溺れる人魚
さり気なくカノンに問題を丸投げしようとしているソレント。ソレントとて、海闘士の中では上位の実力を持つ。その気になればテティスを止められないというわけではない。
けれども、だ。
下手に介入したらテティスから逆恨みされ、後々厄介なことになる。
穏やかで平和な日常を愛するソレントにしてみれば、それだけは避けたいところであった。
けれども、事態を少しでもマシなものにしなければならない。
では、どうしたらいいのか。
このテのトラブル処理に慣れていそうな人間に助けを求めるのが、最善策となる。
「……で、俺に汚れ仕事を押し付けにきたってわけか、ソレント」
「まぁ、そんなところです」
涼しい顔で問うカノンに、涼しい顔で応じるソレント。
カノンはソレントの少女のように整った顔を、ちらりと見やる。
紫煙の向こうでソレントは、他人事のように落ち着いた面持ちで東屋の外のよく手入れされた庭を眺めている。
……こいつは顔に似合わず、かなりちゃっかりした奴だ。
メントールの風味がする煙を肺の中に吸い込みながら、カノンはそんなことを考える。
ソレントはカノンが動くまで、ここに居座る気だろう。
「おい、ソレント」
「なんでしょう、カノン」
ソレントはポケットの中から携帯電話を取り出すと、カチャカチャいじっている。
メールを打っているのか、ネットに書き込みをしているのか、カノンの位置からではよくわからない。
あくまでもソレントは、カノンにどうにかさせるつもりだ。
「……まったく、最近の若いものは……」
渋々といった態ではあるが、カノンは立ち上がる。このままでは、埒があかない。
「ソレント、お前後で覚えていろよ」
低い声でそう言い捨てるが、
「それはテティスに言って下さい。それと」
少女のようなソレントの美貌に浮かぶ、笑顔。
「彼女、貴方の事が大嫌いみたいですよ」
「知ってるよ」
足が重い。体が重い。どうにも気分が乗らない。
けれども大人には、イヤでもやらなければならない時がある。
「あー、面倒くさい」
ブツブツ呟きながらもカノンは東屋を出た。
満足そうにそれを見送ったソレントはポケットに携帯電話をしまい込むと、小走りにカノンを追った。