溺れる人魚
苦笑するソレント。テティスはカノンの姿が見える度に、剣呑な小宇宙をだだ漏れさせる。
けれども、今やカノンはソロ家になくてはならない人材だ。
テティスに嫌われたからといって、ここを去ったら困るのはジュリアンたちなのだ。
この辺りのジレンマが、テティスを余計に苦しくさせる。
「ま、あの人魚が息苦しさで溺れている時、ジュリアン坊ちゃんが人工呼吸してやりゃいいのさ。男に惚れてる女は、大抵それで黙る」
「あんた、双子座にスニオンの岩牢にブチ込まれただけのことはありますね」
少々軽蔑したかのようにソレントは言い捨てると、ケースの取っ手をつかんでホールを出た。
カノンはしばらくそこで煙草を吸っていたが、
「カノン、ここに居たのか」
家令のバイアンがホールをのぞく。やや三白眼の気がある海馬の海闘士に気付いたカノンは、吸い殻を異次元空間に投げ込むと、訊ねた。
「俺に用か、バイアン」
「ジュリアン様がお呼びだ。ランチを一緒に、だそうだ」
「テティスを呼んでやればいいだろうに」
「メインが魚なのだよ。それと、仕事の打ち合わせをしたいと仰せだ」
これだから自分はテティスに嫌われるのだろう。
だが、これが俺の仕事だからな。
カノンは口の中でそう呟き、ジュリアンの待つ食堂へ向かった。
午後も忙しくなりそうだ。