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バー・セロニアスへようこそ 後編

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午後9時10分


「何故に俺が、ミロとこの店に来なくてはならんのだ」
奥まった席の一角。リクエストを終えたシュラが煙草に火をつけつつぼやく。
その右隣に座っていた水瓶座のカミュはその煙を凍気でガードしながら、
「少しは煙草を控えたらどうだ?体に毒だぞ」
するとシュラは苦虫を一ダースほど噛み潰したような表情で、
「こんな雰囲気のいい店でミロと飲んでいる方が体に毒だ。何故俺を巻き込む。カミュ一人で十分だろうが」
煙草の灰を苛立った様子で灰皿に落とす。吸い慣れているのだろう。手付きでわかる。
カミュとシュラの顔は、ファラオも知っている。
聖戦の際、自らの兵を失うことを畏れたハーデスが死の眠りにあった聖闘士を蘇生させ、聖域に派遣した。
その蘇生した黄金聖闘士の中に、あの二人もいたような。
「……もう一人は……」
断言はできないが、確か蠍座の黄金聖闘士のミロではなかろうか。
蟹座と魚座がスライドを用いて説明した際、あまり重要視していなかったような記憶がある。
『こいつの必殺技、15発撃たねぇと役に立たねぇから』
蟹座の男がそう評していたが、敵が聞いてもその言い草はひどいとファラオは思う。
『黄金聖闘士……聖闘士の幹部クラスが共に食事をしたり、酒を酌み交わしたりするとはな……』
冥闘士のファラオには、それはかなり新鮮な光景に映った。
冥界では三巨頭が集まって共に飲み食いをするなど、皆無に近い。
『……まぁ、あのお三方は横から見ていても気持ちいいくらいに仲が悪いからな。そこは仕方ないか』
冥闘士同士はそこそこ仲良くやっているのだ。現にルネは、よくファラオの家に遊びにきている。
(単に担当地域が近いだけの話かもしれないが)
だが幹部は見ているこちらがヒヤヒヤするほど仲が悪い。アイアコスは他の二人に対する対抗心が強く、ミーノスは他の二人を思い切り見下している。
で、残る一名のラダマンティスはというと、もう構ってやるのも疲れるので自分の仕事にのみ精を出すといったところだろうか。
3人の黄金聖闘士はそれぞれにアルコールのオーダーを出す。
山羊座がマティーニ、水瓶座がミモザ、蠍座がスカーレット・オハラである。
「お前、それ名前で選んだだろう」
揶揄するようにシュラが言う。
ミロは少々気分を害したような目つきで、
「俺がこれを頼むと都合が悪いのか?」
「いや?」
シュラの口元にはニヤニヤ笑い。煙草の灰をトントンと灰皿に落とすと、
「何を飲んでいいかわからないから、とりあえず名前で選んでみましたって感じだと思ってな」
「………………」
反論出来ずに、シュラを睨みつけるだけのミロ。どうやら同僚の指摘は正しかったようだ。
その二人のやり取りをメニュー表を読みながら聞いていたカミュは、クールを具現化したような口調で告げた。
「素人を嘲る玄人程、情けないものはないと思わないか、シュラよ。素人など、何もわからなくて当然なのだからな」
「………………」
今度はシュラが言い返せなくなる番であった。ばつが悪そうに吸いかけの煙草を口に運ぶ。
関わるとろくなことにならないと察したファラオは、リクエストを引き終えた後、顔を伏せて黙々とギターに専念した。
ウェス・モンゴメリーばりのオクターブ奏法を駆使し、ビートルズの『エリナ・リグビー』を奏で始める。
最初は皆微妙な顔をして聞いていたが歌メロになった途端、店内からため息に近い声が出るのがおかしかった。
あの黄金聖闘士三人組も例外ではない。
ファラオの指先から生まれるビートルズに、一瞬息を飲む。
「ほぉ」
カミュが物珍しそうに、ギターの音色に耳を傾ける。
ファラオもハーデスに愛された琴の腕の持ち主なのだ。
オルフェの陰に隠れてはいるものも、ファラオも素晴らしいミュージシャンなのである。
「ほぉ……今夜のBGMはなかなかいいな」
紫煙を燻らせながら、そうつぶやくシュラ。
しかし彼は今夜のギタリストの顔を見て、三白眼気味の目を見開いた。
「あいつは……」
確かパンドラの傍にいた、ハーデス配下の冥闘士ではなかろうか。
そんな男が聖域近くの飲み屋で何をやっているのだか。
「おい」
シュラはウェイターの一人を呼び止めるとチップを握らせ、今夜そこで演奏しているギタリストについて尋ねた。
「あのアフリカ系っぽいギタリスト、あまり見ない顔だがどうしたんだ?」
するとウェイターは、
「いつもうちで弾いているライラが来られなくなってしまったので、ライラが友達のあの子を紹介したんですよ。なので、本日限りの臨時です」
「ほぉ……」
皮肉っぽく唇をゆがめるシュラ。
ライラがオルフェの源氏名であることはシュラも知っている。
いや、それだけではない。オルフェがこの店でギターを弾いていることもシュラは知っている。