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北の国から

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カミュの長い紅髪がやや逆立っているのに、ミロは気付いているだろうか?話をまだ続けている辺り、多分気付いていない。
「ああ。頼む。お前しかいないのだ」
「アフロディーテに頼め。彼も綺麗なフランス語を話す」
「あいつはいつも忙しいから、無理だ。それにアフロディーテはギャンブルは嫌いなんだと。前に頼んで断られた」
けんもほろろの具体例を見たぞと、ミロは軽い調子で言う。
カミュは今度はくっきりと眉間に皺を寄せると、
「私もカジノの類いは嫌いだ」
黄金聖闘士が寄ってたかっても壊せない、氷の棺。
それを連想させるカミュの口調だ。
すると、不貞腐れたように唇を尖らせるミロ。
その様は、どう見ても二十歳の黄金聖闘士のものではなかった。
「お前も存外心が狭いな」
「どの口で、それを言う」
流石のカミュも、クールさをかなぐり捨てたくなった。
だが弟子に常にクールでいろと説いている手前、必死で耐える。
「それに、ミロ。お前は大事な事を一つ忘れている」
「何だ」
カミュはDVDプレイヤーにリモコンを手に取り、再生を一時停止する。DVDを見ながら聞いていい話ではないから。
……多分。
「ミロよ、グランカジノは21歳以上でないと、カジノゲームには参加できないのだぞ?」
「!!」
ミロは全身を硬直させる。
「な……」
小さく口を開いて、それだけ呟くのが精一杯だった。
そうなのだ。
モナコの代名詞というべきグランカジノは、実は21歳以上でないと賭け事を楽しめないのだ。
(観光目的であれば、18歳以上なら入場する事が可能)
ドレスコードも相応にあり、入場料もきっちり取る。
ラスベガスやマカオのような、『博打場』の雰囲気を楽しむ場所ではないのだ。
なお、シュラは年中グランカジノでF1観戦費用を稼いでいるが、彼は23歳。
ドレスコードを守れば、グランカジノで堂々遊べる年齢だ。
打ち拉がれ、床の上に崩れ落ちるミロ。
どうやらカミュに教えられるまで、本当に知らなかったらしい。
カミュは友人が床に両手両足をつけている様を、冷ややかさえ感じる眼差しで見つめている。
『遊びに行きたい場所の規定くらい、自分で調べたらどうなのだ?』
グランカジノの年齢制限の話は、モナコ関係の観光パンフレットに必ず掲載されているので、当然ミロも知っているものかと思っていたが。
『ああ、ミロはパンフレットを読むような性格ではなかったな』
そう思い返し、ため息をつく。
まったく、どこまでも詰めが甘い。
「ミロ、私はもう休む。お前もいつまでもそうしていないで、一晩寝て頭を冷やせ。そして、さっさと帰れ」
感情をあまり感じさせない物言いでカミュは告げると、ご丁寧にリビングの灯りを消し、足早に自分の部屋に下がった。
今夜は今日のロシアのニュース記事をギリシャ語に翻訳して、メールで聖域に送らねばならない。
カミュの態度は冷たいようであるが、彼にはミロに構っている時間があまりなかったのだ。

翌朝。
珍しく氷河が台所で朝食を作っていると、ゲストルームからミロが顔を出した。
「おはようございます、ミロ」
「あ、おう。おはよう、氷河」
長い巻き毛をガシガシと手でかき回す。
まったく、昨夜は一時間ほどリビングで意識を飛ばしていたので、どうにも体が怠い。
風邪でも引いてしまったのだろうか。
肩や首をコキコキ鳴らしていると、家の外から足音がする。この歩き方は。
「カミュだな。何故朝から外出している」
「ああ」
リゾットの味見をしながら、氷河が答える。
「港に魚を買いに行っていたのだ」
冬になると港が使えなくなる東シベリアだが、今の時期であれば漁船が沖に出る。
カミュは夏の間は夜も明けぬ頃から港に出て、料理に使えそうな魚を買い込んでいた。
「あいつもご苦労な事だな」
口の中で呟き、ダイニングテーブルに座る。
程なく玄関のドアが開き、クーラーボックスにたっぷりと魚を詰め込んだカミュが台所に現れる。
「氷河、今帰った……ミロ、起きていたのか」
ミロはなかなか朝起きてこないので、カミュもそんな事を言ってしまう。
目を丸くしながらのカミュの言葉に、ミロは明らかに不快そうに顔を歪めると、
「俺が起きていてはおかしいのか」
「まぁな。お前は朝に弱い」
淡々とした口調で告げたカミュは、クーラーボックスをテーブルの上に置く。
そして氷河に冷凍しておけと指示を出すと、ミロに告げた。
「朝食後、私は聖域に赴かねばならん。教皇に提出する書類があるのでな」
カミュを始めとして、弟子持ちの聖闘士は指導報告書を月に一度提出しなければならない。
ミロはぶすくれた顔で頬杖をつき、カミュを睨みつける。
肩や背中から、不機嫌・不愉快の小宇宙が滲み出ている。
「俺に帰れと言うのか」
「珍しく察しがいいな」
ほんの少し、カミュの口元が緩む。
「家主がいない家に、客が滞在するのもおかしな話だろう」
「そりゃ……そうだが」
渋面を作るミロ。
それとは対照的に、カミュはほのかな笑みを浮かべている。
ミロはそれが気になったのか、今度はジト目でカミュを睨んだ。
「何だよ、その顔」
「私も聖域に行くから、帰れというのだ。向こうでバーにでも付き合え」
「え?」
何を言われたか瞬時には理解できなかった様子のミロを、カミュは手の甲で軽く叩くと、
「朝食を食べたらすぐに出発する。氷河が料理をしている間に、早く支度しろ」
と、急かす。
ミロはまだ状況がよく飲み込めていなかったが、取り敢えず帰り支度を始める事にした。

ゲストルームに引っ込んだミロを見届けたカミュは、今度は氷河に向いた。
「すまん、氷河。留守を頼む」
「大丈夫ですよ、カミュ。いつもの事ですから。気をつけて行ってきて下さい」
カミュは毎月聖域に書類を提出しに行っているので、氷河も慣れっこなのだ。
「俺は一人でも大丈夫ですので、少し聖域でゆっくりしていってもいいですよ」
氷河に笑顔で告げられたカミュは刹那驚いたように目を丸くしたが、すぐにいつもの冷静な表情に戻ると、一言。
「すぐに戻る」
「どうしてですか?俺の事は気にしないで下さい」
そう氷河は気を遣ってくれるのだが、カミュは苦笑と思しきものを端正な口元に浮かべる。氷河はその師の反応が気になった。
「何ですか、カミュ。その表情は」
「お前はそう言ってくれるがな、氷河よ」
「?」
「聖域に長期滞在すると、色々と仕事を持ち込まれるわ、あちこち連れ回されるわでな……気持ちが落ち着かないのだ」
「あー……」
思わず間延びした声を上げる氷河。
カミュは事務仕事が達者なので、教皇の間・執務室の人間は彼が聖域に駐留をしている間、宝瓶宮に山のように書類を持ち込むのだ。
シベリアで暮らしている時はメールで送られた書類を自分のペースで処理できたが、聖域にいるとそうはいかない。
「15時にアイオロスがこの書類を使うから、それまでに処理しておいてくれ」
「すまぬが、フランス語翻訳を頼む。私もフランス語できるだろうて?私はこれからロドリゴ村の慰問だ」
「おい、カミュ。先程サガが持ち込んだ書類はどうだ?え?まだ出来ていない?予定よりも取りにくるのが早いって?予定は未定でな」
宝瓶宮にいると、日中はずっとこの調子なのだ。
作品名:北の国から 作家名:あまみ