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溺れる人魚

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ソロ邸の庭の一角。
エーゲ海を一望できるシンプルな東屋内でカノンが一服していると、メイド服姿の女性が姿を現した。
女だてらに海闘士だった、マーメイドのテティスである。
カノンはさして興味も抱かず、彼女を無視するような体でただ煙草を噴かしていたが。
「カノン、ちょっといいか」
元々戦士であるため、語調がきつい。(むしろ、ソレントの方が言葉遣いは柔らかいかもしれない)
カノンはその声に、鬱陶しそうに振り向く。
「一体なんだ、テティス。俺は休憩時間中だ」
別に仕事をサボっているわけではない。朝から取りかかっていた仕事が一段落ついたので、ジュリアン坊ちゃんの目の届かないここで煙草を吸っている。
カノンは煙草を消すこともせずに、テティスにそう抗議する。
いきなりジャブを食らった人魚は怒ったように顔を赤らめると、
「どうしてそう人聞きの悪い事を言う!!」
「お前がいつも俺に突っかかってくるからだろう。俺は自慢ではないが、真面目に仕事はこなしている」
「そ……それは」
反論できないテティス。そうなのだ。
色々と悪い印象のあるカノンだが、仕事は真面目にこなしている。
真面目にこなしているどころではない。ジュリアン・ソロが刮目するほど有能だった。
元々海闘士を束ねてきただけあり統率力はあるし、あのサガと変わらぬ能力を持つと豪語するだけあって、実務面でも超が付くほど有能だった。
ジュリアン・ソロは嘆息しながら、
「私には過ぎたボディーガード兼執事ですねぇ」
と呟いている。
そんなカノンだが、ジュリアン・ソロのことしか見えないテティスとはあまりそりが合わず、ジュリアンの目の届かないところで四六時中衝突していた。
とはいっても、テティスがカノンに一方的に突っかかってくることがほとんどだったが。
『ジュリアン様に何故あんな仕事を渡した!』
『アレはジュリアン坊やが自分で決断しなければならない案件だ。俺からのアドバイスは、クリップで一緒に挟んでおいた』
『うるさい!面倒なことはお前がやれ!』
『おいおい、部下が勝手に決めていいことじゃないんだぞ、あの案件は』
こんな理不尽は数知れず。
それでもカノンがこの職場を去らないのは、ジュリアン・ソロに対しての、海闘士に対しての、引け目や負い目があるからだ。
自分がポセイドン覚醒のトリガーを引いてしまった自覚のあるカノンは、罪滅ぼしのつもりかジュリアンによく仕えた。
「あのおじさんもやれば出来るのだな」
カノンの仕事ぶりをアイザックはそう評す。腕っ節だけの男でないことは重々承知していたが、ここまで鮮やかな手腕を見ると、何も言えなくなる。
カノンに交渉の根回しを頼めば、絶対にどうにかなっている。
カノンに面倒な調べ事を頼めば、期日までには必ず仕上がっている。
語学も達者で、世界中どこに行ってもカノンと一緒に居れば困ることは無い。
こんなに頼りになる人物、そうそう居ない。
ただ、その万能っぷりが、テティスに焼きもちを焼かせる一因になっているようではある。
……テティス本人は、全く分かっていないようだが。

そう、テティスはいつも一生懸命だった。
ジュリアンのことを一番に考え、ジュリアンを守るため、ジュリアンに傷が付かぬよう、彼女は動いた。
それは過保護とも呼ばれかねないものであり、ジュリアンは彼女の忠義心に感謝すると同時に、少々手を焼いてもいた。
故に、カノンを頼りにしてしまうのも、ジュリアンの立場からすれば仕方のないことではあった。
カノンはといえば、あれだけのことを『やらかした』にもかかわらずソロ邸に雇い入れてくれたジュリアンには、それなりに恩を感じているし、それに報いたいとも、彼らしくもなく思っていたりもする。
だが元々のひねた性格のためか、そのような気持ちや感情を表立たせることは、まずなかった。
しかしジュリアンはカノンの上手く隠された想いに気が付いているようで、他の海闘士に何を言われても、
「カノンなら大丈夫ですよ」
と笑っている。
……テティスは、それがますます気に入らなかった。
けれどもジュリアンがそういうのならと、激昂しそうな自分を必死に抑えて、ジュリアンとカノンのやりとりを見守っていた。

数日後。ソロ邸の庭の東屋。この一見洒落た建物は主にカノンが休憩所として使っている。
中央にある大きなテーブルにはガラス製の灰皿が置かれており、カノンの他、使用人として働いているカーサも時折ここで一服している。
その日カノンは、午前の仕事が一段落したのでこの東屋で休憩中であった。
シャツのボタンとネクタイを緩め、長椅子の上に大股に腰掛けると、煙草をくわえてぼぉ……と天井を眺める。
次の仕事まで、ここでのんびりしていくかと考えていると。
「カノン、ここに居たのですか」
独特の柔らかい口調。カノンは声の主を確認もせずに、追い払うかのように右手をパッパと振った。
「俺は今休憩中だ、ソレント。用事なら屋敷に戻ってからにしてくれ」
立ち上る紫煙が、手を振ったことで揺れる。
ソレントは少し煙草を減らさないと肺癌で早死にしますよと皮肉っぽく呟いたが、カノンは吸い止しを灰皿に置くと、
「冥界が俺を嫌がるさ。ルネ辺りは俺の顔など見たくもなかろうよ」
「別の死の神が、貴方を歓迎するかもしれませんけどね」
東屋の中に足を踏み入れたソレントは、カノンの真正面のベンチに座った。単に一番煙草の煙が流れてこないからだ。16歳の彼は煙草の煙が嫌いだった。
「カノン、屋敷の中に戻ってくれませんか?今少し揉めている」
そう語るソレントの口調は、非常に淡々としている。まるで人事のような物言いだ。
カノンは再び煙草を口に運ぶと、ふぅ……と煙を噴き出し、
「ジュリアン坊ちゃんとテティスだろ?」
「気付いていたのですか」
「中で小宇宙が燃えていたからな。テティスは殺気を無駄に出しすぎる」
「ああ、それは分かるような気がします」
ソレントはわりとジュリアンの側にいることが多いため、テティスの言動はよく目に付く。
彼女はジュリアンを思うがあまり、感情を上手く制御できないようなところがある。
カノンは煙草を灰皿に押し付けると涼しい顔で、
「放っておけ。そのうちジュリアン坊ちゃんの笑顔に負けて、テティスが矛を引く」
「私もそう考えていたのですが、カノン」
ソレントの目が、一瞬鈍く光る。
「今回は少々勝手が違うようです」
「ん?」
ソレントの物言いに訝しさを覚えたカノンが、ふっと意識を屋敷内に向けると。
ドドドドド……と、何かが激しくぶつかり合う音が聞こえるではないか!
カノンはポケットから煙草を取り出しジッポで火をつけると、哀れむかのような表情で、
「ガラス窓5枚、ドア2枚、天上に軽い亀裂……といったところか。家令のバイアンは、見えないところで泣いているな」
「片付けたり修理したりは、彼ですからね」
ソレントは同情するかのように、顔を曇らせた。
まぁ、同情はするし、哀れみもするけど、手伝いは絶対にしない。ソレントは面倒に関わるのは大嫌いなのである。
なので、今もカノンを呼びにきたのだ。
「カノン、今のテティスを止められるのは、貴方しかいませんよ。止めてきたらどうなんですか?」
作品名:溺れる人魚 作家名:あまみ