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子供の頃の記憶は、ろくなものがない。
物心ついた時は星の子学園におり、姉や他の子供たちと暮らしていた。
ある日突然城戸邸に引き取られ、そこで児童相談所に相談したら一発アウトな生活を強いられる。
もっとも、児童相談所に行ったところで、グラード財団の金と権力でどうにかするだろうが。
城戸邸に慣れた頃、今度は聖闘士になれと聖域に派遣される。
ギリシャ語など一切わからない子供をそんなところに飛ばすなんて、城戸邸はひど過ぎる!と、聖闘士になれた今でも思う。
聖域での暮らしは……アジア人差別がそれなりにあったり、修行が厳しかったりはしたが、それまでの人生の中では比較的安定していた。
魔鈴は厳しい師ではあったけれど、必要な事は全て教えてくれた。
その頃魔鈴に炊事場を任されたおかげで、人並みに料理も出来るようになった。

「何だかなー」
城戸邸の自分の部屋でベッドに横たわり、これまでの事を回想する星矢。
13年の人生の中、幸せな環境で育った事はあまりない。
学校のクラスメイトのように親に甘えた事なんてないし、そんな記憶もない。
物心ついた頃は姉と暮らしていたが、それも僅かな期間だ。
聖闘士にさせられるべく城戸邸に引き取られ、姉と離れ離れになってしまったのだから。
親の顔なんて、知らない。
父親は『アレ』だし、母親についてはほとんど記憶がない。
家族に甘えるってどんな気分なのだろうな……と、街を歩いていて思わないでもない。

「甘えた事がないと申したのか」
「ええ、孤児院育ちですし、師は魔鈴ですからねぇ」
その日の夕食時、ムウは星矢がそうぼやいていたのをシオンに報告した。
シオンは天ぷらうどんをすすりながら、やや表情を陰らせると、
「彼奴の父は城戸光政であったか」
「ええ。青銅聖闘士は皆そうです。それぞれがかなりのショックを受けているようでしたが」
「そうか。ふむ」
今日の天ぷらうどんの天ぷらはかき揚げだ。桜えびとネギのコンビネーションは最強だと、シオンは思う。
「かき揚げって難しいのですよ」
苦笑いするムウ。白羊宮の台所を預ってしばらく経つが、それでも自分の未熟さに悔しい思いをする。
もっと上手に作れたら……。
そんな気持ちを抱えて、ムウは今日も包丁を握る。
さくさくとかき揚げを咀嚼していたシオンであったが、急に思い立ったかのように、
「なぁ、ムウよ」
「何でしょう、シオン様」
「今度の休み、星矢をどこか行楽に連れていってやろうかと、思っておる」
「え?」
突然の師の言葉に、ムウは眉と同じくらいに目を丸くする。
この師匠、一体何故こんな事を言い出すのでしょうか。
白い柔和な顔には、そんな感情が明朝体で写植されている。
シオンは愛弟子の反応に苦笑いしながら、何も深い意味はあらんよと優しい声で告げた。
「正直、星矢には甘える相手がおらんであろう?」
「まぁ、そうですねぇ」
星矢の師は魔鈴だ。魔鈴は良き師であり星矢も心から彼女を尊敬しているが、『師父』というよりも、部活で一からしごいてくれた、厳しくも優しい女の先輩という感じだったようだ。
「……父性というものに、あまり恵まれておらぬような気がしてならぬ故」
天馬星座は父に恵まれないものだなと、シオンは哀れみにも悲しみにも近い感情を覚える。
先代の天馬星座の父親はカイロスという神であり、メフィストフェレスの冥闘士。
そして現在の天馬星座の血と親は、城戸光政翁。100人の女性に子供を産ませた、鬼畜の中の鬼畜である。
ムウはシオンの考えを聞くと、ようやく納得したかのように顔の筋肉を緩める。
シオンは本当は、とても情に厚い人間だ。老師の話では、若い頃は熱血漢だったらしい。
そんなシオンだから、白羊宮に遊びにくる星矢を常に気にかけていたに違いない。
「シオン様は、お優しいですね」
ムウは師の前に丁寧に茶を置く。シオンは湯飲みをつかんでズズズとすすると、弟子とは目を合わせずに、
「何故、斯様な事を申す」
「いえ、私は私の感じたことを申し上げたまでです。私の師は、情に厚いお方だなと」
ムウも、シオンの方を全く見ずに茶をすする。
ああ、この何とも白々しい空気。
ああ、この何とも滑稽な雰囲気。
でも、本音は言えない。思っていることは口にできない。
だって、口にした途端。澄まし顔を保っていられなくなるから。
この冷静さを取り繕えなくなるから。
「……そうか」
空になった湯呑みを、ことんとテーブルの上に置くシオン。
椅子から立ち上がると、台所から出て二階に上がる。今日はのんびりと本を読むつもりなのだ。
去り際シオンは、茶請けの沢庵を無表情でポリポリ食べているムウの頭を綺麗な手で撫でると、耳元でそっと囁いた。
「我慢せずとも良いのだぞ」
だがムウは、鉄壁のポーカーフェイスを崩さずに沢庵をかじっている。
……ほんの僅かに首筋が赤くなっているが、シオンは見ないフリをした。
ムウは伏せ目がちな視線でテーブルクロスの模様を眺めながら、淡々とした声で、
「何の話でしょう、シオン様」
「お前が一番分かっておろう」
「さて、何のことでしょう」
弟子の反応に、シオンは軽く肩を竦める。
「沢庵の食し過ぎは体に毒だ。塩を摂りすぎる」
嗜めるようにそう告げ、台所を辞した。
一人になったムウは爪楊枝をゴミ箱に投げ捨てると、ハーッと深い深いため息をついて、テーブルにおでこをつけて突っ伏した。
「……私も、大人げないですねぇ」
小声で、声が出ているかいないかくらいの音量で、ムウは呟く。
まったく、今の顔、シオンにも貴鬼にも見せられない。