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BYAKUYA-the Withered Lilac-3

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 ツクヨミは己が身を省みず、苦しむ親友へと這ってでも近付こうとした。
「やめるんだ、お嬢! 今のアンタに『深淵』の顕現が流れたら……」
 ゴルドーが飛ぶようにツクヨミに接近し、その両肩を押さえて動きを封じた。
「放して! 分かっているわ。あの顕現を受ければ、私は虚無に落ちる。でも、たとえ虚無に落ちたとしても! 私はゾハルの『器』を割らなきゃいけないの……!」
 ゴルドーは、思わずツクヨミを押さえていた手をはなしていた。
「お嬢……アンタ……」
 ストリクスの『器』を持つ女の、やろうとしていることは、かつてゴルドーがなし得なかった事だった。
 虚無に落ちかけている、という点で厳密には違うが、虚無落ちの親友を終わらせてやろうとしている。
 ゴルドーにはできなかったばかりか、全ての落とし前をつける立場にいながらも、足がすくんで一歩も動けず、更には『光輪(リヒトクライス)』の赤い騎士に、親友を殺された。
 彼女に恨みを持つのはお門違いなのは分かっているが、それでもわき上がる憎しみに支配されている。
 もしもここでゾハルを殺そうものなら、ツクヨミに憎しみを抱かせることになるだろう。
 しかし、このまま黙ってみていては、ツクヨミは間違いなく人としての死を迎える。
「お嬢……すまねぇ! これ以上は見ていられねぇ……!」
 ゴルドーは、大鎌を出現させてツクヨミの前に立った。
「モータル……」
「止めてっ!」
 ツクヨミが悲痛な叫びを上げたときだった。
「スとりクス……アッハハハハ! ストリクスじゃん。久しぶりぃ!」
 ゾハルの様子が突如として変わった。
 たどたどしい言葉で、人間の声とは思えない声を発していたが、ゾハルは見た目に大きな変化こそないものの変化していた。
 なによりも、ツクヨミの事をストリクスと明確に認識していた。
「ゾハル、ゾハルなのね! 私のことがわかるの!?」
「アッハハハ! 分かるよ、分かるに決まってるじゃん。お前はオーガのお気に入りだったんだ。それをどれほど憎んだことか……!」
 ゾハルはまるで、人格までも二重となっているようだった。
 主な人格は、『深淵』の顕現に当てられた殺戮者のようであるが、ツクヨミをストリクスだと分かる人格も持ち合わせていた。
「アンタのことは、『器』を割ってやるだけで許してやろうかと思ったけど、懲りずにうちの前に姿を見せるなんてね。アンタを見ているだけでイライラするわ!」
「ゾハル、違うの。私は貴女と話しがしたくて……!」
「何が違うっていうのよ!? オーガはお前の事を気に入っていた。それが許せなかった! オーガにちやほやされているお前が!」
「違う! 私はちやほやなんか……」
「だまれ! 雌狐!」
 ゾハルはまるで、聞く耳を持たなかった。
「……だけど、それももう過ぎた話。オーガは、完全にうちのモノになった……!」
 一変してゾハルは静かに語る。
「……どういうこと?」
 ゾハルは、口角をこれ以上ないほどに吊り上げた。
「フフフ……ぶっ殺す前にいいもの見せたげる。冥土の土産にね……!」
 ゾハルは、右手に巻いた包帯を解いた。右手は『深淵』の顕現に侵されてこそいなかったが、戦慄を覚えるほどのものがあった。
 それは一見、ブレスレットに見えたが、狂人の腕輪と言っても過言ではなかった。
「そいつぁ……!?」
 虚無に落ちた親友の、無惨な亡骸を目にしたことのあるゴルドーでさえも、顔をしかめずにいられなかった。
 ましてや、そういった残酷さに慣れていないツクヨミは、完全に固まっていた。
 ゾハルが腕に付けていたもの、それは、人間のものと思われる眼球であった。
 眼球を宝石に、付随する視神経を紐のように、腕に巻き付けていたのだ。
「ねぇストリクスー。覚えているよねぇ? オーガは『偽誕者』になるときに虚無に襲われて片眼を喰われちゃったじゃない?」
 忘れもしないあの日。軽薄な男が、ツクヨミ、ゾハルという女二人組に歩み寄り、声をかけてきた。
 俗にいうナンパをしかけてきたのは、オーガであった。
 ツクヨミは、まるで乗り気ではなかったが、ゾハルの方は、オーガの渋い男性的色気に心奪われ、彼に付いていってしまった。
 二人の仲を取り持つため、などではなく単に、二人の女を一度に連れていこうとするオーガの人間性を軽蔑し、ツクヨミはその場を去ろうとした。
 しかし、オーガはつれない態度を取られながらも、ツクヨミを誘い続けた。
 今にして思えば、ゾハルはオーガに一目惚れし、またオーガはツクヨミ自身に興味があったのかもしれない。
 ツクヨミたちは、散々オーガに街のあちこちを連れ回された。そうこうしているうちに、夜も更けてきた。
 それでもオーガは、まだまだ遊び足りないといった様子で、その日一日で心酔しきったゾハルは、オーガと一晩を過ごしてもいい、といったような事をツクヨミに零していた。
 流石に親友と言えど、ツクヨミはゾハルの正気を疑ってしまった。しかし、ゾハルは本気そのものだった。
 一晩で終わる仲かもしれない、とツクヨミはもう一度考え直すよう、ゾハルを諭した。
 しかし、それからだった。オーガ、ゾハル、ツクヨミ、もといストリクスが『万鬼会』なるものを立ち上げるきっかけができたのは。
 三人は、歩いている間に、知らず知らずの内に『虚ろの夜』へと踏み込んでしまっていた。
 隣でキャッキャッと笑うゾハル、女性を飽きさせないために、様々な話題を止めどなく振ってくるオーガの二人のせいでツクヨミも違和感を感じられなかった。
 気付けば、辺りが非常に静まり返っており、闇がかなり深くなり、お互いの顔を見るのがやっとの状態だった。
 そんな中、突如として闇の中から虚無が出現した。
 猿のような姿をした虚無であり、その姿通り、機敏な動きでオーガに飛び付き、その爪を振るった。
 虚無の爪はオーガの片眼を抉り、それを口らしき場所へと放った。
 片方失明という、かなりの深手を負ったオーガだったが、不幸中の幸いか、すぐにその傷口に周囲の顕現が入り込み、彼は『偽誕者』となったのだった。
「もちろん覚えているよねぇ、ストリクス?」
 ツクヨミは、はっ、と我に帰る。
 ゾハルは、ツクヨミと目があったかと思うと、腕に巻き付けた眼球をしげしげと薄ら笑いを浮かべながら眺めていた。
「……覚えているわ。あの時『偽誕者』になったオーガは、私たちをこんな場所に連れてきたけじめを付けるとか言って、虚無の群に向かっていったわね……」
 しかしオーガは、一人では虚無の群を全て倒すことはできなかった。
 虚無はツクヨミらにも襲いかかってきた。そして、彼らに付けられた傷に顕現が流れ込み、ゾハルとツクヨミも『偽誕者』となった。
「まさかゾハル、あなたのその腕にある眼は……」
 ゾハルは恐ろしい笑みと共に、ツクヨミを横目で見る。
「アハハ……! けっこう大変だったんだから。あの猿野郎を見つけ出して、ハラワタ引き裂いて、やっと取り戻したんだ! 愛しのオーガの体を!」
 ゾハルは、眼球に口づけした。
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac-3 作家名:綾田宗