキサイティングな夜になりそうであった。
ラダマンティスがますます音楽嫌いになったのは、言うまでもあるまい。