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Rira bien qui rira le dernier

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居住スペースから少し離れた所にバーベキューで使用するパイプ椅子や折りたたみテーブルを設置し、そこでカミュとデスマスクはゲームをすることになった。
白羊宮の居間から突っかけを履いて出てきたカミュは、少々困ったような、かなり呆れたような顔で、
「お前、ムウに何をやった。あのムウにこんな扱いをされるなど、相当酷い事をやったろう」
それを横で聞いていたアフロディーテは綺麗な発音で、
「Exactly」
「成る程」
案の定だと言わんばかりに、カミュが息を吐く。デスマスクは弁解するように、
「だって、仕方ねぇだろう。あそこまでやらねぇと、連中の目を誤摩化し切れなかったんだからよ。お前ならわかるだろ、カミュ」
「その件については、後に皆には謝罪した。皆こちらの事情を知ったからな。快く水に流してくれたが」
ひどくクールなカミュの物言い。彼はチェスボードを広げ駒を並べていた。
そのチェスボードがよく見える位置に、アフロディーテは縁台の長椅子を置き、座った。
この二人がどんな勝負を繰り広げるのか、非常に興味深かった。これはじっくりと見物しなくては。
「ねぇ、アフロディーテ」
ちょこんと、アフロディーテの横に貴鬼が座る。
貴鬼も、カミュとデスマスクがどんなチェスをするのか、見てみたかったのである。
「アフロディーテはデスマスクとチェスで遊ばないの?」
「遊ばないよ」
きっぱりと言い切るアフロディーテ。
「私は基本、デスマスクとはゲーム類は一切やらないんだ。あいつに負けると、色々と鬱陶しいからね」
涼しい顔でそう語る美しい聖闘士。
それを聞いた貴鬼は何かを考えるように黙り込んだ後、小声で、
「そうだね」
と呟いた。貴鬼もそれなりに思い当たることがあるらしい。
そうしているうちに駒は全て並べられ、アフロディーテの合図でゲームが開始された。
先手はカミュである。
カミュがポーンを一つ進めた所で、デスマスクが流暢なフランス語で話しかける。
デスマスクもアフロディーテやカミュほどではないが語学に秀でており、フランス語とスペイン語ならばネイティブ並みに話すことができた。
「なぁ、カミュ」
デスマスクも同じようにポーンを動かす。陣の配置上、こうなってしまうのは仕方ない。
カミュはやや巻舌気味の母国語の響きに眉一つ動かさず、
「何だ」

躊躇いもなく次の駒を動かす。
彼の頭の中では既に、何手も先の攻撃が何パターンも出来上がっている。
「お前の弟子なんだけどよぉ、結構モテるらしいな。色々噂は聞いているぜ」
ピク……と、カミュの綺麗な指先が震える。赤く染められた爪が、微かに揺れた。
デスマスクの言葉を聞いたアフロディーテは、呆れたように白い手を秀でた額に当てる。
「……何を言い出すんだ、あいつは……」
盤外作戦とはいえ、少々汚い。
フランス語がわからない貴鬼は、大きな目を不思議そうに綺麗なスウェーデン人に向ける。
「ねぇ、アフロディーテ。デスマスク、何言ってるの?」
「余計なこと」
彼には珍しく、吐き捨てるような口調だ。
デスマスクのやり口は、長年の付き合いのアフロディーテも流石にひどいと感じた。
『まぁ、あいつが普通に勝負すると思った方が間違いか』
口の中に苦みが広がる。
貴鬼は納得できないといった面持ちで、視線を対戦中の二人に戻した。

盤上では一見、淡々と勝負が行われているように思われたが。デスマスクは時々唸りながらも、ひどく楽しげに駒を進めている。
一方カミュだが、急に腹痛でも起こしたかのような顔で盤面を睨んでいた。
アフロディーテの見るところ、勝負はカミュ優勢だ。
しかしカミュは、まるでチェックを取られる寸前のような表情でゲームに臨んでいる。
……その原因が、デスマスクのフランス語トークにあることは一目瞭然だ。
「なんだっけ?あのブルーグラードって所の領主の娘。ナターシャだっけ?美人だったよなー」
「……少し、黙れ」
カミュが低くドスの聞いた声で告げるが、黒サガと散々付き合っていたデスマスクが怯むはずない。
「他にも、絵梨衣ってカワイコちゃんと付き合いがあるらしいぜ。いやー、二股三股になりそうな気配だよな」
無言になるカミュ。アフロディーテは心底憎々しげに腐れ縁の同僚を眺めながら小声で呟く。
「……前々からわかっていたが、あいつは本物の下衆だな」
それを貴鬼は、不審さをこめた目で見つめている。
「ねぇ、アフロディーテ。デスマスク、何て言ってるの?」
「……教育に悪いこと」
珊瑚色の唇から漏れる言葉には、彼が用いる薔薇のように強い毒が含まれていた。
フランス語会話はよくわからないので、貴鬼はチェス盤の上をのぞく。
カミュの使用している白い駒の方が多い印象だが、どうしてカミュは追いつめられたような表情をしているのだろうか。
「なぁ、カミュ先生。聞いているかい?あんたの可愛い教え子の女関係をさ。そーいやロシアじゃ、挨拶に舌入れてバーチョすんだろ?氷河もさー……」
デスマスクの口撃は止まらない。非常に楽しげに、心底嬉しげに、カミュの愛弟子を貶める。
「………………」
デスマスクが言葉を発する度に、カミュの顔から表情と温度が消えていく。
そして無駄に高まる凍気の小宇宙。
「もう一度言う。少し、黙れ」
デスマスクの頬にひんやりとした空気が触れる。この白羊宮内を漂っていた空気ではない。
カミュが無意識のうちに発生させた凍気であった。
「おい、カミュ。わかってんだろうな?聖闘士間で私闘は御法度だぜ?」
ニヤニヤ笑いを向けるデスマスクに、カミュは全ての原子を凍らせるような冷えきった視線を向け、無言でナイトの駒を動かした。
思わず目を丸くするデスマスク。
予測もしていなかったような良手らしい。
「へぇ、そう来るか」
しばしチェスボードを眺めたデスマスクは、顎をつかんで考え事をする。
そしておもむろにポーンを動かし、カミュを見つめてニヤリと笑った。
それとは対照的に、カミュはにこりともしない。
氷かガラスで出来た仮面のように、冷たく無機質な無表情を保っている。
デスマスクはカミュに、言葉でとどめを刺した。
「ある日お前の所に、ガキ抱えた女が来るかもな。『氷河の子よ!』ってな」

アフロディーテと貴鬼はその時、ビニールの紐を無理矢理に引き千切ったような音を聞いた。

カミュの体から雪崩のように噴き出す凍気と小宇宙。
「ムウ、クリスタルウォールを張れ!」
これはマズいとアフロディーテが家主に叫んだのと、カミュの必殺拳がデスマスクに向かって炸裂したのは、ほぼ同時だった。
「ダイヤモンドダストーーーー!!!」
放たれる凍気の嵐。
余波を防ぐため、アフロディーテも花霞で防壁を張る。
デスマスクは吹っ飛び、白羊宮の居住スペースの壁に叩き付けられると思われたが。
哀れな蟹座が叩き付けられたのは、透明な水晶質の小宇宙の壁だった。
「グハッ!」
床に落下するデスマスク。
アフロディーテは安心したように息を吐くと、家主に告げた。
「ご苦労さん、ムウ。面倒かけたね」
「いえいえ。貴方が謝ることはありませんよ」
掃き出し窓からエプロン姿のムウが顔を出す。明らかに呆れた様子である。
作品名:Rira bien qui rira le dernier 作家名:あまみ