北の国から
夜は夜で、ミロやデスマスクが飲みにいこうと声をかけてくる。
夜くらいはのんびりと本を読んで過ごしたいのだが、あのハサミ持ち連中はまったくもって人の都合を気にしない。
「君も大変だね」
捕獲された宇宙人の写真を彷彿とされるような姿で十二宮から連れ出されている自分を目撃したアフロディーテから、同情のこもった視線と言葉を投げ掛けられた時、クールさを信条とするカミュも流石に情けなくて泣きそうになった。
カミュからそれを聞いた氷河は、非常に不味いものを食べてしまったような顔つきになる。
師が聖域でそんな苦労をしているとは知らなかった。
そして師が、聖域に長期滞在しない理由を悟った。
確かに、これでは長居したくなくなる。
「故に、また2~3日で帰ってくる」
そうですね、と料理台の火を止める氷河。
鍋の蓋を開けると、リゾットの良い香りがする。氷河の料理の腕はカミュ譲りなので、かなりのものだった。
「お、美味そうなのが出来ているな」
ゲストルームから鞄を抱えて出てきたミロは、廊下に漂うリゾットの香りに軽く鼻を鳴らした。
カミュと氷河は同時に顔を見合わせると、軽く肩をすくめる。
ミロは二人の行為の意味が分からなかったが、今は空腹状態だったので、さっさとダイニングテーブルに座り配膳を待った。
「じゃ、カミュ。戻ったらバーに行くからな。アテネ市内にあるバー・セロニアス」
「わかった、わかった」
子供をなだめるかのように頷いたカミュは氷河の用意したリゾットの前で軽く食前の祈りを捧げると、スプーンを手に取る。
『今日はどんな書類を押し付けられるのやら』
ブイヨンの効いたリゾットを口に運びながら、カミュは聖域に出向した後の事を考えた。
ミロが持ち込んだ書類から推測するに、執務室の人間が押し付けたがっている案件が山のようにあるに違いない。
そして夜は夜で、今美味そうにリゾットを口に運んでいる男が、この時とばかりに自分を夜のアテネ市内に連れ出す事であろう。
多分、ギリシャ滞在中は気の休まる暇がない。
『難儀な事だ』
リゾットを完食したカミュは静かにスプーンを置く。
穏やかでのんびりした生活とは、しばらくお別れだ。
これから起こりうるであろう面倒事に思いを馳せた水と氷の魔術師は、ゆっくりと席を立った。