冥界カイーナ新年会
さて、毎年恒例冥界カイーナ新年会である。
(パンドラは身の安全を考え、ステージを一望できるVIPルームにて余興を楽しむ事になっていた)
広いホールにテーブルがいくつも並べられ、立食形式のパーティーが行われる。
目玉は各冥闘士がそれぞれ行う余興で、そこでパンドラが大受けした場合、休暇申請受理や給与アップという御褒美が待っている。
「ほぉ・・・」
相変わらずのローブ姿のルネは、同僚の身なりを見て目を丸くした。
司会進行役のバレンタインは朱鷺色の髪をすっきりとまとめ、小洒落たタキシード姿。
ステージ脇にマイクスタンドを立て、そこで赤ワインを飲みつつプログラムに目を通している。
「あなたもそういう服を持っていたのですねぇ・・・」
「ラダマンティス様の秘書官たるもの、この程度の備えは当然だ」
服装は華やかなのに、相変わらずの無機的な口調である。
ルネはやや肩を竦めると、オードブルを取りにテーブルへ足を向けた。
いくら広い会場とはいえ、108人の冥闘士がひしめき合っているのである。移動には少々難儀する。
「新年早々疲れますねぇ・・・」
嘆息とも愚痴ともとれるつぶやきを漏らすと、突然後ろから誰かに抱きつかれた。
「A HAPPY NEW YEAR!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
いつもの冷静さなど吹っ飛んだような声を上げるルネ。
これには抱きついた本人も驚いたのか、
「変な声出すなよ!こっちが驚くじゃないか」
「驚かせたのはそっちでしょう、オルフェ!」
顔を真っ赤にしたルネは、白いタキシード姿のオルフェに食って掛かる。
オルフェはやや眉間に皺を寄せると、洒落が通じないなとため息を付いた。
「まぁいい。明けましておめでとう、ルネ。今年もよろしく」
「こちらこそ、今年もよろしくお願いします…ってあなた。まだ冥界に居座る気なんですか?いい加減地上にお帰りなさい!!」
「イヤだね。ユリティースがこっちにいる以上、僕は意地でも帰らないよ。それに冥界の方が休みも多いし、給料もいいし、寮の設備もいいしね」
この根性のねじ曲がった音楽家は、そろそろ自分の出番なのでルネにひらひらと手を振ると、ステージへ上がっていった。今日は琴ではなくマーティンのエレアコを弾く模様。
オルフェなら先日の連中とは違い、ひどい音楽は聞かせまい。ちょっと安心するルネ。
ようやくオードブルのあるテーブルに辿り着き、クラッカーやらチーズやらをつまんでいると、今度はウーロン茶を飲むスーツ姿のファラオに声をかけられた。
「明けましておめでとう、ルネ」
「あけましておめでとうございます、ファラオ。あなたも召し上がったらいかがですか?美味しいですよ、生ハムメロン」
するとファラオは薄く笑って、軽く頭を振った。
「オルフェの次が私なのでね。出番が終わってからゆっくり食べる」
ルネにはその辺がよくわからない。
お腹が空いてしまったら、ステージに立ってもパワー不足なパフォーマンスを見せてしまうのではないか?
それを問われたファラオは、
「胃に何か入っていると集中できないのでな。敢えて何も食べないのさ」
「ああ、そうですか」
音楽家連中の言う事はどうもよくわからない。
と、会場内が歓声に包まれた。オルフェがステージ中央の椅子に腰掛けてギターをかき鳴らし始めたのだ。曲はエリック・クラプトンの「ワンダフル・トゥナイト」。
ハーデスのお気に入りだけあって、さすがに上手いし、思わず聴き入ってしまう何かがある。ステージ前方では大合唱が起きている始末だ。
「あいつの音楽は、どこがそんなにいいのだ」
ファラオとルネが聞き惚れる横で、ジャージ姿のラダマンティスがぼそりと呟く。
ラダマンティスの存在に気付かなかったファラオとルネは、はっと顔色を変えると深々と頭を下げ、
「ラダマンティス様、明けましておめでとうございます!」
「折角の新年会だ。そう畏まるな」
サンドウィッチをもしゃもしゃと口に押し込みながら、二人に顔を上げるよう促す。ファラオは怖ず怖ずと顔を上げると、
「失礼ですが、ラダマンティス様。あれを聴いてどうも思わない方に、よさを説明するのは…」
「・・・・・」
黙り込むラダマンティス。と、オルフェがステージから降りてきた。ファラオと交代である。
「どうだった?」
「相変わらずだな。だが私も負けてはいないぞ」
「楽しみにしてるよ。客は温めておいた」
「了解」
パンッとハイタッチすると、ファラオはステージに上がっていった。
そしてボロンと魔琴を調弦すると・・・いきなりヘヴィで鋭角的な音色を奏で出す。
音に没頭するかのように激しく頭を振るファラオ。切り揃えたおかっぱが千々に乱れる。
「♪Under the lights where we stand tall・・・」
思わず目が点になるルネとラダマンティス。オルフェはネタがわかったのか大声で笑っている。
「パンテラの『COWBOYS FROM HELL』だ!さすが冥界!」
「感心するところか!!」
騒音嫌いのルネは殺気立っている。しかし、ステージ上のファラオは気にする様子もなく、正確無比なリフワークと同時に、フィリップ・アンセルモばりのシャウトをかましている。
「♪Comin' for you we're the cowboys from hell!!」
喫煙所で一服中だったミーノスは、ステージからいきなり爆音が聴こえてきたので、思わずむせた。
グレーのタキシードの内ポケットからハンカチを取り出すと、口に当てる。
「グホッ!ゲホゲホ・・・なんですか?あれは」
「ファラオの余興だそうだ」
ビールを飲んでいたアイアコスはにやにや笑っている。彼はこの手の音楽は嫌いではない。
吸っていた煙草を灰皿に落としたミーノスはアイアコスからビールを一口分けてもらうと、ふぅ……と息を吐いた。
「ここ近年の出し物はやけに耳障りなものが多いですねぇ。折角夏にカルロス・クライバーが来たのですから、マリア・カラスで『椿姫』でもやらせたかったですよ」
(注:カルロス・クライバー。クラシック界最後のカリスマ指揮者。オペラが得意。2004年夏逝去。2005年執筆)
「まぁ、そうぼやくな。まだあれはファラオだからマシなのだぞ。それに、どうやらまだバンド系出し物が残っているらしい・・・」
アイアコスの声が、重い。ミーノスは澄ました口調で、
「マルキーノから聞いています。ギガント達ですね。
ストリップ劇場でしたか?そのような名前のバンドでしたよね。かなり強烈と聞いておりますが」
「スリップノットだ。お前、自分に関わりない事だと本当に無頓着だな」
呆れたように頭を抱えるアイアコス。ミーノスは唇に薄い笑みを浮かべただけである。
そんな話をしている間に、ファラオはやんややんやの大喝采でステージを降りる。
そんなファラオに向かって、ルネが首を締めかねない勢いで飛びかかっていったが、ラダマンティスにローブの裾をつかまれ、顔面から床に着地した。ルネは涙目で起き上がると、
「何をなさるのですか!ラダマンティス様!!危ないではないですか!!」
「宴会で同僚に襲い掛かる方が危ないとは思わんか?とにかく鼻血を拭け」
(パンドラは身の安全を考え、ステージを一望できるVIPルームにて余興を楽しむ事になっていた)
広いホールにテーブルがいくつも並べられ、立食形式のパーティーが行われる。
目玉は各冥闘士がそれぞれ行う余興で、そこでパンドラが大受けした場合、休暇申請受理や給与アップという御褒美が待っている。
「ほぉ・・・」
相変わらずのローブ姿のルネは、同僚の身なりを見て目を丸くした。
司会進行役のバレンタインは朱鷺色の髪をすっきりとまとめ、小洒落たタキシード姿。
ステージ脇にマイクスタンドを立て、そこで赤ワインを飲みつつプログラムに目を通している。
「あなたもそういう服を持っていたのですねぇ・・・」
「ラダマンティス様の秘書官たるもの、この程度の備えは当然だ」
服装は華やかなのに、相変わらずの無機的な口調である。
ルネはやや肩を竦めると、オードブルを取りにテーブルへ足を向けた。
いくら広い会場とはいえ、108人の冥闘士がひしめき合っているのである。移動には少々難儀する。
「新年早々疲れますねぇ・・・」
嘆息とも愚痴ともとれるつぶやきを漏らすと、突然後ろから誰かに抱きつかれた。
「A HAPPY NEW YEAR!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
いつもの冷静さなど吹っ飛んだような声を上げるルネ。
これには抱きついた本人も驚いたのか、
「変な声出すなよ!こっちが驚くじゃないか」
「驚かせたのはそっちでしょう、オルフェ!」
顔を真っ赤にしたルネは、白いタキシード姿のオルフェに食って掛かる。
オルフェはやや眉間に皺を寄せると、洒落が通じないなとため息を付いた。
「まぁいい。明けましておめでとう、ルネ。今年もよろしく」
「こちらこそ、今年もよろしくお願いします…ってあなた。まだ冥界に居座る気なんですか?いい加減地上にお帰りなさい!!」
「イヤだね。ユリティースがこっちにいる以上、僕は意地でも帰らないよ。それに冥界の方が休みも多いし、給料もいいし、寮の設備もいいしね」
この根性のねじ曲がった音楽家は、そろそろ自分の出番なのでルネにひらひらと手を振ると、ステージへ上がっていった。今日は琴ではなくマーティンのエレアコを弾く模様。
オルフェなら先日の連中とは違い、ひどい音楽は聞かせまい。ちょっと安心するルネ。
ようやくオードブルのあるテーブルに辿り着き、クラッカーやらチーズやらをつまんでいると、今度はウーロン茶を飲むスーツ姿のファラオに声をかけられた。
「明けましておめでとう、ルネ」
「あけましておめでとうございます、ファラオ。あなたも召し上がったらいかがですか?美味しいですよ、生ハムメロン」
するとファラオは薄く笑って、軽く頭を振った。
「オルフェの次が私なのでね。出番が終わってからゆっくり食べる」
ルネにはその辺がよくわからない。
お腹が空いてしまったら、ステージに立ってもパワー不足なパフォーマンスを見せてしまうのではないか?
それを問われたファラオは、
「胃に何か入っていると集中できないのでな。敢えて何も食べないのさ」
「ああ、そうですか」
音楽家連中の言う事はどうもよくわからない。
と、会場内が歓声に包まれた。オルフェがステージ中央の椅子に腰掛けてギターをかき鳴らし始めたのだ。曲はエリック・クラプトンの「ワンダフル・トゥナイト」。
ハーデスのお気に入りだけあって、さすがに上手いし、思わず聴き入ってしまう何かがある。ステージ前方では大合唱が起きている始末だ。
「あいつの音楽は、どこがそんなにいいのだ」
ファラオとルネが聞き惚れる横で、ジャージ姿のラダマンティスがぼそりと呟く。
ラダマンティスの存在に気付かなかったファラオとルネは、はっと顔色を変えると深々と頭を下げ、
「ラダマンティス様、明けましておめでとうございます!」
「折角の新年会だ。そう畏まるな」
サンドウィッチをもしゃもしゃと口に押し込みながら、二人に顔を上げるよう促す。ファラオは怖ず怖ずと顔を上げると、
「失礼ですが、ラダマンティス様。あれを聴いてどうも思わない方に、よさを説明するのは…」
「・・・・・」
黙り込むラダマンティス。と、オルフェがステージから降りてきた。ファラオと交代である。
「どうだった?」
「相変わらずだな。だが私も負けてはいないぞ」
「楽しみにしてるよ。客は温めておいた」
「了解」
パンッとハイタッチすると、ファラオはステージに上がっていった。
そしてボロンと魔琴を調弦すると・・・いきなりヘヴィで鋭角的な音色を奏で出す。
音に没頭するかのように激しく頭を振るファラオ。切り揃えたおかっぱが千々に乱れる。
「♪Under the lights where we stand tall・・・」
思わず目が点になるルネとラダマンティス。オルフェはネタがわかったのか大声で笑っている。
「パンテラの『COWBOYS FROM HELL』だ!さすが冥界!」
「感心するところか!!」
騒音嫌いのルネは殺気立っている。しかし、ステージ上のファラオは気にする様子もなく、正確無比なリフワークと同時に、フィリップ・アンセルモばりのシャウトをかましている。
「♪Comin' for you we're the cowboys from hell!!」
喫煙所で一服中だったミーノスは、ステージからいきなり爆音が聴こえてきたので、思わずむせた。
グレーのタキシードの内ポケットからハンカチを取り出すと、口に当てる。
「グホッ!ゲホゲホ・・・なんですか?あれは」
「ファラオの余興だそうだ」
ビールを飲んでいたアイアコスはにやにや笑っている。彼はこの手の音楽は嫌いではない。
吸っていた煙草を灰皿に落としたミーノスはアイアコスからビールを一口分けてもらうと、ふぅ……と息を吐いた。
「ここ近年の出し物はやけに耳障りなものが多いですねぇ。折角夏にカルロス・クライバーが来たのですから、マリア・カラスで『椿姫』でもやらせたかったですよ」
(注:カルロス・クライバー。クラシック界最後のカリスマ指揮者。オペラが得意。2004年夏逝去。2005年執筆)
「まぁ、そうぼやくな。まだあれはファラオだからマシなのだぞ。それに、どうやらまだバンド系出し物が残っているらしい・・・」
アイアコスの声が、重い。ミーノスは澄ました口調で、
「マルキーノから聞いています。ギガント達ですね。
ストリップ劇場でしたか?そのような名前のバンドでしたよね。かなり強烈と聞いておりますが」
「スリップノットだ。お前、自分に関わりない事だと本当に無頓着だな」
呆れたように頭を抱えるアイアコス。ミーノスは唇に薄い笑みを浮かべただけである。
そんな話をしている間に、ファラオはやんややんやの大喝采でステージを降りる。
そんなファラオに向かって、ルネが首を締めかねない勢いで飛びかかっていったが、ラダマンティスにローブの裾をつかまれ、顔面から床に着地した。ルネは涙目で起き上がると、
「何をなさるのですか!ラダマンティス様!!危ないではないですか!!」
「宴会で同僚に襲い掛かる方が危ないとは思わんか?とにかく鼻血を拭け」