BYAKUYA-the Withered Lilac-3
Chapter7 月と狂乱の親友、再会
不気味なまでに赤く輝く眼鏡越しの片眼が、ゴルドーとその腕の中のツクヨミを捉えていた。
真っ白なボブヘアーに赤い瞳に赤縁の眼鏡。体にぴったりとくっついた赤茶色の戦闘用ボディスーツの少女は、ゴルドーを仕留め損ねたものの、狂ったような笑みを見せていた。
「アッハハハハ……! やぁっとみつけた。ごーよく。みぃつけた!」
耳をつんざくような甲高い笑い声を上げながら、狂った少女は先と同様にゴルドーに向けて、真っ黒な杭のようなモノを放ってきた。
「くそっ……!」
ゴルドーはツクヨミを抱えながらも、上手く飛び退いて相手の飛道具をかわした。
ゴルドーは、大きく飛び退きながら、敵の飛道具の射程から外れた。
「にがすかっ!」
少女の方も射程を維持するべく、素早い動きで距離を積めてくる。
「チィッ!」
「きゃっ!?」
ゴルドーは、ツクヨミの眼を手で覆い、近くの生け垣の中へ背中から飛び込んだ。
「にげてもむだだよぉ? ぜったいにうちがぶっコロすんだからさぁ……!」
狂乱状態の少女は、またも耳障りな声で一人笑った。
「間の悪いときに……! お嬢、怪我はないかい?」
ゴルドーは声を潜めて訊ねる。
「ゾハル!」
「おっ、おい……!?」
少しでも気配を消し、戦えないツクヨミだけでも逃がそうというゴルドーの作戦は、ツクヨミのせいで台無しになってしまった。
「あれれぇ? なぁんかきこえたなぁ……」
「クソったれが……!」
最早潜んでいても無駄だと判断し、ゴルドーはツクヨミをその場に下ろし、少女を迎撃する事にした。
「あぁ、ごーよくだぁ!」
「いかにも、俺が『強欲』の『収穫者(ハーベスター)』、ゴルドーさ。お嬢ちゃん、俺になんの用事だい? ……なぁんて、訊くまでもねぇわな……!」
返事の代わりに、少女は例の飛び道具を放ってきた。ゴルドーは、とっさに空間に大鎌を顕現させて打ち払う。
「……オーガの旦那の弔い合戦、ってところだろ? オーガの旦那でも敵わなかったってのに、たった一人であのバカ女に楯突こうなんざ死にに行くようなもんだぜ?」
「……だまれ。パらドクすは、うちがコロす。いや、あムネジあのやつら、ぜんぶぶっコロす。オーガにもいわれた。ちょっといってごーよくをけしてこい、って。だからおまえ、ごーよくはうちがコロしてやるんだ」
言葉の端々に、人間の出す声とは思えない声を交えながら、少女は話した。
――まだかすかに自我はあるか。ロジャーと違って、『深淵』から何とか逃げ出せたって感じだな……――
ゴルドーは思うものの、このまま放っておけば、少女が『深淵』の顕現に全身を侵されて虚無に落ちるのも時間の問題であった。
「ゾハル!」
「なっ!? お嬢……ぐっ!」
ツクヨミが垣根から出てきてしまった。ゴルドーは注意力をツクヨミに奪われ、ゾハルというらしい少女の飛び道具に当たってしまった。
「こんなものっ……!」
ゴルドーは、肩口に突き刺さった真っ黒な杭を抜いた。傷口からは血が噴き出す。
「うおっ……!?」
更に、掴んでいた杭が蛇のようなモノに変化し、細長く鋭い牙に手を咬まれた。
毒こそは無いようだったが、痛みは激しい。しかしそれ以上にゴルドーは、異変を察知した。
――顕現が、吸いとられる……!?――
ゴルドーは、自らの顕現が抜けていくのを感じた。それは間違いなく、今咬まれている手からであった。
「このっ!」
ゴルドーは、真っ黒な蛇の牙を無理矢理はぎ取るのではなく、地面にぶつけて圧死させようとした。
ゴルドーの狙いは当たり、蛇は潰されると霧散した。
「いててて……こりゃあ、一体どんなカラクリだい?」
肩口を刺され、更に手を咬まれて出血する所は鋭く痛むが、ゴルドーは冷静を欠かないようにした。
「変移のイグジス、探抗う深杭(ピアッシングハート)、『二重身(ドッペルゲンガー)』。それが彼女、ゾハルの能力よ」
ツクヨミが説明する。
ゾハルという少女の『二重身』という能力は、能力の中に妙なものは数あれど、その中でも一際変わったものであった。
顕現によって作り出した杭状のモノを敵に突き刺し、当たった後は自らの手足を動かすかのように自在に操ることができる。それにとどまらず、姿形すらも自由に変え、自分の意のままに動かせる。
本来二つと存在しない自身でさえも、その理に抗って顕現の源を探し、そして深くその杭を穿てば、ゾハルはもう一人のゾハルを作ることさえもできた。
ゴルドーが掴んで引き抜いた杭が蛇に変化したように、杭を人と同じ大きさで作り、それを自分と違わない姿にするのである。
「めちゃくちゃすぎるだろ、そりゃあ……」
ゴルドーは、渋い顔をせずにいられなかった。
ふと、ツクヨミは、つかつかとゾハルに歩みより始めた。
「おい、お嬢!?」
ゴルドーは、驚きのあまりに叫んだ。
かつて二人は親友だったというが、ゾハルの自我は非常に薄い。そんなゾハルが、ツクヨミを傷つけない保証はなかった。
「ゾハル。私は……」
「あんた、だれ?」
ゾハルは、片眼でツクヨミを睨んだ。
「えっ……!?」
ゾハルから発せられた言葉に、ツクヨミは一瞬、全ての感情がなくなった。驚くことすらもできなかった。
それでもツクヨミは、必死に言葉を繋ぐ。
「変な冗談は止してよ。私たちずっと一緒だったじゃない!」
「あんたとうちが? しらないね。いや、でもそのこえ、さっきから……」
ゾハルは、さっきもツクヨミの声に反応していた。
意識、自我が崩壊しつつありながらも、ゾハルの意思にはかつての親友の欠片が残っているようだった。
「……うーん、なんだかどこかで、きいたようなきがするんだけど? まあいいわ。うちはごーよくをコロすんだ。じゃましないでよ」
ゾハルは、これ以上邪魔するようなら、命の保証はしないとばかりに、ツクヨミへ手を向ける。
「目を醒ましてゾハル! 私よ! ストリクスよ!」
ツクヨミが叫ぶと、ゾハルの全身がぴくっ、と動いた。
「すと、リ、クス……?」
ゾハルは、ツクヨミに向けていた手を、そのまま自分の頭に当てた。
「思い出して、ゾハル。私の名はストリクス。貴女の親友だったでしょう? いえ、私は今も貴女を親友だと思ってる。だから思い出して! 私と、そして自分自身の事を!」
ツクヨミという存在を内包した、ストリクスという『器』は、必死にゾハルへと呼び掛けた。
「すと、りくす……スとリくス……ストリクス……!」
ゾハルは頭を抱え、ついに膝をついてしまった。
「あのバケモンじみたあいつを、言葉だけでひざまづかせただと……!?」
ゴルドーは愕然とする。
「ストリクス……ストリクス! っんくっは……!」
「ゾハル!」
どういうわけか苦しみ続けるゾハルの背中に、ツクヨミは手を当てた。その瞬間、ゾハルの体から『深淵』の顕現がツクヨミの手を伝った。
「ダメだ、そいつにさわるな!」
ゴルドーが言うが早いか、といった所で、ツクヨミは弾き飛ばされた。
「きゃっ!?」
「ぐうう……あああ……!」
ツクヨミは、軽く尻餅をつく程度で済んだが、ゾハルは苦しみ続けた。
「ゾハル……ゾハル!」
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac-3 作家名:綾田宗