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羊蟹の仲

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のんびりとした休日の午後。
牡羊座のムウは居間で歌舞伎揚げをかじりながら、有料放送で昔の映画を見ていた。
別にテレビ自体はさほど好きではないのだが、テレビで放送されている映画は、好きだった。
幼少期を何もないジャミールで過ごしていたので、“以前見た映画”が全くなく、どんな映画でも楽しむことができたのだ。
今日放送されているのは、『グレムリン』だ。
ギズモの愛らしさに、ムウもその頬を緩めた。
「本当に可愛いですねぇ。人形があったら、飾っておきたいくらいです」
と、ムウが映画に夢中になっていると。
巨蟹宮から降りてきたデスマスクが、テラスから部屋の中をのぞく。
妙に小洒落た格好をしているので、これから女性と会うのかもしれない。
「お、『グレムリン』見てるのか、お前」
家主の許可も取らずに、掃き出し窓から屋内に上がるデスマスク。
白羊宮の居間にこうやって人が入ることはしょっちゅうなので、ムウは何も言わない。
台所、寝室、作業場、シオンの部屋には絶対に入れさせないが、居間だけは黄金聖闘士たちのフリースペースとして使用することを黙認していた。
デスマスクはドスッとムウの隣に腰掛ける。テレビを見るにはこの位置がベストポジションなのだ。
映画はギズモが水をかけられてポコポコ増えた辺りだ。
飛び出した毛玉がギズモになっていく様を、ムウは瞬きすらせずに見入っている。
「どんだけ映画好きなんだ」
イタリア語で呟いたため、ムウには意味がわからない。デスマスクもテーブルの上にある歌舞伎揚げをつまむ。悔しいが、これを考案し商品化した奴は、天才だと思う。あまりにも美味過ぎる。
映画は進み、場面は真夜中のシーンへ。
時計を見たら11時30分だったため、『12時過ぎに餌をやらない』のタブーに抵触しないと考えた主人公は、オリジナルでないギズモたちに食べ物を与えてしまう。
それを見ていたデスマスクは、この場では決して言ってはいけない言葉を口にしてしまった。
「あれ、時計の電気コードが抜けていて、本当は12時過ぎてるんだよな」

次の瞬間、デスマスクの体は掃き出し窓から部屋の外へ吹っ飛んだ。

「うぎゃぴぃぃぃぃぃ!!」
奇声を上げながら、白羊宮の石畳に叩きつけられるデスマスク。
痛みを堪えながら半身を起こし、一体何がムウの逆鱗に触れたのだろうと考えるのだが、全く心当たりがない。
何が悪かったのだろうか?
「おい、ムウ!いきなりふっ飛ばすなんて、何考えてんだよ!!痛ェだろうが!!」
巻き舌気味のギリシャ語で唾を飛ばして怒鳴るデスマスク。
ムウはつっかけを履いて外に出ると、ひどく剣呑な目つきでデスマスクをにらんだ。
「貴方今、先の展開をしゃべったでしょう?」
いつもの物柔らかな口調からは想像できない、低くドスの利いた声と口調である。
日本に存在するインテリやくざとやらの口調に近いのかもなと、蟹座の聖闘士は考えた。
そんなことを今考えても、現実逃避にしかならないのだが。
ムウはデスマスクの側にしゃがみこむと、
「私、ずっとジャミールにこもっていたので、どんなに人気が出た作品でも、ヒットした作品でも、内容を知らないことが多いのです。だから今日の『グレムリン』も、大ヒットした映画はどんなものなのだろうかと、とても楽しみにしていたのですよ?」
低く淡々とした、感情の起伏をほとんど感じさせない物言い。
だが、デスマスクは知っている。
この一見静かな口調や態度の下に、溶岩のような煮えたぎった怒りが隠れていることを。
冷や汗が、デスマスクの背中を伝わり落ちる。ムウは据わった目でデスマスクを見つめながら、静かに、告げた。
「修復する聖衣がたまっているのですが、損傷が激しく、聖闘士の血液が必要なのですよね」
デスマスクの運命は、決まった。

「お前馬鹿だなー。あいつはネタバレ大嫌いなんだぞ?知らなかったのか?」
第二宮・金牛宮。
ここの主であるアルデバランは、ソファの上で横になるデスマスクのために、台所で料理を作っていた。
漂うよい香りからするに、スパイスの効いた肉料理な模様。
デスマスクは白羊宮で相当血を抜かれたのか、顔を真っ青にしている。
人のよいアルデバランに色々と愚痴りたいが、頭がくらくらする上、体が思うように動かなくて、喋るのすら億劫である。
グツグツと何かの煮える音。ローリエと肉のよい香り。アルデバランが作っているのは、スープのようだった。
「そろそろできるが、食べられるか?汁だけでも飲んで行け。自分で言うのもなんだが、美味いぞ」
「…匂いでわかる…」
呻くようにそれだけ呟いたデスマスクは、よろよろと起き上がる。
本当は寝転んだままスープをご馳走になりたいのだが、流石にそれは無理があった。
程なく、深めの皿に入ったスープがデスマスクの前に配膳される。
噛む負担を減らすため、具はあまり入っていなかった。
「食えそうなら言ってくれ。肉を入れる」
「グラッチェ」
つい母国語で礼を言ってしまう。
アルデバランのギリシャ語には、ややラテンの訛りがあるのだ。
デスマスクは一口スープをすする。
口の中に入れた途端、旨みが下の上に広がり、幸せな熱が彼の体を満たしていく。
「お前、料理上手いな」
「そうか?ムウにはまだ敵わんと思うぞ」
口ではそう言うものの、満更でもなさそうなアルデバラン。
やはり人間、褒められて悪い気はしない。
綺麗にスープを平らげたデスマスクは再びソファーの上に寝転ぶと、先ほどのアルデバランの言葉について尋ねた。
「お前さっき、ムウが映画のネタバレ嫌いとか云々言ってたが、何か知ってるのか?」
「まぁ、普通に考えて、ネタバレ好きな奴はあまりいなかろう」
皿を下げつつ、アルデバランはさらっと告げる。
「そりゃそうだけど、あいつのアレは、少々異常だったぞ」
「さっき白羊宮で小宇宙が弾けたのは、そのせいだったのか」
「ああ」
するとアルデバランはげらげらと笑い出す。その様に、流石にデスマスクもカチンときた。
人が痛い目に遭ったというのに、そんなに馬鹿笑いすることはないだろう。体調がよければ、即座に手が出ているところだ。
アルデバランは一頻り笑った後、
「ああ見えてムウには、かなり子供っぽいところがあるからな」
ムウは一見大人だ。弟子もいるし、常に冷静。
しかしだ。幼少期から青年期をジャミールで一人で生きていたため、どこか大人になれない部分、子供のままの部分も持っていたりする。
「ネタバレされて癇癪起こすなど、どう見ても子供だ。だがあいつは、子供時代にそういう……楽しいものを色々と見ることができなかった。何もないジャミールで生きていたからな。だからムウは、映画などを見ている時は、メンタリティが子供の頃に戻ってしまうんだ」
「なるほどな」
アルデバランの話を聞き、納得するデスマスク。
自分たちが少年時代に体験してきたことを、ムウは全く体験してこなかった。
師の死を一人で受け止め、真実が明らかになるその日を、腕を磨きつつ待っていたのだ。
だから平和になった今、ムウは幼い頃に体験できなかったあれこれを、ここぞとばかりに楽しんでいるのだ。
映画もそう、食事もそう。家族団欒もそう。
作品名:羊蟹の仲 作家名:あまみ