楽しい羊一家 その2
羊と獅子の類似点
白羊宮。エプロン姿のムウは現在、居間で来客と対峙中であった。
平和な世になってから、日々をエプロン姿で過ごすようになった。
聖衣を纏うのは、特別に稽古に駆り出される時か、教皇の間で何かしらの儀式がある時だけになってしまった。
けれども、それでいいとムウは思う。
今のこの穏やかな日常は、ムウにとっては掛け替えのないものなのだから。
13年間ジャミールで期を窺っていたムウには、師と弟子と3人で暮らすこの毎日は、夢のように幸せな日々なのだから。
「君とアイオリアは、似た境遇なのだな」
その日白羊宮にやって来たシャカは、ムウの淹れたセイロンの香りを楽しみながら、突然そんな事を言った。
シャカが突飛なことを話し出すのに慣れているムウは、料理雑誌のレシピをあれこれ見ながらあまり興味が無いような口調で、
「身内をサガに殺された過去がある、というところですか?」
「左様。尤も、アイオロスを半殺しにしたのはシュラなのだがね。サガの指示故、アイオロスはサガが殺したと言っても間違いは無かろう」
「サガが聞いたら、また自殺してしまいそうな話ですねぇ」
お気に入りのレシピが見つかったのか、ムウは小さい付箋をページの角に貼付けている。白菜のクリーム煮。
シャカはティーカップに口を付けると、
「だが君とアイオリアの決定的に違う点は、君はジャミールに籠り、13年間聖域と接触を断って過ごした。しかしアイオリアは、アイオロス亡き後も聖域に留まり続けたという点だ」
ムウの手が、動きが止まる。だがすぐに、
「そうですね。私の場合、シオン様が最期の力を使って、私に危機を知らせてくれたのですよ。『私はサガに屠られた。次に彼奴が狙うのは、聖域で唯一素顔の私を知っているお前だ』と」
そう、ムウはシオンに育てられたため、老師をのぞく黄金聖闘士の中で最もよくシオンを知っている。
それ故、教皇が入れ替わったことを勘付くであろうムウにも、サガは刺客を放っていたのであった。
「危なかったですよ。後一時間聖域を離れるのが遅ければ、私は死んでいたかもしれませんね」
「君を殺せば、聖衣の修復師が居なくなるのにな」
相変わらずの高慢ちきな口調だ。
ムウはフフフといつもの本心が見えない笑いを口に漉くと、
「シオン様を殺し、アイオロスにも追っ手をかけているのですよ?とにかく、自分の邪魔になりそうな奴は殺せ!といったテンションだったではないのでしょうか?」
「黒サガならあり得るかも知れんな」
シャカは笑う。声を上げて笑う。ひとしきり笑った後、
「君は教皇の素顔を知っていたからジャミールに逃れ、サガは追っ手をかけたが、アイオリアは何も知らない。朝起きたら次期教皇候補の兄が、反逆者になっていた。君にしてもアイオリアにしても、他の黄金聖闘士よりも過酷な状況に追い込まれた」
事実を淡々と語る口調である。
ムウは雑誌のページをめくる。夕食のメニューが決まっていないのだ。
「シャカ、何をおっしゃりたいのですか?」
「似たような境遇であるが、どちらがマシなのだろうと思ってな。どちらもサガの乱の直接的な被害者だからね」
それを聞いたムウの眉が、軽く顰められる。何故なら。
「どちらがマシということがありません。私は師を失い、13年もの間ジャミールで隠遁していました。サガの悪を知りながらも、アテナの成長を待たねばなりませんでしたから。アイオリアは兄を失い、13年間多くの人間から反逆者の弟と陰口を叩かれて生きてきました。その辺りはシャカ、貴方の方がよくご存知でしょう」
シャカは昔から、アイオリアとは良好な人間関係を築いていた。
一目で善悪を見極めるシャカには、アイオリアが悪ではないとわかったからだ。
「ですので、そのどちらにも辛さがあります。どちらがマシということはありません」
ムウはぴしゃっと言い切ると、雑誌をソファの横のマガジンラックに入れて立ち上がった。エプロンをかけ始めたので、
「夕食の支度かね?」
「ええ。今日は野菜多めの酢豚にします。召し上がっていきますか?」
同僚たちは頻繁にここで食事をしていくので、ムウはシャカにそう尋ねたが。
シャカは首を横に振った。
「いや、少々用事があるのでね。君の申し出はありがたいが、今日は遠慮させて頂こう」
「おやめ、珍しいことがあるものですね」
二三度目をパチクリさせたムウは、手土産にと自家製のキャベツの浅漬けを持たせた。
「老師がキャベツを持ってきて下さったので、作ってみました」
「君は本当にマメだな」
若干皮肉のニュアンスが含まれているような、いないような口調で呟いたシャカは、いつの間にやら白羊宮の居間から消えていた。
ムウは別に驚かない。いつものことだからだ。この程度で驚いていたら、黄金聖闘士にはなれない。
作品名:楽しい羊一家 その2 作家名:あまみ