望廬山瀑布
「まさか、あの時の願いが今頃叶うとはのぉ……」
あれから約240年後。
それぞれ細工を施して十八歳の若さを保っているシオンと童虎が、中国・五老峰の大滝の前で酒……と言いたいところだが、実はシオンは下戸なので、酒と茶を楽しんでいた。
「だがシオンよ、下戸なら下戸と、あの時何故言わんかった」
クピクピと酒を飲む童虎に、シオンは苦虫を噛み潰した顔で、
「戦の前に酒を飲もうと誘ってくる奴に対し、『私は下戸だ』と申せるか?」
「おぬしなら、言いそうじゃがの」
「あの時のお前の心境を慮ると、斯様な事は申せぬわ」
シオンは急須に入ったジャスミン茶を、自分のカップの中に注いでいる。
酒を嗜まないシオンのために、春麗がわざわざ用意してくれたのであった。
「茶であっても、また再び……この廬山の大滝の前でお前と杯を交わせるのだから、よいではないか」
カップを片手にシオンはそう言う。
「それも、そうじゃな」
童虎は笑う。子供のように笑う。
「230年の時を経て、あの頃と変わらぬ姿でおぬしとこうしているなど、まるで夢のようじゃよ」
親友の心からの言葉に厳格な教皇で知られるシオンも表情を緩めると、整った口元に薄く笑みをすいた。
「そうだな。また再びお前と共に語り合えるなど、あの頃は想像することすらできんかったわ」
カップから漂うジャスミンの香り。
芳しい香りを楽しむかのように、シオンはそっとそれに顔を寄せる。
あの頃の自分が、240年後に親友とこうして茶を飲んでいると聞いたら、信じられるだろうか?
いや、あの頃の、正真正銘十八歳だった頃の牡羊座のシオンは、聖戦で生き残り、教皇となって、壊滅状態の聖域を建て直すことになろうだなんて、全く考えもしなかった。
まったく、世の中は何が起こるかわからないものだ。
「なぁ、童虎よ」
時折頬に触れる、瀑布の飛沫。冷たい感触が、不思議と心地よい。
「何じゃ、シオン」
「人の生とは、何が起こるかわからぬものよ。だが、それが面白くもある」
急にシオンがそんな事を言い出すものだから、一瞬童虎は目を見開く。
だがすぐに満面の笑みを浮かべると、
「ああ、人の生とは、誠に面白い。そして、素晴らしい」
「そうだな」
舌に残るジャスミンの香り。
シオンはカップを置くと、廬山の大瀑布を眺める。
この世界は、240年の間に随分と変化した。
そして、自分も童虎も年を取った。家族も出来た。
それでも、変わり続けるこの世界の中で、今でも変わらないものがある。
この大瀑布の光景と、自分たちの友情。
それだけは、240年経っても変わらない。
そしてそれらはこれから先も、きっとずっと変わらない。