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今日はとりたてていい天気というわけではないので、シーツを洗ったり、布団を干したりはしていない。
スクウェアハンガーにタオルや下着を黙々と干しているその姿は、日曜日に嫁に家事をやらされている一家の主人といった趣であった。
ムウは居間から、そんな師の姿を眺めている。
自分が干すと言ったのだが、シオンが『私にやらせぬか!』と、聞かなかったのである。
まったく、他の黄金聖闘士が見たら何を言われることやら……。
「シオン様は、その辺をわかってらっしゃらない」
今でこそ、家の中のことは全てムウに任せて一切口出ししないシオンだが、実のところムウよりも何でも上手くこなす。
年齢や経験を考えるとそれも仕方のない話だ。何せムウは、シオンの1/12しか生きていない。
ムウが唯一シオンに勝っているのは、菓子作りの腕くらいなものだ。
……シオンは甘いものが苦手なので、単に菓子を作らないだけなのだが。
「確かにジャミールでの修業時代は、シオン様が洗濯をなさったり、料理をなさったりしたこともありましたが……」
あの頃は、ジャミールで二人暮らしだった。
シオンは一日に何時間か聖域に出向くが、それ以外の時間はジャミールでムウの指導に当たっていた。
ムウがシオンに引き取られたばかりの頃は、シオンが家事をこなした。
当時のムウは、シオンが聖域の教皇ということを知らなかったので、シオンが洗濯や賄いをするのを何の疑問も持たずに眺めていた。
ある程度の年齢になった頃、
「シオンさま、わたしがやります」
と、見よう見真似で洗濯や掃除をしてみた。
今考えるととてつもなく稚拙な仕上がりだったが、シオンは手放しで誉めてくれた。
「ようできておるぞ。もう私がせぬでもよいな?」
聖衣を修復した時でさえ、そんな風には誉めてくれなかった。
だからムウも嬉しくなって、
「はい、これからは自分でやります!」
と、反射的に言ってしまった。
それから15年以上。ムウは家事の腕に磨きをかけ続けている。
でも、シオンには敵わない。経験値が違う。
「さて、と」
洗濯を終えたシオンは、居間のソファに腰掛けると新聞を読み始めた。
シオンが洗濯を干している間に、貴鬼が買ってきたのだ。
その貴鬼は現在、アルデバランのところにお遣いに出ている。
昨日アルデバランが白羊宮に財布を置いていってしまったので、それを届けに行ったのだ。
よって今の白羊宮には、ムウとシオンしかいない。
……変な気分だと、またムウは思う。
これまで、シオンと二人になることは多々あった。
貴鬼はよく色んなところに遊びに行くので、夕食をシオンと二人きりで食べることもよくあるのだ。
けれども、今日は。
何だか妙な気分だ。
ペラリペラリと、シオンが新聞をめくる音が居間に響く。
ムウはそれを聞きながら、ぼんやりとテレビを見ていた。
別に、面白い番組をやっているわけではない。
今画面では、昔のドラマの再放送が流れている。
どうやらムウが子供の頃に放送していたドラマらしいが、当時はジャミールで過ごしていたため全く知らない。
「ミロが好きそうですよねぇ」
黄金聖闘士で最も『一般の二十歳に近い男』の名を出すと、シオンの頬が緩んだ。
「やも知れぬな。彼奴は暇されあれば、映像作品を見ておるような気がするが」
「カミュも言っていましたね。あの人、シベリアに何枚もDVDを持ち込むそうです」
「あの地はミロでは娯楽が少なかろう」
そう答えながら、シオンは喉の奥で笑っている。
あの部下の性格を教皇は把握しているらしい。
「まぁ、カミュもミロも、正反対の性格のように見えるが、根は似ておるからな。付き合い易いのかもしれぬな」
「カミュが聞いたら、卒倒しそうですね」
「だが、それほど的から外れておらぬと思わぬか?」
「それは、ええ」
ムウも笑う。
師とのこんな会話は、修業時代を思い出させる。
昔も、こんな風にシオンと色々と話した。
皆は怖いと言うシオンだが、ムウの話は目を細めて聞いてくれた。
人と話すことは楽しいと、人と接することは楽しいと、人と過ごすことは楽しいと、ムウに教えてくれたのはシオンだった。
……あの日が来るまでは。
「………………!」
ムウは急に気分が悪くなった様子で、ソファの上にバタンと横になる。
「ムウ?」
新聞から目を上げ、訝しそうに弟子の名を呼ぶシオン。
その視線の先で、ムウは青白い顔をしてカタカタ震えていた。
寒そうに体を丸め、小刻みに息を吐いている。
「ムウ……」
そっとムウの手首をとるシオン。だがその感触に、思わずギョッとした。
冷たいのである。冷えているのである。
まるでカミュのフリージングコフィンから抜け出したような、そんな冷たさである。
今の今まで、この暖かい居間に居たというのに。
この急激な体温の落ちは何だ。
『もしや……』
ムウは思い出してしまったのかもしれない。独りジャミールで過ごした、凍えるような毎日を。
身も心も凍らせなければ、生きていけぬような日々を。
何故なら、今日は……。
『やはり休みを取って正解であったな』
昨夜の弟子の様子から、こうなることはある程度予想していた。
だが、あまりよい気持ちはしない。
「ムウよ、ムウ……」
肩を揺り動かし、弟子の反応を見る。
だがムウは、カタカタと震え続けるだけである。声が届いている様子は全くない。
「仕方のない奴よ」
肺から深く息を吐き出したシオンは、弟子の体をひょいと担ぐと寝室に運ぶ。
そしてベッドの中に潜らせると、肩まで布団をかけてやった。
それでもムウの震えは止まらないし、体の冷えも改善しない。
「……今湯湯婆を用意する故、しばし待て」
そう耳元に吹き込んでやったが、聞こえているのかどうか。
数分後、湯たんぽを準備したシオンが寝室に戻ると、凍えたように体を震わせながらもムウは眠っていた。
布団の中に湯たんぽを入れた後、ムウの頬に手を当てる。
寝具のおかげか、先程よりは体温が戻っているようには思う。
「心配させおってからに」
ほんの少し安心したのか、シオンは僅かに表情を緩ませた。
そして、毛布の中からこぼれているムウの左手をとると、両手でギュッと握ってやる。
握ってやると、シオンの触れた箇所から体温が戻っていくように思えた。
ムウの寝顔も、平生のものに近付いていく。
穏やかで、静かな眠り。
眠る愛弟子に、シオンは小声で語りかける。その声には、深い深い情愛が込められていた。
「私が至らぬせいで、辛い思いをさせたな、ムウ。だが……立派な牡羊座の聖闘士に育ってくれたな。私はお前を、心から誇りに思っておるよ」
師の言葉が届いたのだろうか。
閉じられたムウの瞼から、涙が一筋こぼれた。
作品名:Obit 作家名:あまみ