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木吉ケリー
木吉ケリー
novelistID. 47276
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≪1話≫グリム・アベンジャーズ エイジ・オブ・イソップ

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第1話 アリとキリギリス

 ある森に1人の若い狩人が住んでいました。彼は不思議なことに、一万(10k)と名乗っていました。生涯で一万頭の獲物を狩ってみせると豪語し、それで自分に一万というあだ名をつけたのです。本当の名前を知っている人は誰もいません。
 一万には家族がいませんでした。幼い頃に父を亡くし、数年前に母親も病気で亡くし、それからずっと1人で暮らしています。人に会うのは狩猟で獲れた肉や毛皮を町まで売りに行く時くらいで、折角考えた一万というあだ名も、馴染みの店の主人が覚えてくれているだけでした。
 一万は寂しくなると、バイオリンを弾いて自分を慰めました。バイオリンは父の形見で、弾き方は母が教えてくれました。今では町の通りや酒場で弾くと、いい小遣い稼ぎになるくらいの腕前に上達しています。ですが一番バイオリンを聞かせてあげたい相手はもう天国に旅立っており、どれだけバイオリンを弾いても一万の寂しさが消えることはありませんでした。
 ある夏の晴れた日、一万は町で品物を売って帰る途中、綺麗な川のほとりに腰を下ろして疲れた足を休めていました。今日は品物が良く売れて、いつになく上機嫌です。疲れてしまったのも、硬貨が入った腰の袋がずっしり重かったせいかもしれません。心地よい川のせせらぎと、ひんやりと澄んだ微風が労ってくれているようで、一万は何だか嬉しくなってバイオリンを弾き始めました。
 歩き疲れたせいか瞼を閉じて少しうとうとしてきましたが、手だけは淀みなく動き美しい音色を響かせ続けます。まるで自分で自分に子守唄を弾いてあげるみたいに、一万はふわふわと夢見心地でバイオリンを奏でました。
 一曲終えて目を開くと、突然大勢の拍手が聞こえてびっくりしました。気がつくと十人ばかりの少年少女が一万を囲んで座り、いつの間にか演奏を聴いていたのでした。
「お兄さん、上手だね!」
 顔の土を洗い落とすのも忘れ、小さな男の子がキラキラと目を輝かせて笑いました。見回すと皆同じように顔や服を土で黒く汚しています。一万の家がある森の近くの、大きな農場で働いている子どもたちだと思い当たりました。きっと昼食の前に川に野良仕事の汚れを落としに来たところで、バイオリンを物珍しく思って集まってきたのでしょう。
 一番年上に見える娘が、一万に微笑みかけて言いました。
「お邪魔してごめんなさい。私たち、この先の農場で働いている者です。音楽なんて初めて聴いたから、とっても感動してしまって」
「そんな、大したことないよ」
 一万は娘の顔を見ることができず、どぎまぎして答えました。仕事以外で人と話すのは何年振りだったでしょう。明らかに自分より年下の相手ですが、野良仕事をさせるにはもったいないくらい可愛らしい娘で、余計に一万を尻込みさせました。お洒落に着飾った娘なら町で何度も見かけましたが、女性と話していてこんな風に胸が高鳴ったのは初めてです。まるでカボチャ畑に一房だけ宝石が実ったようだと、一万はおかしな空想をしてしまいました。
 腕のいい狩人として発情した鹿の匂いを辿ることさえできる一万ですが、人間の女性との恋の駆け引きに関しては素人もいいところでした。娘がはにかみながら熱い視線を送ってくるのに少しも気づく余裕がありません。娘が川で顔を洗ってくれば、土の汚れが赤らんだ頬を隠していたことが分かるはずです。
 子どもたちが無遠慮にバイオリンに手を伸ばしてきたので、一万は立ち上がってバイオリンを高く掲げました。大事な形見のバイオリンに傷でもつけられては大変です。それに気づいた娘が子どもたちを叱ります。
「こら、勝手に触ってはダメよ」
「お兄ちゃん、もっと弾いて聴かせてよ!」
 子どもたちは物乞いする浮浪児のような勢いで一万に群がり、口々にバイオリンを弾いてくれるようせがみました。まだ洗っていない手で服を掴まれたので土がついてしまいましたが、子どもたちがあんまり熱心にお願いするものですから悪い気はしませんでした。町でバイオリンを弾いていても黙って投げ銭が飛んでくるだけで、心からの賛辞や喝采を浴びることはほとんどなかったからです。
「こら!お兄さんの服を汚してしまったじゃない!早く手を洗ってらっしゃい!」
 娘が怒ってみせると、子どもたちはキャーキャー言いながら川に走っていきました。
「本当にごめんなさい」
「いや、気にしないで」
 娘が一万に寄り添い、服の汚れを自分のスカートの裾で拭いてくれます。農民なんて土の匂いしかしないはずなのに、娘の髪からほんのりと花のように甘い香りが漂い、一万は服を汚した子どもたちに感謝したい気持ちになりました。馬の尻尾のように髪を結いあげた娘のうなじにも、どきっとしてしまいます。
「それより音楽を初めて聴いたって本当?」
 緊張しているのを誤魔化そうと、一万は自分から娘に話しかけました。農民といえば収穫祭や雪解けの祭りなど、年がら年中歌って踊って大騒ぎしているものだと思っていました。孤独な狩人は祭りとは無縁でしたが、祭りの時期に町に行くといつもより品物がよく売れるので、商売柄どんな祭りがあるかくらいは何となく覚えていました。
「農場のお祭りなんかで、歌ったり笛を吹いたりするだろ?」
「うちの農場は厳しくて、そんな暇があったらいつもどおり働けってうるさいんです。だからこの子たちったら、バイオリンの音を聞いて、変な鳥の鳴き声がするって言ってここまで走ってきたんですよ」
 娘は照れ笑いを浮かべましたが、バイオリンの音色を鳥の鳴き声と思い込むなんて、一万は可笑しさよりも哀れみを感じていました。近くに農場があることは知っていましたが、まさか年に数回のお祭りさえ許さず、こんな小さな子どもたちまで休みなく働かせ続けていたなんて、何と惨い農場主なんだと怒りがこみ上げてきます。もちろんそれは、この愛らしい娘が虐げられていることに対する怒りでした。
「私はアントニアといいます。よかったらお名前を教えてもらえませんか?」
「一万だ」
「一万?」
 娘が首を傾げます。手を洗って駆け戻ってきた子どもたちも、ぽかんと口を開けていました。
「自分で考えたあだ名だ。死ぬまでに一万頭の獲物を獲るのが目標だから。小鳥とかウサギとか小さいのも含めてだけど」
「まあ、覚えやすくて面白い名前ですね。それで今はどのくらい?」
「15歳で狩人になって、今年で5年目で916頭」
 子どもたちがオオーっと驚きの声を上げます。今年中には1000頭に達するつもりでした。
「凄い、順調ですね。毎月20頭ずつ狩れば、大体40年で目標達成できますから」
 アントニアがすぐに計算できたのが意外で、一万は内心舌を巻きました。一万は母から読み書き計算を習っていたので、町の商人と対等に取引ができるくらいの教養は身につけていました。ですが町で見かける農民が、看板の字が読めず人に聞いても嘘を教えられたり、指の本数以上の計算ができず安く買い叩かれているのに気づかなかったり、町の人たちから馬鹿にされて理不尽な目に遭っているのを何度も見たことがあります。