Rira bien qui rira le dernier
「デスマスク、あのカミュに先に手を出させるなんて、貴方一体何をやったのですか?」
顔面を床にめり込ませている蟹座の聖闘士に、ムウにしては珍しくかなり厳しい口調で訊ねた。
だが、デスマスクからの返事はない。
ムウはエプロンのポケットからボールペンを取り出すと、デスマスクの頭を突いた。そして。
「ああ、見事な冷凍蟹ですねぇ。煮ても焼いても食べられませんけど」
甚だ辛辣な言葉を残して部屋の中へ戻っていった。やりかけの家事があるらしい。
その背中を見送ったアフロディーテは、荒い呼吸をしながらフィニッシュブローの構えを保っている同僚に声をかけた。
「カミュ、家主からはお咎めなかったのは幸いだったね。もし教皇がご在宅の時にアレをやったら、大変なことになっていたよ」
すると、カミュの腕が徐々に降りていく。
そして力が抜けたようにパイプ椅子に座り込むと、うつむいたままかすれ声で、
「……私は、何をした」
「デスマスクに向かってダイヤモンドダストを撃った。それだけだよ」
「そうか」
アフロディーテにそう訊ねる辺り、カミュの一撃は無意識の行動だったようだ。
カミュは呼吸を整えた後、ちょっと視線を上げ、顔面を床にめり込ませて気絶しているデスマスクを見やる。
そして淡々とした表情で、
「見事な冷凍蟹だな。カムチャッカ辺りで水揚げされていそうだ」
「地中海産なんだけどね、一応」
カミュが珍しく冗談を口にするものだから、アフロディーテもついそれに乗ってしまった。
しかし、応じた後でそのやり取りがおかしくなったのか、声を上げて笑った。
やり取りの内容がおかしかったのではない。カミュが真顔で冗談を言う、そのシチュエーションがおかしかったのだ。
ひとしきり笑った美の聖闘士は目尻に浮かんだ涙を指で拭うと、貴鬼に告げた。
「貴鬼、あの冷凍蟹を、白羊宮の出口にテレキネシスで運び出してくれないかい?一応解凍しないとね」
「えー!」
明らかに嫌がっている様子の貴鬼。
「だって、デスマスクはオイラよりもテレキネシス強いんだもん。もし起き出しちゃったら、オイラがデスマスクにいじめられるよ!」
「心配いらないさ」
美しい魚座の聖闘士は、そう言って笑う。
「ここは白羊宮だよ?君に何かあったら、ムウか教皇が飛んでくるだろう」
「うーん、それもビミョー」
「何かあったら私も駆けつけるよ。だから、大丈夫」
断言するアフロディーテ。ここまで言われてしまうと、貴鬼に断る術はない。
渋々といった体ではあるが、デスマスクをテレキネシスで白羊宮の出口に運んでいく。
その背中を見送ったカミュはチェスの駒を綺麗に片付けると、アフロディーテに告げた。
「よくお前は、あれと友人付き合いが出来るな」
「別に、友人というわけではないよ」
アフロディーテも縁台を小脇に抱える。これは白羊宮のいつもの場所に戻しておかなくてはならない。
「腐れ縁と呼ばれる類いのものだよ。年や聖闘士の資格を取った時期が近い。ただ、それだけだ」
いつもの歯切れのいい口調だが、その聞き取り易い言葉の中に若干微妙なニュアンスが含まれていたのを、カミュは感じ取った。
恐らく、彼も自分と同じように、デスマスクからつまらないことを散々言われたのであろう。
……まったく、よくあんな性格で聖闘士になれたものだ。
「それよりカミュ、手が空いただろう?1ゲーム相手してくれないかな?次のアメリカ出張でまたチェスをやる機会に恵まれそうなのでね」
「了解した」
チェスセットを抱えて、宮内の居住スペースに戻る黄金聖闘士たち。
家主からの説教や嫌味は、覚悟の上である。
なおデスマスクであるが、帰宅してきたシオンに頬を張られるまで、ずっと白羊宮の出口に放置されていたという。
作品名:Rira bien qui rira le dernier 作家名:あまみ