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教皇の間・執務室。
今日はシオンが休みなので、補佐官であるアイオロスとサガが二人で執務を片付けていた。
昼食の時間になったので、二人は仕事を一旦休止して休憩室で食事をとる。
執務室の昼食は、ムウが時折差し入れをしてくれる場合以外は、台所で自分たちで用意する。
「そういえば、今日は教皇は休みだが、何か理由はあるのか?」
電子レンジで冷凍ピザを温めているサガが、ガステーブルでパスタを炒めているアイオロスに問う。
アイオロスはフライパンにオリーブオイルを注ぎながら、
「代休だぞ。お前も執務室のホワイトボードを見ただろう。日曜出勤なさったからな、教皇」
「いや、それはわかるが……」
焼けたピザを皿に移すサガ。実を言うと、サガはあまり料理が得意ではない。
それ故、普段から冷凍食品やケータリングばかり食べている。
対照的にアイオロスはムウほどではないが料理が上手で、サガの食生活に対し少々物言いたいことがあるようだ。
それはともかく。
「こんな平日の、何もないような日に代休を取られるなど、珍しいからな。教皇が代休を取られる時は、大抵週末か月曜だろう?」
「連休になさる場合が多いよな」
アイオロスのフライパンから、ペペロンチーノのよい香りがする。
深めの皿に盛りつけたアイオロスは、テーブルにそれを置くと、
「まぁ、教皇には教皇なりの理由がお有りになるのだろう」
彼にしては、妙に歯切れの悪い口調である。
友人のその態度から、アイオロスが何か隠し事をしていると察するサガ。
アイオロスがこんな風にお茶を濁そうとするなど、絶対に理由を知っている。
「アイオロス、何を隠している?」
「え!?」
ギョッとしたのか、肩が弾かれるように揺れる。顔は強張り、目は泳いでいる。
まったくもって、ポーカーフェイスの出来ない男だ。友人の実直さに感動すると同時に、少々呆れもする。
腹芸も出来なくては、教皇も務まらなかろうに。
「あー、何の話だ、サガ」
口元がヒクヒクしている。
それで隠し事をしていないと言い切れるのは、別の意味ですごいと思う。
サガは追及の手を緩めない。
「お前、隠し事をしているのがバレバレだぞ。教皇の今日の休暇の理由を知っているだろう」
「だから、日曜出勤の代休だと、何度言えばいいんだ?」
「今日代休を取った理由を、私は知りたいのだ」
落ち着いた声で詰め寄るサガ。感情的にまくしたてるよりも、タチが悪い。
「知らんよ。教皇に直接お伺いしろ」
「何故そう、頑に隠そうとする。アイオロスよ」
一段と語調を強めて詰め寄るサガ。アイオロスも負けてはいない。
「では逆に問うが、何故お前は俺が隠し事をしていると考える」
「お前こそ、隠し事をしていないと何故言い切れる。バレバレだぞ」
「では、俺が隠し事をしているというのは、お前の推論なわけだな」
「しかし推論とはいえ、図星だと思うが?」
段々と論点がズレてきているが、本人たちは言い争いに夢中でそれに気付いていない。
「図星をついていると言う、お前の考えそのものが推論だぞ」
「では、推論ではないというのならば、正解を提示してみたらどうなのだ?」
「正解?お前の話は推論だ。それに尽きる」
「だから、証拠を見せろと言っている」
「証拠?」
「私の意見が推論だという証拠だ」
もう、子供の喧嘩レベルにまで堕ちている。
流石のアイオロスも腹が減ったのか、フォークにペペロンチーノを巻き付けながら、
「どんな証拠が欲しい」
「それを考えるのが、お前の役割だろう」
サガも言うことが支離滅裂になっている。
アイオロスはふう……と息を吐くと、パスタを咀嚼する。
「だが、今のお前に何を見せても、何を言っても、小理屈をこねそうだしな。取り敢えず、お前も飯を食え」
指でテーブルの天板を軽く叩くアイオロス。
サガの冷凍ピザは、いい大人のつまらない言い合いの間に冷めかけていた。
小さく舌打ちをして、ピザを手に取るサガ。
雰囲気からすると、若干黒くなっているのかもしれない。
険悪な空気の中、昼食をとる二人。
パスタを巻き付ける音、飲み込む音、ピザを噛む音が、休憩室内に響く。
だが。食事をしていると、人間どこかで落ち着いてくるもので。
最後のピザを口の中に押し込みながら、サガがアイオロスに訊ねる。
「で、教皇は何故今日休みを取られたのだ」
「ああ、今日はムウが不安定になる日なのだ」
パスタを飲み込んだ後、サガの問いにさらっと答えるアイオロス。
「ムウが不安定になる日?」
鸚鵡返しに問い返すサガの言葉に頷きかけたアイオロス。
ハッとして顔を上げると、視線の先には勝ち誇ったようなサガの顔。
「やはり隠し事をしていたではないか、アイオロス」
「……謀ったな、サガ。不意打ちとは卑怯な」
アイオロスの瞳に微かな怒気がこもるが、隠し事をしていたのは事実なので、サガを詰るに詰れない。
けれどもここまで理由を隠していたのは、アイオロスなりにサガを思いやってのことなのだ。
「……アイオロスよ、ムウが不安定になるとは?」
興味津々のサガに、アイオロスは痛みを堪えるような表情で話し始めた。
「『今日』なのだがな……『この日』になると、ムウは体調を崩したり、精神的に不安定になったりすることが多いそうだ。それで教皇はムウは少しでも安心させたい、側に居てやりたいと、休みを取られたのだ」
「……あのムウがな」
少々信じられないと、言わんばかりのサガ。
ムウは黄金聖闘士12人の中でもかなり肝が据わっている方であるし、常に沈着冷静である。
ある部分では、クールを旨とするカミュよりもクールかもしれない。
そのムウが、精神的に不安定になるなど……。
「あまり信じられん話だがな」
「教皇がそうおっしゃるのだから、我々としては信じる他あるまい」
アイオロスの言葉の端々から、この話題を早々に切り上げたいという気持ちが見え隠れしていた。
彼はこの話にはあまり触れたくなかったのである。
……何故なら。
けれどもサガはアイオロスのそんな態度には気付いていたが、友人に対する労りよりも好奇心の方が勝った。『神のような男』は、外部限定らしい。
「アイオロスよ、ムウが体調を崩すなど、『今日』は何かあるのか?その様子ではお前も知っているのだろ……」
この時サガは、初めて後悔した。
アイオロスが涙を流していたのだ。
「アイオ……ロス?」
気丈な友人が、実の弟に死ねと言い切れる男が流した涙に、息を飲むサガ。
この男が泣くなど、尋常ではない。
アイオロスは休憩室に転がっていたタオルで顔を拭うと、低い低い声で、
「忘れたのか?」
その響きは、詰問にも近かった。
剣呑な響きに、サガの喉が、戦慄で、鳴る。
「忘れたとは、何をだ」
「今日はな……」
この時のアイオロスの口調を、サガは一生、いや、死してまた蘇っても忘れないと思う。

「俺や教皇の命日……お前が教皇を弑逆し奉った日だ」

休憩室に流れる、重苦しい沈黙。
それは、サガにとっては最も触れられたくない、過去。
己の中の闇に勝てず、教皇を手にかけ、アテナをも亡き者にしようとした過去。
サガの顔から、目に見えて血の気が引いていく。
アイオロスは苦笑いを浮かべ友人を見やると、
作品名:Obit 作家名:あまみ