任務は道連れ・世は情け
基本、黄金聖闘士は一人で任務を行う。
聖闘士の最高位である黄金聖闘士が一人で仕事を片付けられなくてどうする!?ということなのだが、平和な世の中になってからは、任務の内容もこれまでの誰それをぶちのめすや討伐する系が減り、冥界と交渉したり、海底神殿に行って集中豪雨をどうにかするよう陳情に行ったりと、少々頭と言葉を使う仕事が増えてきた。
それでも、アイオロス、サガ、アフロディーテ、カミュは難なくこなす。
しかし、アイオリアやミロ、そしてシャカには、とてもではないが任せられなかった。
それ故に、先に挙げた4人にこのような任務が割り当てられることになるのだが、アイオロスとサガは教皇職の補佐で忙しい。
カミュも、シベリアで氷河たちの指導があるためになかなか動けない。
……なので、自ずとアフロディーテに交渉任務が押し付けられる。
アフロディーテはグラード財団絡みで各国のパーティーに年中出席しているので、語学力も会話力も折り紙付き。
このような仕事には、うってつけの人材であるのだが……。
「いい加減にして下さい」
その日、アフロディーテはサガから受け取った勅令書をデスクの上に叩き付けた。
まさかアフロディーテに逆らわれるとは思わなかったサガはぽかんと耄けた表情を作り、目の前にある同じ人類とは思えないくらいに綺麗な顔を眺めている。
その端正な美貌には、イライラと怒りが塗りたくられていたが。
「アフロディーテ、いい加減にとは……」
呆然とサガが訊ねると、アフロディーテは平素の彼からは信じられないような激しい口調で、
「毎回毎回私にばかり、仕事を押し付けないで頂きたい!!」
……アフロディーテがぶち切れるのも仕方なかった。
彼のスケジュール帳は真っ黒な状態だったのである。
仕事で。
「先週はグラード財団の仕事、三日前はポセイドンとの交渉、そして今度はアスガルドに出張ですか!?私以外にも仕事を回して下さい!」
「それもなぁー……」
困ったように呟くアイオロス。
そうしてやりたいのはやまやまなのだが、他の者に任せるのは少々心配なところもあるのだ。
「お前が一番、このテの仕事は向いているのだ」
「……別に、他の人間でもできるでしょう」
「シャカができると思うか?」
「……思いません」
「アルデバランはよさそうだが」
「人のよさが裏目に出て、相手のいいようにされるでしょうね」
「ミロとアイオリアは、手当が少ないので仕事を増やしてやりたいが」
「あの二人では途中でキレて、交渉決裂でしょう」
「ほら見ろ」
持っていたペンで、書類を軽く叩くアイオロス。
「消去法で行くと、結局お前に任せることになってしまうんだ」
「くっ……」
綺麗な唇を、悔しさで噛みしめるアフロディーテ。
ああ、こういう時、仕事のできる自分が恨めしい。
それを見ていたシオンはさすがにアフロディーテが気の毒になったのか、自分の横で仕事を進める二人に尋ねる。
「考え方を変え、二人でこの任に当たれば良いのではないか?」
ミロやアイオリアに冷静なストッパーが付けば、何とかなるのではなかろうか。
けれども。
「人件費の無駄ですよ。ストッパーを付けるくらいなら、そのストッパーに仕事を任せる方が、よほど効率がいい」
「……それもそうであるが」
指導させ、次回は一人で仕事をこなせるようにした方が、先々のことを考えると良いのではないか?
そうシオンは言うのだが、アイオロスとサガは顔を見合わせるだけである。
「どうした」
「……教皇がそうおっしゃるのでしたら、我々に異論はありませんが……」
アイオロスが珍しく口澱んでいる。言葉がはっきりしないだけではない。どこか、目が泳いでいる。
「どうした?」
不審に思ったシオンが訊ねると、アイオロスとサガは再び顔を見合わせる。
目と目でお互いの意思を察した二人は、無言でシオンにそれぞれ書類を渡す。
「?」
訝しさを隠さない様子で、渡された書面に目を通すシオン。
出張予定表と、勤務シフト表である。
出張予定表には、アフロディーテとシュラ、デスマスクの名前がしつこいくらいに記されている。
そしてシフト表。雑兵の訓練やアテナの護衛を務める予定の聖闘士の名が、日替わりで書かれている。
それらを総合した結果。[newpage]
「どうしてこうなったのでしょうねぇ?」
北欧へ向かう飛行機の中、ムウはそうぼやいた。
本日のムウはいつものジャミール服にエプロンではなく、グレーのスーツにトレンチコート姿だ。
その隣の席に座っているのは、アイオリア。何やら必死に書類に目を通しているが、果たして頭に入っているのかどうか。
何故ムウがアイオリアと共に飛行機に乗っているのか。
先日、あまりにも出張の多いアフロディーテが、もう少し他に割り振ってくれと教皇の間に直談判に行ったのだが、空いている人間がムウとアイオリアしかいなかったのだ。
シオンはできることならばムウに出張させたくなかったようなのだが、アイオリア一人だけで交渉に行かせるのもかなり心許ないので、渋々ムウの帯同を認めたのであった。
「大丈夫ですか?私に出張させて」
白羊宮のスーパーハウスキーパーであるムウは、勅命を受けた際に一応そう訊ねた。
しかしシオンは、明日の食べ物が無くなってしまったかのような表情でため息をつく。
「……アイオリアを一人で出すわけには、行くまいて」
アイオリアとて、立派な黄金聖闘士なのである。
星矢の討伐に行ったり、ソロ邸に沙織の護衛に行ったりと、これまでも一人できちんと任務を果たしてきたのだ。
それなのに、何故一人で出張させられないか。
今回の仕事は、アスガルドに赴いてのロイヤリティ配分の契約更新なのだ。
あちらも、少しでも多く分け前を貰おうと、あの手この手で交渉してくるはずだ。
そのような、いわば『言葉による戦い』にアイオリアが向いているかといえば……否である。
なにせ彼は、ムウに「少し考えろ」と言われただけで「男とは認めん!」とキレるような男だ。
そのアイオリアと交渉事に赴かねばならないという、もはや罰ゲームに近いような任務を与えられたムウは航空機の座席の上で、
「本当に上手くいくのでしょうか」
と、誰にも聞かせるでなく呟いた。
隣に座っている今回の相方は、必死に書類を眺めている。
アスガルド近辺の空港に到着した二人は、まずはレストランで腹ごしらえをすることにした。
空港内にあるそれなりに人が入っていそうな店に入った二人は、それぞれメニューを開く。
「……何語で書いてあるんだ?」
アイオリアが文面を見た途端、低い声でうめく。
何度も言うが、アイオリアはギリシャ語以外できないのだ。それ故彼には、メニュー表が何かの文字の羅列にしか見えていない。
一方ムウだが。
「そうですねぇ。このトナカイ肉のステーキとパンのセット、コーンスープにしてみましょうか。でも、こちらの魚のマリネも美味しそうですねぇ」
と、文字を目で追いながら悩んでいる。
このメニュー表、スウェーデン語と英語が併記されているので、英語のできるムウは特に困らなかった。
「アイオリア、貴方も私と同じものでいいですか?」
同僚の語学力を知っているムウは、そう尋ねる。アイオリアは曖昧に頷いた後、
聖闘士の最高位である黄金聖闘士が一人で仕事を片付けられなくてどうする!?ということなのだが、平和な世の中になってからは、任務の内容もこれまでの誰それをぶちのめすや討伐する系が減り、冥界と交渉したり、海底神殿に行って集中豪雨をどうにかするよう陳情に行ったりと、少々頭と言葉を使う仕事が増えてきた。
それでも、アイオロス、サガ、アフロディーテ、カミュは難なくこなす。
しかし、アイオリアやミロ、そしてシャカには、とてもではないが任せられなかった。
それ故に、先に挙げた4人にこのような任務が割り当てられることになるのだが、アイオロスとサガは教皇職の補佐で忙しい。
カミュも、シベリアで氷河たちの指導があるためになかなか動けない。
……なので、自ずとアフロディーテに交渉任務が押し付けられる。
アフロディーテはグラード財団絡みで各国のパーティーに年中出席しているので、語学力も会話力も折り紙付き。
このような仕事には、うってつけの人材であるのだが……。
「いい加減にして下さい」
その日、アフロディーテはサガから受け取った勅令書をデスクの上に叩き付けた。
まさかアフロディーテに逆らわれるとは思わなかったサガはぽかんと耄けた表情を作り、目の前にある同じ人類とは思えないくらいに綺麗な顔を眺めている。
その端正な美貌には、イライラと怒りが塗りたくられていたが。
「アフロディーテ、いい加減にとは……」
呆然とサガが訊ねると、アフロディーテは平素の彼からは信じられないような激しい口調で、
「毎回毎回私にばかり、仕事を押し付けないで頂きたい!!」
……アフロディーテがぶち切れるのも仕方なかった。
彼のスケジュール帳は真っ黒な状態だったのである。
仕事で。
「先週はグラード財団の仕事、三日前はポセイドンとの交渉、そして今度はアスガルドに出張ですか!?私以外にも仕事を回して下さい!」
「それもなぁー……」
困ったように呟くアイオロス。
そうしてやりたいのはやまやまなのだが、他の者に任せるのは少々心配なところもあるのだ。
「お前が一番、このテの仕事は向いているのだ」
「……別に、他の人間でもできるでしょう」
「シャカができると思うか?」
「……思いません」
「アルデバランはよさそうだが」
「人のよさが裏目に出て、相手のいいようにされるでしょうね」
「ミロとアイオリアは、手当が少ないので仕事を増やしてやりたいが」
「あの二人では途中でキレて、交渉決裂でしょう」
「ほら見ろ」
持っていたペンで、書類を軽く叩くアイオロス。
「消去法で行くと、結局お前に任せることになってしまうんだ」
「くっ……」
綺麗な唇を、悔しさで噛みしめるアフロディーテ。
ああ、こういう時、仕事のできる自分が恨めしい。
それを見ていたシオンはさすがにアフロディーテが気の毒になったのか、自分の横で仕事を進める二人に尋ねる。
「考え方を変え、二人でこの任に当たれば良いのではないか?」
ミロやアイオリアに冷静なストッパーが付けば、何とかなるのではなかろうか。
けれども。
「人件費の無駄ですよ。ストッパーを付けるくらいなら、そのストッパーに仕事を任せる方が、よほど効率がいい」
「……それもそうであるが」
指導させ、次回は一人で仕事をこなせるようにした方が、先々のことを考えると良いのではないか?
そうシオンは言うのだが、アイオロスとサガは顔を見合わせるだけである。
「どうした」
「……教皇がそうおっしゃるのでしたら、我々に異論はありませんが……」
アイオロスが珍しく口澱んでいる。言葉がはっきりしないだけではない。どこか、目が泳いでいる。
「どうした?」
不審に思ったシオンが訊ねると、アイオロスとサガは再び顔を見合わせる。
目と目でお互いの意思を察した二人は、無言でシオンにそれぞれ書類を渡す。
「?」
訝しさを隠さない様子で、渡された書面に目を通すシオン。
出張予定表と、勤務シフト表である。
出張予定表には、アフロディーテとシュラ、デスマスクの名前がしつこいくらいに記されている。
そしてシフト表。雑兵の訓練やアテナの護衛を務める予定の聖闘士の名が、日替わりで書かれている。
それらを総合した結果。[newpage]
「どうしてこうなったのでしょうねぇ?」
北欧へ向かう飛行機の中、ムウはそうぼやいた。
本日のムウはいつものジャミール服にエプロンではなく、グレーのスーツにトレンチコート姿だ。
その隣の席に座っているのは、アイオリア。何やら必死に書類に目を通しているが、果たして頭に入っているのかどうか。
何故ムウがアイオリアと共に飛行機に乗っているのか。
先日、あまりにも出張の多いアフロディーテが、もう少し他に割り振ってくれと教皇の間に直談判に行ったのだが、空いている人間がムウとアイオリアしかいなかったのだ。
シオンはできることならばムウに出張させたくなかったようなのだが、アイオリア一人だけで交渉に行かせるのもかなり心許ないので、渋々ムウの帯同を認めたのであった。
「大丈夫ですか?私に出張させて」
白羊宮のスーパーハウスキーパーであるムウは、勅命を受けた際に一応そう訊ねた。
しかしシオンは、明日の食べ物が無くなってしまったかのような表情でため息をつく。
「……アイオリアを一人で出すわけには、行くまいて」
アイオリアとて、立派な黄金聖闘士なのである。
星矢の討伐に行ったり、ソロ邸に沙織の護衛に行ったりと、これまでも一人できちんと任務を果たしてきたのだ。
それなのに、何故一人で出張させられないか。
今回の仕事は、アスガルドに赴いてのロイヤリティ配分の契約更新なのだ。
あちらも、少しでも多く分け前を貰おうと、あの手この手で交渉してくるはずだ。
そのような、いわば『言葉による戦い』にアイオリアが向いているかといえば……否である。
なにせ彼は、ムウに「少し考えろ」と言われただけで「男とは認めん!」とキレるような男だ。
そのアイオリアと交渉事に赴かねばならないという、もはや罰ゲームに近いような任務を与えられたムウは航空機の座席の上で、
「本当に上手くいくのでしょうか」
と、誰にも聞かせるでなく呟いた。
隣に座っている今回の相方は、必死に書類を眺めている。
アスガルド近辺の空港に到着した二人は、まずはレストランで腹ごしらえをすることにした。
空港内にあるそれなりに人が入っていそうな店に入った二人は、それぞれメニューを開く。
「……何語で書いてあるんだ?」
アイオリアが文面を見た途端、低い声でうめく。
何度も言うが、アイオリアはギリシャ語以外できないのだ。それ故彼には、メニュー表が何かの文字の羅列にしか見えていない。
一方ムウだが。
「そうですねぇ。このトナカイ肉のステーキとパンのセット、コーンスープにしてみましょうか。でも、こちらの魚のマリネも美味しそうですねぇ」
と、文字を目で追いながら悩んでいる。
このメニュー表、スウェーデン語と英語が併記されているので、英語のできるムウは特に困らなかった。
「アイオリア、貴方も私と同じものでいいですか?」
同僚の語学力を知っているムウは、そう尋ねる。アイオリアは曖昧に頷いた後、
作品名:任務は道連れ・世は情け 作家名:あまみ