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Poisson d'or

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すると、聖闘士随一の美貌を謳われる魚座の聖闘士は、困ったように顔を顰める。
「私はいたって普通のつもりなのだけどね。外見がこれだから、少しか細く見られてしまうのかな?」
「そうかもしれません」
ムウは素直に頷く。例えば、だ。もしアフロディーテが今の性格のままアイオリアの外見だったら、今ほどは人々の印象には残らないような気もする。
あの美しさで、この性格。
だからこそ、このアフロディーテなのかも知れない。
アフロディーテは空になったティーカップを丁寧にソーサーの上に置きながら、歯切れのいい彼特有の口調で告げる。
「私は先代の魚座のことはよく知らないけれど、先代は幸せ者だと思うよ」
「何故ですか?」
「孤独に生きたといっても、その孤独を悲しんでくれた人が居て、今でも思ってくれる人が居る。それは十分幸せなことなのではないかな」
断定するような物言いだ。
元々アフロディーテは、物言いはハッキリしているし、考え方も女々しいところはあまりない。
ムウは刹那驚いたように目を見開いた後、柔らかく、ふんわりと柔らかく笑った。
「魚座の聖衣を引き継いだ貴方がそうおっしゃるのでは、先代はきっと幸せなのでしょうね」
「私はそう思うと言っただけさ。先代がどうだったかは、冥界に赴いて先代に尋ねないと分からないけどね」
軽く肩を竦めるアフロディーテ。その仕草もいちいち華麗で優雅。
社交界に出席した際は他の紳士淑女の注目を集めていると沙織が笑いながら話していたが、それも分かる気はする。
さてと、と左手首の時計で時間を確認したアフロディーテはご馳走さまと一言告げ、椅子から立ち上がった。
「時間が時間なので、私はそろそろお暇するよ。美味しかったよ、ムウ」
「お粗末様でした。またいらして下さいね」
玄関で同僚を見送るムウ。
アフロディーテはまたねと軽く手を振ると、花霞の中へ消えていった。

翌日、早朝。
スターヒルでの星の観測を終え、教皇の間に書面を残してきたシオンは、双魚宮を通過する際にアフロディーテに呼び止められた。
「ふむ」
意外そうに眉を上げるシオン。
アフロディーテは若干低血圧の気があり、この時間に起き出していることがほとんどない。
(朝帰りならば、この時間に起きていることもあるが)
「どうした、アフロディーテよ」
「呼び止めてしまい、申し訳ございません。教皇」
アフロディーテはパジャマ姿ではなく、魚座の黄金聖衣姿だった。
……太腿の部分から薄いブルーグレーのストライプ柄がのぞいていたので、パジャマの上から聖衣をまとっただけだろうが。
「どうした、アフロディーテよ。斯様な早朝から」
「教皇にどうしてもお伝えしたいことがございまして」
跪き、恭しく頭を垂れる魚座の聖闘士。
蒼金の髪が肩にかかる様が、たまらなく艶かしい。
シオンはその様を無感動に眺めた後、一言。
「申してみよ」
「は」
顔を上げたアフロディーテは、まっすぐにシオンの瞳を見つめる。
アフロディーテを見つめ返すシオン。
その脳裏には、かつての同僚の姿が浮かんでいた。
アフロディーテに、猛毒の血を持つ先代の魚座の姿を重ね合わせてみるが。
『やはりアフロディーテとアルバフィカは違うな』
美しい魚座の聖闘士という共通点はあるが、重ね合わせるとあれこれ相違点が見える。
けれども。
「教皇、私は今、充分に幸せですよ」
怜悧ないつもの印象が解されるような、そんな柔らかく優しい笑顔。
グラード財団の仕事で社交界に出る時に見せる愛想笑いでも、敵と対峙している見せる自信たっぷりな笑いでもない。
心の底からの、真の気持ちがこもった笑顔。
「!」
その笑みを目の当たりにしたシオンは、驚きのあまり思わず息を飲んだ。
アフロディーテの綺麗な顔など見慣れているので、笑顔の美しさに驚いた訳ではない。
アフロディーテが幸せだと告げた瞬間、アルバフィカのイメージが今の魚座とピッタリ重なったのである。
『ああ、そうか』
得心するシオン。
これは、魚座の聖衣が見せたビジョン。
アルバフィカもアフロディーテと同じように幸せだったと、魚座の聖衣がシオンに語りかけてきたのだ。
『私は幸福だったよ、シオン』
240年も昔に死別した仲間の声が、耳元ではっきりと聞こえる。
「そうか幸せだったか……」
どこか遠くを見ているようなシオンの返事にアフロディーテは訝しさを感じたが、その感情は表面には出さず、ただ教皇を見つめ、
「どうかされましたか?」
教皇はハッと我に帰る。そして、どこか夢から覚めたような表情でアフロディーテを眺める。
「あ、ああ……」
今教皇は、何か別のことを考えておられたな。
無駄に察しのいいアフロディーテの推測は、見事に当たっていた。
シオンは頭を切り替えると、やや顔つきを和らげアフロディーテに告げる。
「お前は幸せか。ならば重畳」
シオンは法衣の裾を捌き、お前も少し寝直せと命じると、白羊宮へ再び歩き出す。
「ありがたきお言葉」
すっと立ち上がるアフロディーテ。その様も一連の絵画のような趣があって、実に優美だ。
カツンカツンと石畳を鳴らし部屋に戻るアフロディーテに、シオンはフッと足を止め背中を向けたまま、
「アフロディーテよ」
「は」
「私はお前が幸せならば、幸甚よ」
アフロディーテの言葉を待たず、そのまま双魚宮を後にするシオン。
魚座の聖闘士は何度も目を瞬きさせていたが、緊張が解けたのか肩と背の筋肉を緩ませると、聖衣を外した。
中は案の定、パジャマだった。
「先代のことがあったが故に、私に目を掛けてくれているとは分かっているけれど……」
コキコキッと首を鳴らす。
「ああストレートに言われると、悪い気はしないな」
珊瑚色の唇に浮かぶ笑み。
あの教皇シオンというお人は本当はとてもエモーショナルな人なのだと、アフロディーテは改めて知ったのだ。
作品名:Poisson d'or 作家名:あまみ