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彼方から 第二部 第七話

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 彼方から 第二部 第七話

 何だか、とても不思議な思いがして、ノリコはじっと、隣に座る彼の横顔を見詰めていた。
 彼女の視線に気づき、横目で見やるイザーク。
 ノリコは赤くなってしまうのを見られたくなくて、サッと、顔を背けていた。

 ――イザークがまた、あたしの隣にいる……
 
 それが、信じられなかった。

 ――おばさんと、平和な暮らしを始めるはずだったのに
 ――大変なことになっちゃって……
 ――でも、その結果、彼はまたあたしの元に戻ってきてくれた……
 
 ――変なの、あたし
 ――今度の事件、すごく辛かったのに
 ――なんだか、感謝したい気持ちになってる

 ガーヤの元に預けられてからの数日。
 その数日はノリコにとって、目眩く日々だった。
 バーナダムの、左大公一家の来訪。
 軍の兵士の襲撃、たった一人、残されたこと。
 イザークの後を追おうとして、街の外れまで行って、素行の悪い若者たちに追い駆けられたこと。
 そこで、アゴルに助けられたこと……
 再び、ガーヤと再会できて……それから――

 とにかく、内容の濃い日々だったと、ノリコは思う。
 けれども、そんな中でイザークとテレパシーで繋がることが出来て、更には、こうして隣にいることが出来る。
 たとえどんなに辛い出来事があったとしても、こうして彼と居られるのならば、ノリコは、何も辛いことなんか無いと、そう思えた。

 ――やだ、あたしったら
 ――何を呑気なこと考えているんだろ
 ――まだ、終わったわけじゃないのに
 ――今、森の中に閉じ込められて、どうしようかという時で……

 そう、状況が良くなっている訳ではない。
 白霧の森に巣食う化物が張った結界の中に閉じ込められ、森から出られなくなっている上に、恐らく、その化物の仕業と思える激しい雨に見舞われ、身動き一つ取れなくなっている。
 それはノリコも良く分かっている。
 それでも、隣にイザークがいることが、再び会うことが出来たそのことが、嬉しくてならない。
 嬉しさを感じる方に意識が行ってしまうのは、『女の子』なら、普通のことなのかもしれない。

 静かだった――
 その静けさに、イザーク、バーナダム、アゴル、エイジュの四人が気付き、意識を向けた。
 次いで……
「雨の音が止んだ……」
 ガーヤとバラゴが気付く。

 ――……ッ!!
 ――っ!!

 イザークとエイジュが、何かの気配を感知した。
「何かが来る!!」
 剣の柄を掴み、イザークが身構える。
 その声にエイジュが、アゴルの方を見ていた。
「危ないっ!!」
 そう叫ぶと同時に、彼女はアゴルとジーナを抱え、倒れこむように飛び退いてゆく。

 ――バァン!!

 激しい音を立て、窓が破られる。
 アゴルとジーナが居た、その後ろの窓を破り、長く太い、黒い縄のように見える何かが、破った勢いそのままに、家の中へと侵入してきた。
「ノリコッ!!」
 それは真っすぐに、他の者には目もくれず、ノリコを襲わんとしていた。
 咄嗟に、イザークはノリコを抱きかかえ飛び退き、縄のような化物の襲撃から彼女の身を護っていた。
 人の体ほどの太さのある化物は、そのまま壁へと激突し、家全体を激しく震わせている。

「何だっ!! こりゃああっ!!」
 思わずバラゴが叫んだ。
 他の面々も、驚きに一瞬動きが止まるも、直ぐに剣を抜き、身構え始める。
「イザークッ! ノリコッ!」
 エイジュもすぐにアゴル親子から離れ立ち上がると、二人の名を呼ぶ。
「大丈夫だっ!」
 イザークの返事にホッとしつつ、彼女も身をくねらせるように蠢く化物を前に、剣を抜いた。
「済まない……助かった」
 アゴルも、ジーナを護り抱きかかえ、立ち上がる。
「お礼なら、無事助かってからにしてくれる?」
「……確かに」
 エイジュは、護るかのように二人を背にして立ち、化物を睨みつけた。
「こいつだっ!! 噂の化物は……っ!!」
 ガーヤの叫びに反応するかのように化物は身をくねらせ、細く枝分かれさせた触手のような体の一部を、二人へ――イザークとノリコへと向けた。
「――っ!!」
 それに気づき見据えるイザーク。
「こいつっ!!」
 すかさず剣を抜くと、
「ノリコだけを狙っているっ!!」
 振り抜き様に向かってくる触手を切り払った。
 イザークの言葉に、ノリコ以下面々がハッとなる。
 彼は剣を鳴らし持ち直すと、更に太い化物の体を、一刀のもと、両断していた。

 “ 手強イ ”
    
             “ 手強イ ”

    “ 手強イ ”

 ざわざわと、その体を作り上げている一本一本を震わせながら、化物がイザークから離れてゆく。
 だが……

「きゃああっ!!」
 ノリコの悲鳴が上がった。
 自身の背後で護っていたはずの彼女の悲鳴に、イザークは顔を強張らせ、振り向いていた。
 その瞳に映ったのは、手足に細い化物の長い触手が巻き付き、身動き取れない状態にされ、外へと連れ出されようとしているノリコの姿だった。

 ――いつの間に、扉からっ!?

 化物の張る結界の中……その動きを、気配を探るのは一筋縄ではいかないのかもしれない。
 幾億本もの細い毛のような長い物体が寄り集まり、化物はその体を作り上げている。
 移動するにも動き回るにも、音もなく忍び寄る事が可能なのだろう。
 彼らが避難していた家屋の、壊れた扉から、化物は触手を忍ばせていたのだ。
「ノリコッ!」
「ノリコッ」
 バーナダムやガーヤ、エイジュがそれぞれ声を上げる。
 彼女を化物の触手から救うべく、駆け寄る。
 イザークも後を追う。
 その背後から、両断された化物の太い体が細く枝分かれし、巻き付いてきた。
「うっ!」
 動きを封じられる。
「イザークッ!」
 エイジュがそれに気づき、イザークの下へ取って返してくる。
「こいつっ!」
 彼のすぐ傍に居たバラゴが、イザークを捉えている化物の触手の大元を、窓から覗いている部分に剣を振り下ろした。

 ――ザンッ

 だが、バラゴが振り下ろした剣は、化物の太い体の半分ほどまでしか、寸断することが出来なかった。

 ――うっ、固えっ!
 ――こんなものを、一刀両断したのか!? あいつ!

 ナーダの近衛の中でも、その力は上の方だったはず……
 それでも、自分よりも細身のイザークの半分にしかならない事実に、驚愕する。
「イザーク!」
 ガーヤも戻ってきて、彼に絡みつく化物の触手を取り去ろうとする。
「バラゴ! 剣をそのままにしておいてっ!」
 エイジュはそう叫ぶと、バラゴの剣に足を乗せ、一気に踏みつけた。
 その勢いで、太い化物の体が両断される。
「大丈夫だ! 下がってくれっ」
 それでもまだ巻き付いたままの化物の触手に、イザークはガーヤにそう言うと、
「く……!」
 奥歯を噛み締め、
「かあっ!!」
 気を放ち、一気に触手を粉砕した。


「きゃあああっ!」
 ノリコの悲鳴が響き渡っている。
「イザーク!」
 家から飛び出るようにして姿を現した彼に、バーナダムが声を掛ける。
「手が……届かない……っ!!」
 どうすれば良いか――と。