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BYAKUYA-the Withered Lilac-3

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 何度呼びかけても、ツクヨミは起きることはなかった。
    ※※※
 街から離れた埠頭の倉庫に、二人の少女、一人の男が一同に会していた。
「よぉ、来てくれたか、ストリクス。それからゾハル」
 グレーのスーツに身を包み、肩には純白のストールをかけ、頭には同系色のテンガロンハット被る、隻眼の男が二人を召集していた。
「ちょっとちょっと、オーガぁ? なんでうちの事はついでみたいに言うのー?」
 ゾハル、と呼ばれた真っ白なボブヘアーに、赤縁眼鏡、真っ赤な瞳の少女は、遊び人風の男をオーガと呼び、彼の腕にすがった。
「いや、そんなつもりは無かったんだが……すまんすまん。この通り、謝るよ」
 オーガは、ゾハルの真っ白な頭を撫でる。
 するとゾハルは、まるで幼子のように機嫌が良くなった。
「うんうん。許したげる。うちの事、放っておいたらダメだよ?」
「分かった分かった……」
 オーガは、ジャケットの内ポケットから、くしゃくしゃになった煙草の箱を取り出し、残り少ない数本の内の一本を取った。
 オーガがそれを咥えると、ゾハルはどこに持っていたのか、ライターを取り出し、火をつけてオーガに差し出した。
 オーガは、その火を受けて煙草に火をつけ、ひと口吸うと、ふーっ、と二人にかからぬよう、注意しながら煙を吹き出した。
「……さて、今日来てもらったのは他でもない。いよいよ明日夜に迫った、『忘却の螺旋』との決着の作戦会議のためだ」
 オーガは言うと、ふた口目を吸う。
 その様子を見て、ストリクスは、呑気なものだと呆れを超して感心してしまった。
「どういうつもりかしら? 大きな戦いが迫っているというのに、召集をかけたのは、私とゾハルだけ。相手はあの『忘却の螺旋』最強の『眩き闇』なのよ。人員を総動員させるべきではないの?」
「まあまあ、落ち着け、ストリクス。お前の言い分は分かるが、数で当たったところで、奴には勝てねぇ。むしろ無用な被害が出るだけだ。『万鬼会』、『忘却の螺旋』っていう組織レベルの話ではあるが、双方の頭(ヘッド)がやりあわなきゃ意味がねぇ」
「そうだよ、ストリクス。余計な小細工抜きで正々堂々勝負する。男らしいオーガにピッタリだよ!」
 ゾハルは便乗する。それに対して、オーガは首を横に振る。
「いや、残念ながら、その逆だ。ゾハル。策に策を重ねて奴との決着に臨む」
 ゾハルは、驚いてその真っ赤な瞳を丸くした。
「どうして!? いや、オーガがそう言うならそうするけど、オーガ一人でも『眩き闇』なんかイチコロじゃない?」
「ハハハ……そう言ってくれるのは嬉しいがな、ゾハル。ちょっと俺を買いかぶり過ぎだ。情けねぇ話だが、多分、いや間違いねぇな、俺は『眩き闇』に遥かに及ばない」
 オーガは自嘲すると、煙草の灰を落とし、咥える。
「……まっ、だからこその今日のこのミーティングだ。力で勝てねぇなら、知恵比べだ。今回の戦いで重要になるのはストリクス。お前の能力『生命の樹(セフィロト)』だ」
 ストリクスは指名されたが、大して驚きはしなかった。
 もとより、ストリクスの能力は変わったもので、直接戦闘に関わる能力ではなかった。
 対象者の生命を顕現へと変換させるという、殊、支援には非常に適している能力であった。
「……二対一で戦うようなものじゃない。それって正々堂々と言えるのかしら?」
「まあ、そこは俺も思うところだが、戦うのは俺一人だ。ストリクスは攻撃したりしねぇからギリギリセーフってトコだろ」
 つくづく適当な男だ、とストリクスはため息をつく。
「ちょっとちょっと!」
 ゾハルは口を尖らせる。
「それじゃあ、うちの役目がないじゃん! うちはどうしろっての!?」
「いいや、ゾハル。お前は戦闘要員だ。まっ、まず間違いなく俺と『眩き闇』とのサシになるだろうが、もしもあちらさんが団体戦を所望してきたとき、戦えるやつがいないと話にならないだろう?」
 その可能性は十分にあった。
 能力者集団『忘却の螺旋』は、なにも『眩き闇』一強の組織ではない。幹部の者の中には、『眩き闇』に引けを取らない強さを持つと言われる『強欲』のゴルドーがいる。
 そして、今は前線に立つことはほとんどなくなったものの、かつて暴君と呼ばれ、恐れられていた『忘却の螺旋』のブレーン、ケイアス。
 更に、ごく最近に、『眩き闇』の目に止まり、そのままスカウトを受ける形で『忘却の螺旋』の幹部格となった男、『罪切りの獣』エンキドゥ。
 彼らの存在も加味すれば、戦力差は圧倒的に『忘却の螺旋』側が勝っている。幹部同士で戦い合わせ、『眩き闇』がオーガを倒すことで、『万鬼会』を再起不能になるまで徹底的に潰しにかかる事は想像するに難くなかった。
「メンツ的にはあちらさんの完全有利だが、戦いは勝ち抜き戦だ。俺とゾハルで『強欲』たちを相手にして、残った『眩き闇』を俺とストリクスで叩くってわけだ。ゾハルの役目は影の立役者ってところだな」
「ふーん……」
 ゾハルは、膨れっ面のままである。
「まあまあ、そう怒るなって、ゾハル。よく考えてみろ。野球だとピッチャーが目立つが、実際はショートの方が守備の要だろ? バスケだって、ポイントゲッターが活躍するには、リバウンダーの活躍が必要だ。ゾハル、お前は結構重要なポジションにいるんだぜ?」
「剣道や柔道の試合も同じ。大将戦に持ち越すためにも、三連敗すればその瞬間に終わり。もしも前の二人が負けたとしても、その流れを断ち切るために、中堅が勝つ必要がある。だから中堅は五人組の中で最も強い者が務めるべき。そうだったわね、オーガ? だからゾハルは……」
 言ってストリクスは、違和感を覚えた。
 何故かこの感じ、以前にもあったような、そんな既視感がしたのである。
 自分から出た言葉であるにも関わらず、ストリクスは、この例えがオーガから以前に出たもののような気がしてならなかった。
「……へー。なるほど。オーガとストリクスは、この時から以心伝心だったってワケか!」
 ゾハルは、突然に豹変した。
 同時に、オーガの体が土塊のように砕けて落ちた。
 ゾハルに掴まれていたオーガの腕だけは残ったが、ゾハルはそれをいとも容易く砕き散らしてしまった。
 ストリクスは、状況の理解が追い付かず、茫然と立ち尽くすしかなかった。
「……やっぱりお前は、ぶっ殺す。『器』を割るだけで放っとこうかと思ったけど、もうぶっ殺してやる……!」
 ゾハルは、能力によって杭を顕現させ、その先端をストリクスに向けた。
「っ!?」
 ゾハルは、ストリクスの心臓を貫こうと、杭を突き出した。
『始めよう……いや。終わらせよう……!』
 ストリクスに死の危機が迫った瞬間、どこからともなく声が響き、辺り一帯が鋭い光沢を放つ糸に包まれた。
「ゾハルっ!?」
「うぐっ!? があ……アアアア……!」
 謎の糸はゾハルを巻き込み、身動きを封じるのみならず、その姿が見えなくなるほど絡み、縛り上げていく。
 やがて、ゾハルは繭のようになった。内部でまだ抗っているのか、繭は振動している。
『諦めるんだね。キミはもう逃げられない。大人しくこの腹に収まりなよ』
 ゾハルを繭にした者が、足音を立ててストリクスの方へ近寄ってきた。
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac-3 作家名:綾田宗