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振り返れば奴がいる 前編

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さて。今現在、星矢、瞬、邪武の三人は東京の城戸邸にて暮らしている。
(参考までに書いておくが、紫龍は中国、氷河はシベリアに戻ってカミュらと生活中)
3人とも義務教育の年齢なので、日本に生活の基盤を移した際に地元の公立校へ編入した。
星の子学園の美穂も通っている中学校にだ。
三人とも初めて制服に袖を通した時、普通の少年のように屈託なく笑った。
戦いばかりの彼らが、ようやく普通の13歳の少年の生き方を手に入れることができたのだから。
給食だって食べるし、宿題もやる。遠足だって、体育祭だって、文化祭にだって参加する。
そんな、極ありあふれた普通の、しかしとても幸せな暮らしを送っている3人の元へ、学校からこんな通知が届く。

『授業参観のお知らせ』

星矢達の事情を知っている担任は、『あまり気にしないでいいから』と言ってはくれたが、何となく気分は晴れない。
放課後、瞬と帰宅していた星矢は大きなため息をつく。
「……わかってるけどさ、こういうのを貰うと辛いよなぁー」
「そうだね……」
瞬は困ったように笑う。
彼らは皆早くに母親を亡くしており、父親は『あの』城戸光政だ。
何をどう転んでも、授業参観に出席してもらうのは不可能な話だ。
「これがムウんところだったらさ、貴鬼の授業参観にはムウとシオンが揃って顔を出すんだろうけどさぁー」
「あの人たちなら、絶対にそうするよね」
と、瞬は口にしたところで、こんなことを考える。
「ダイダロス先生に授業を見てもらえたら、僕、嬉しいな……」
瞬にとって厳しくも優しいダイダロスは、自分の親と同様の存在だった。
今幸せに暮らしている自分を見てもらうことができたら、どんなに嬉しいことか。
星矢は友人の言葉にパチンと指を鳴らす。
「あのさ、瞬。沙織さんに頼んで、ダイダロスに日本に来てもらうってのはどうだ?」
「え?」
星矢の言葉に目を丸くする瞬。
ダイダロスに、日本に来てもらう?そんなこと、考えたことすらなかった。
だって、ダイダロス先生はアンドロメダ島にいて、ジュネさんたちに稽古を付けている。
とてもではないが、日本に来てくれなんて言えない。
「瞬にとっちゃダイダロスは父親みたいなもんだろ?」
「6つしか離れていないのに、そういうことを言っていいのかどうかはわからないけどね」
整った口元に浮かぶ苦笑い。
星矢は師父って言うだろう?と、紫龍が言いそうな単語を挙げると、一人でウンウン頷いた。
自分のアイディアに感心しているのかも知れない。
「まだ日数あるし、来てもらおうぜ?」
「……来てもらえるなら、僕も嬉しいけれど……」
大きな目をやや伏せる瞬。ダイダロスが多忙なことを知っているせいかも知れない。
「でも、先生は忙しいよ」
「だから、日本にバカンスに来てもらえばいいだろう?ダイダロスも少しは休んだ方がいいぜ?」
「………………うん…………」
自分のわがままでダイダロスやアンドロメダ島のみんなに迷惑をかけていいのだろうかと瞬は考えたが、ダイダロスが日本にやってくることを想像すると、白い頬に紅がさすのがわかる。
敬愛するダイダロス先生に、今の幸せな姿を見てもらいたい。
抗い難い欲求が心の奥底からわき上がってくるのを、瞬は押さえられなかった。
「じゃぁ、星矢は魔鈴さんに来てもらうの?」
「魔鈴さんかー」
少々悩む星矢。
瞬にはああ言ったものも、星矢はどうも自分の師には授業参観には出て欲しくない様子であった。
「どうして?」
「あのさ、瞬……魔鈴さん、仮面つけてるんだぞ」
「あ」
聖闘士の世界では、女性聖闘士は女を捨てるために仮面をつける。
しかしだ。
一般社会でそれをやっては、ただの不審者である。
授業参観への参加など、とんでもない話だ。
「魔鈴さんが学校来たら、警察呼ばれるよ。他の奴の親からさ」
「そうか……」
それ以上何も言えない瞬。言葉を続けられなくなってしまったのだ、が。
彼もまた、先程の星矢のように妙案を思いついた。
「孤児院の神父様は?」
「美穂ちゃんが可哀想だろう」
星の子学園で育った星矢の幼馴染み・美穂も、彼らと同じ中学校に通ってはいるのだが、星矢と美穂は別のクラスだ。
再びため息をつく瞬。結構いい案だと思ったのだが。
「それなりにイヤミな行事だよなぁ、授業参観って」
城戸邸についた星矢は無理矢理に作った明るい調子でそう言うと、玄関のドアノブに手をかけた。
淋しそうな表情でそれを受けた瞬は、やり切れないように亜麻色の長い髪を揺らした。