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木吉ケリー
木吉ケリー
novelistID. 47276
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≪1話≫グリム・アベンジャーズ エイジ・オブ・イソップ

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「君って頭がいいんだね。よく町で余所の農民を見かけるけど、そんなにスラスラ計算ができる人は見たことが無いよ」
「父が勉強熱心で、畑のことだけじゃなくて色々な勉強をさせようとするんです。世の中には法律で決まった以上の税金を取られても気づかない農民がいるから、自分たちを守るには知恵が必要だって。その分、生きていくのに必要じゃない音楽とかお祭りとかには理解が無くて、全然触れさせてもらえないんです」
 子どもたちもそうだそうだと抗議の声を上げます。一日中畑仕事をしてくたくたになって、その上勉強までさせられてはたまらないだろうと一万は同情しました。辛い時、苦しい時にこそ音楽があれば、また頑張ろうという気持ちが奮い立つものです。一万も形見のバイオリンが無ければ、今頃どんな荒んだ暮らしを送っていたか想像もできません。
 1人で自由に生きているように見える一万を羨んだのか、アントニアは諦めたような溜息を漏らしました。
「どうせ勉強するなら、私も貴方みたいに音楽を習ってみたかった。毎日頑張ってくれてるこの子たちに、子守唄も歌ってあげられないのが悲しくて」
「だったら俺が教えてあげるよ」
 思わず口を突いて出た言葉に、一万自身がとても驚きました。まさか自分の口から女性を誘うような言葉が出てくるなんて、ウサギの巣穴から熊が飛び出してきたような衝撃です。もちろん下心など無く、純粋にアントニアたちの抑圧された日々を哀れに思ってのことでした。形見のバイオリンが自分だけでなく、アントニアたちの人生にも光を与えることができれば、それはとても素敵なことだろうと思えたのです。
「毎週大体この時間に、この川で一休みしてるから、よかったら会いに来て」
「本当にいいんですか?ありがとう!」
 子どもたちの目が無ければ、娘は一万に抱き着いていたかもしれません。そのくらい大喜びしてくれたので、一万もとても嬉しくなりました。あまり遅くなると怒られるからといって、娘たちは小走りに農場に帰っていきました。
 娘たちの姿が見えなくなってから、一万は喜びのあまり両手を突き上げました。今日は何て素敵な一日でしょう。数年振りに商売以外で誰かとお喋りができました。それもアントニアのような美しい娘と知り合いになれたなんて。
 一万は父と母を失ってから初めて、心が芯まで温かくなったのを感じました。もう今日の売り上げのことなんかすっかり忘れて、陽気に歌ってぴょんぴょん跳ねながら家まで帰っていきます。普段は狩人を見るとすぐに逃げてしまう小鳥たちも、木の枝に止まってピィピィ歌いながら祝福してくれます。今の一万なら恐ろしい熊に出くわしても、満面の笑みでダンスに誘ったことでしょう。
 一万は家に帰るとすぐに裏手にある両親の墓の前に行き、今日の出会いに感謝してバイオリンを弾きました。お父さんとお母さん以外にも、やっとバイオリンを弾いてあげたい人ができた。それは一万頭の獲物を獲ることよりも、本当に両親に伝えたいと思っていたことでした。
 それからというもの、一万は町から帰る途中でアントニアたちにバイオリンを弾くのが何よりも楽しみになりました。手取り足取りバイオリンの弾き方を教えてあげたり、勉強にも役立つ数え歌や子守唄を教えてあげたり、夢のような時間を過ごしたのです。一万はもう一人ぼっちの孤独な狩人ではありませんでした。
 もちろん本業の狩りも怠りません。何故なら記念すべき1000頭に達したら、一万頭には早いですが正式にアントニアに結婚を申し込もうと思っていたからです。アントニアと一緒に農場に住まわせてもらい、もっと大勢の人にバイオリンを弾いてあげられたらどんなに素敵な毎日でしょう。畑仕事だって手伝います。それに狩人の自分がいれば、鹿や猪が畑を荒らすのも防いであげることができます。
 アントニアも結婚とは口にしませんが、一万が農場で一緒に暮らせればいいのにと何度も誘ってくれました。唯一の心配はお祭りや音楽を頭から否定している頑固な農場主です。アントニアたちのことをまるで奴隷のように扱い、娘たちの結婚の相手も農場主が勝手に決めてしまうというのです。余所者な上にバイオリンが得意な一万を、そう簡単に受け入れてくれるとはとても考えられませんでした。
 ですが一万もアントニアも、一緒に農場で暮らすことが皆にとっても絶対に良いことだと確信しているのは同じでした。一万の音楽と狩人の技があれば、肉や毛皮が獲れるだけでなく皆の心ももっと豊かに暮らしていけるはずです。アントニアは一万のことを少しずつ農場主に話し、少しでも好意を持ってもらえるように努力してみると言ってくれました。
 そしてその年の冬の初め、ついに一万は念願の1000頭目を獲ることに成功しました。冬が深まって獲物が少なくなる前に達成できて一安心です。今日こそはアントニアに結婚を申し込もうと、この日のために作っておいた美しい羽根飾りの帽子を被ってお洒落をし、一万はいつもの川に向かいました。
 いつもは早くアントニアが来ないかと待ち切れない思いでそわそわしていましたが、この日ばかりは獲物を待ち伏せするような緊張感で息もできません。初めて狩りに出た時でもこんなに取り乱したことはなかったはずです。
 一万は最後にもう一度練習しようと、うっとりするような愛の曲を奏で始めました。今日は特別な曲を弾いてあげるといって演奏し、最後に結婚を申し込んで驚かせるという作戦です。よくバイオリンを弾きに行く酒場のマスターに教えてもらった必勝法でした。
 演奏に集中してようやく気持ちが落ち着いた頃、遠くから足音が聞こえてきたのに気づきました。自然と顔が綻びそっちを見ましたが、向こうから歩いてくるのはアントニアではなく髭面の中年男でした。
 遠くからでも分かるがっしりした肩にクワを担ぎ、恐ろしい形相で一万を睨みつけながら真っ直ぐ向かってきます。まるで熊が牙を剥いて迫ってくるような殺気を感じて、一万は演奏を止めて立ち上がりました。今日は求婚に来たので弓矢も鉈も持ってきていません。丸腰でいるのが途端に心細くなるくらい、男から向けられる敵意は恐ろしいものでした。
 男は一万の目の前で立ち止まると、頭の天辺からつま先までじろじろと値踏みするように睨んでから口を開きました。
「お前か、一万とかいうヘンテコな名前の狩人は」
「そうだ。あんたは?」
「俺はアントニアの親父で、あの農場の主のアントンってんだ」
 一万は耳を疑いました。頑固な農場主がアントニアの父親だったなんて聞いていません。ですがこれでアントニアに驚くほど教養があったことや、農場主のことを異常なほど恐れて嫌っていたことに納得がいきました。
「最近昼休みの帰りが遅いし、夜中に知らないはずの子守唄を歌ったりしていておかしいと思ったんだ。話は全部聞いたぞ。お前が娘をたぶらかしたせいで、子どもたちがすっかり仕事に身が入らなくなっちまったんだ!もう二度と娘に会うんじゃないぞ!」
「たぶらかしただって?アントニアたちを奴隷扱いしているあんたが偉そうにするな!」