日常ワンカット
金牛宮編
ある日の午後のこと。
シュラがスーツケースを抱えて金牛宮を通過しようとするので、流石のアルデバランもビックリして彼を呼び止めた。
「お、おい!シュラ、何だその荷物は。地球の裏側にでも行くのか?」
大きな体に見合った大きな声での問いかけにシュラは苦笑いすると、
「ちょっと近場に出かけてくるんだよ。3日ほどで帰る」
「だがシュラよ、その荷物は『近場に3日』には見えんぞ」
まるで世界一周旅行に出かけるかのようである。シュラはしばらくスーツケースを眺めていたが、
「なかなかドレスコードのうるさい場所でな。それなりに衣装がいるのだ」
話しつつ、上着の胸ポケットからJPSを取り出そうとしたシュラだったが、金牛宮が禁煙であることを思い出すと黒い箱を引っ込めた。
この十二宮で喫煙可なのは双子宮、巨蟹宮、そして自分の磨羯宮だけであるというのが、辛い。
教皇の間は完全禁煙、アフロディーテは年中社交界に出ているくせに大の煙草嫌いだし、白羊宮で吸ったら、
『子供の健康に悪い!』
と、二人がけのスターダストレボリューションを食らう。
『喫煙者には人権はないのか?』
一度アフロディーテに毒づいたことがあったが、相手はあの忌々しいほど綺麗な顔に冷笑を浮かべて、
『では、嫌いな煙を吸い込まざるをえない我々には、人権はないのかな?』
勿論、右手には白い薔薇である。
反論できるはずなかった。言い返せるはずなかった。
何か言ったら、確実に白薔薇を刺される!
それらのことを0.5秒で思い出したシュラはいつもよりも柔和な笑みを浮かべると、
「稼いだら土産を買ってくる。楽しみにしていてくれ」
「稼いだら?だからお前はどこに行くのだ!」
理解不能と、無骨な顔に色文字で大きく書いてある。
シュラは歩を進めつつ、アルデバランに肩越しに手を振った。
「モナコのグランカジノだよ。そろそろF1観戦の費用を稼いでこないとな!」
「………………」