部屋の乱れは心の乱れ
白銀聖闘士駐屯所は彼らの住居も兼ねているため、中はさながら学生寮のようであった。
アンドロメダ島で弟子たちと暮らしているダイダロスや、冥界で豪華なフラット暮らしのオルフェは、所用でここに泊まる度に絶句するらしい。
「もう少し、整頓しないのか?」
「……汚いな。本当に汚い」
白銀聖闘士の実力者たちは苦々しい表情を浮かべ、それぞれに言う。オルフェなど吐き捨てに近い物言いだった。いつも穏やかな彼がここまで言うのは、本当に珍しい。
ダイダロスは共同スペースに『ほん投げられた』雑誌や漫画本やジュースの缶やお菓子を綺麗に片付けると、同輩に説教した。
「どうにかしないか!!これでは下に示しが付かんぞ!」
「ううう……」
反論できなくて、体を縮こませる白銀聖闘士たち。
なお、この時ミスティは風呂で、魔鈴とシャイナの女二人は自宅に居た。
魔鈴もシャイナも弟子持ちなので、聖域内に立てられたあばら屋に近い小屋で生活していた。魔鈴の弟子の星矢は現在東京で暮らしてるが、時たまギリシャに戻って師の指導を受けるので、彼女は未だに寮には入らずにその小屋で暮らしている。
よって、現在の白銀聖闘士寮には男性しかいない。
ダイダロスは明日は散らかすなよ!と母親のような口調で注意すると、ゲストルームに引っ込んだ。
明日の晩、年に一度の白銀聖闘士の顔合わせがあるので、普段は聖域を離れているダイダロスやオルフェもこちらに出向いたのだが。
2人共、あまりの汚さに帰りたくなった。
「……あれが私の弟子の部屋だったら、全員即破門だ……」
苦しそうにうめくダイダロス。彼は聖闘士候補の弟子たちの生活態度まで指導していた。
それなのに、正式な聖闘士である同輩があの体たらくなのは、正直落胆を隠せなかった。
身も心も立派な聖闘士になろうと頑張っている自分の弟子たちはなんなのだ。そんな感情が浮かんでは消える。
……しかし、そんな彼の内心など知らない白銀聖闘士たちは、ダイダロスが片付けた共有スペースを早速散らかし、のんべんだらりとテレビを見ていた。
ダイダロスは胃痛と頭痛のあまりさっさと寝てしまったので、大部屋がまた荒れたなんて……知らなかった。
その翌朝だった。
「どうしてこんなに汚いんだよ!!有り得ない!!」
オルフェはテレビのある大部屋でひどく苛々しげに叫ぶ。
『地上に戻ってきたのだから、ハーデスが聞き惚れるその琴の音を同僚に披露しろ』
と言われたのだが、こんな小汚い場所で極上の音楽を奏でやる程、彼は大人ではなかった。
ソファーの上で寝そべっていたアルゲティはポテトチップスを頬張りながら、
「別にいいじゃないか。教皇様やアテナが見に来るわけでなし」
「そうそう、少し散らかっていた方が何となく落ち着くしな」
ディオも脱ぎ散らかしたシャツの上に座って、アルゲティに同意を示す。
「どうせお前も冥界の家は散らかってるだろ。ミュージシャンは部屋が汚いってよくいうしな」
アルゲティのこの言葉にオルフェは、堪忍袋の緒が5本程音を立てて弾けるのを自覚した。
さっとギターを構えると、美しいメロディを奏で出す。
……そのメロディは戦慄を孕んでいたけれど。
「ストリンガーノクターン!!」
小宇宙の渦が、ソファの上でだらんと休んでいた同僚たちを吹っ飛ばす。
床に激しく叩き付けられたアルゲティたちに、オルフェはらしくもない激しい口調でこう言い放った。
「僕の部屋は、モデルルーム並に綺麗だからな!」
天才ミュージシャンは大股で大部屋から出ると、宿泊しているゲストルームに引っ込んだ。
叩き付けるようにドアを閉めていたので、相当頭が煮えたぎっているものと見える。
彼は冥界暮らしなので、白銀聖闘士寮に部屋を持たない。
その背中を床に這いつくばりながら眺めていたシリウスは痛みでうめきつつも、
「少し起き上がれるようになったら、ここを掃除しようか……」
と仲間たちに提案した。
誰も断る者はいなかった。
オルフェと同じ部屋に宿泊していたダイダロスは体調が芳しくなく、昨日の晩から部屋を出なかったのだが。
プリプリしながら戻ってきた音楽家の姿を見て、呆れたように息を吐いた。
小宇宙が軽く燃えたのを感じたので、大部屋で何かやらかしたに違いない。
「あまり手を出すな。私闘は禁止だ」
そうダイダロスは窘めるのだが、オルフェは感情を抑えていると丸わかりの口調で、
「あんな汚いところで僕に演奏をさせようだなんて、あいつら冥闘士以下だぞ」
「お前の気持ちはわからんでもないが……」
ダイダロスの語尾が弱くなる。オルフェの言い分は十分にわかるからだ。けれども、
「手を出すのは、感心せんな」
「わかった。じゃぁ、今度は足を出す」
反省の色無しに言ってのけたオルフェは、ベッドの上に仰向けに倒れ込むと、その縁を軽く指で叩き始めた。どうやら何かのリズムを取っているらしい。
「……何をしている」
「今、いいリズムパターンが浮かんできそうだったから」
オルフェの話はダイダロスにはわからなかった。
しかし、目を閉じて指で一心不乱にリズムを刻んでいる彼の姿には、どこかストイックさを感じられた。
「まったく」
呆れたように呟いたダイダロスは部屋から出ると、調子のよろしくない体を鞭打ち、納戸に掃除道具を取りに行った。
あのまま何もしなかったら、オルフェがまた癇癪を起こす。
『ああ、再び胃が痛む……』
だから聖域にはあまり顔を出したくないのだ。
口の中でそう呟くダイダロス。
妙な違和感を感じたと思ったら、いつの間にやら口内炎が出来ていた。
「あー、なんで魔鈴やシャイナは手伝わないんだよ」
トレミーがブツブツ言いながら、室内にぶちまけられているゴミを袋に入れている。アステリオンは窓を綺麗に拭きつつ、
「あいつら、普段はここに来ないだろう」
「自宅持っているしな」
と、バベル。彼女らがここに来るのは、テレビを見に来るときくらいである。
「ミスティはモナコに家があるのに、こっちにも部屋があるよなぁ」
「あれは元々師の家だ、ダンテ。修業時代にも暮らしていたが、師が亡くなったのでな。私が譲り受けた」
そう語るミスティは、本棚の中を片付けている。皆、漫画や雑誌を呼んだら読みっぱなしなのだ。これは少々けしからん。
ダイダロスも床のモップがけをしている。
かなりホコリがたまっていたのか、モップで拭いてやると床の色が変わった。
「でもな、きれいな部屋って居心地悪いんだよな。なんだか、汚しちゃ悪いし、何にもやっちゃいけない気になってよォ」
アルゲティは巨体を縮こませながらそうぼやく。ディオは同感!と強い口調で言うと、
「汚くしたら、犯人扱いされそうだしな」
「汚くしたら、片付ければいいだろう」
モップをかけ続けているダイダロスは、そう一喝する。
「どうしてお前らはそう面倒くさがるんだ」
アンドロメダ島だったら罰を与えているところだぞときつい口調で続けたダイダロスは。
ふと、掃除の手を止めた。
「…これは…」
思わず、ゲストルームのドアに視線をやる。
あのドアの向こうから、それはそれは美しいギターの音色が聞こえてくるのである。
美しい音色で奏でられる、美しいメロディ。
アンドロメダ島で弟子たちと暮らしているダイダロスや、冥界で豪華なフラット暮らしのオルフェは、所用でここに泊まる度に絶句するらしい。
「もう少し、整頓しないのか?」
「……汚いな。本当に汚い」
白銀聖闘士の実力者たちは苦々しい表情を浮かべ、それぞれに言う。オルフェなど吐き捨てに近い物言いだった。いつも穏やかな彼がここまで言うのは、本当に珍しい。
ダイダロスは共同スペースに『ほん投げられた』雑誌や漫画本やジュースの缶やお菓子を綺麗に片付けると、同輩に説教した。
「どうにかしないか!!これでは下に示しが付かんぞ!」
「ううう……」
反論できなくて、体を縮こませる白銀聖闘士たち。
なお、この時ミスティは風呂で、魔鈴とシャイナの女二人は自宅に居た。
魔鈴もシャイナも弟子持ちなので、聖域内に立てられたあばら屋に近い小屋で生活していた。魔鈴の弟子の星矢は現在東京で暮らしてるが、時たまギリシャに戻って師の指導を受けるので、彼女は未だに寮には入らずにその小屋で暮らしている。
よって、現在の白銀聖闘士寮には男性しかいない。
ダイダロスは明日は散らかすなよ!と母親のような口調で注意すると、ゲストルームに引っ込んだ。
明日の晩、年に一度の白銀聖闘士の顔合わせがあるので、普段は聖域を離れているダイダロスやオルフェもこちらに出向いたのだが。
2人共、あまりの汚さに帰りたくなった。
「……あれが私の弟子の部屋だったら、全員即破門だ……」
苦しそうにうめくダイダロス。彼は聖闘士候補の弟子たちの生活態度まで指導していた。
それなのに、正式な聖闘士である同輩があの体たらくなのは、正直落胆を隠せなかった。
身も心も立派な聖闘士になろうと頑張っている自分の弟子たちはなんなのだ。そんな感情が浮かんでは消える。
……しかし、そんな彼の内心など知らない白銀聖闘士たちは、ダイダロスが片付けた共有スペースを早速散らかし、のんべんだらりとテレビを見ていた。
ダイダロスは胃痛と頭痛のあまりさっさと寝てしまったので、大部屋がまた荒れたなんて……知らなかった。
その翌朝だった。
「どうしてこんなに汚いんだよ!!有り得ない!!」
オルフェはテレビのある大部屋でひどく苛々しげに叫ぶ。
『地上に戻ってきたのだから、ハーデスが聞き惚れるその琴の音を同僚に披露しろ』
と言われたのだが、こんな小汚い場所で極上の音楽を奏でやる程、彼は大人ではなかった。
ソファーの上で寝そべっていたアルゲティはポテトチップスを頬張りながら、
「別にいいじゃないか。教皇様やアテナが見に来るわけでなし」
「そうそう、少し散らかっていた方が何となく落ち着くしな」
ディオも脱ぎ散らかしたシャツの上に座って、アルゲティに同意を示す。
「どうせお前も冥界の家は散らかってるだろ。ミュージシャンは部屋が汚いってよくいうしな」
アルゲティのこの言葉にオルフェは、堪忍袋の緒が5本程音を立てて弾けるのを自覚した。
さっとギターを構えると、美しいメロディを奏で出す。
……そのメロディは戦慄を孕んでいたけれど。
「ストリンガーノクターン!!」
小宇宙の渦が、ソファの上でだらんと休んでいた同僚たちを吹っ飛ばす。
床に激しく叩き付けられたアルゲティたちに、オルフェはらしくもない激しい口調でこう言い放った。
「僕の部屋は、モデルルーム並に綺麗だからな!」
天才ミュージシャンは大股で大部屋から出ると、宿泊しているゲストルームに引っ込んだ。
叩き付けるようにドアを閉めていたので、相当頭が煮えたぎっているものと見える。
彼は冥界暮らしなので、白銀聖闘士寮に部屋を持たない。
その背中を床に這いつくばりながら眺めていたシリウスは痛みでうめきつつも、
「少し起き上がれるようになったら、ここを掃除しようか……」
と仲間たちに提案した。
誰も断る者はいなかった。
オルフェと同じ部屋に宿泊していたダイダロスは体調が芳しくなく、昨日の晩から部屋を出なかったのだが。
プリプリしながら戻ってきた音楽家の姿を見て、呆れたように息を吐いた。
小宇宙が軽く燃えたのを感じたので、大部屋で何かやらかしたに違いない。
「あまり手を出すな。私闘は禁止だ」
そうダイダロスは窘めるのだが、オルフェは感情を抑えていると丸わかりの口調で、
「あんな汚いところで僕に演奏をさせようだなんて、あいつら冥闘士以下だぞ」
「お前の気持ちはわからんでもないが……」
ダイダロスの語尾が弱くなる。オルフェの言い分は十分にわかるからだ。けれども、
「手を出すのは、感心せんな」
「わかった。じゃぁ、今度は足を出す」
反省の色無しに言ってのけたオルフェは、ベッドの上に仰向けに倒れ込むと、その縁を軽く指で叩き始めた。どうやら何かのリズムを取っているらしい。
「……何をしている」
「今、いいリズムパターンが浮かんできそうだったから」
オルフェの話はダイダロスにはわからなかった。
しかし、目を閉じて指で一心不乱にリズムを刻んでいる彼の姿には、どこかストイックさを感じられた。
「まったく」
呆れたように呟いたダイダロスは部屋から出ると、調子のよろしくない体を鞭打ち、納戸に掃除道具を取りに行った。
あのまま何もしなかったら、オルフェがまた癇癪を起こす。
『ああ、再び胃が痛む……』
だから聖域にはあまり顔を出したくないのだ。
口の中でそう呟くダイダロス。
妙な違和感を感じたと思ったら、いつの間にやら口内炎が出来ていた。
「あー、なんで魔鈴やシャイナは手伝わないんだよ」
トレミーがブツブツ言いながら、室内にぶちまけられているゴミを袋に入れている。アステリオンは窓を綺麗に拭きつつ、
「あいつら、普段はここに来ないだろう」
「自宅持っているしな」
と、バベル。彼女らがここに来るのは、テレビを見に来るときくらいである。
「ミスティはモナコに家があるのに、こっちにも部屋があるよなぁ」
「あれは元々師の家だ、ダンテ。修業時代にも暮らしていたが、師が亡くなったのでな。私が譲り受けた」
そう語るミスティは、本棚の中を片付けている。皆、漫画や雑誌を呼んだら読みっぱなしなのだ。これは少々けしからん。
ダイダロスも床のモップがけをしている。
かなりホコリがたまっていたのか、モップで拭いてやると床の色が変わった。
「でもな、きれいな部屋って居心地悪いんだよな。なんだか、汚しちゃ悪いし、何にもやっちゃいけない気になってよォ」
アルゲティは巨体を縮こませながらそうぼやく。ディオは同感!と強い口調で言うと、
「汚くしたら、犯人扱いされそうだしな」
「汚くしたら、片付ければいいだろう」
モップをかけ続けているダイダロスは、そう一喝する。
「どうしてお前らはそう面倒くさがるんだ」
アンドロメダ島だったら罰を与えているところだぞときつい口調で続けたダイダロスは。
ふと、掃除の手を止めた。
「…これは…」
思わず、ゲストルームのドアに視線をやる。
あのドアの向こうから、それはそれは美しいギターの音色が聞こえてくるのである。
美しい音色で奏でられる、美しいメロディ。
作品名:部屋の乱れは心の乱れ 作家名:あまみ