BYAKUYA-the Withered Lilac-3
段ボールにはマリーゴールド、カーネーション、チューリップにカモミール、桜や椿、更には彼岸花など、和風なものも込めて、様々な花の造り物が入っている。探していた百合の造花も、その中にあった。
ーーこれで完璧ねーー
目的のものを見つけ出し、ツクヨミは一人、小さな笑みを浮かべると、百合の造花を一輪持って部屋を後にした。
そしてその日の晩。
「ビャクヤ、起きなさい」
いつもは夕方に目を覚ますビャクヤであったが、その日は日が落ちるまで眠っていた。
「起きなさい、我が弟、ビャクヤ」
「……うーん。なんだい姉さん。その邪気眼みたいなセリフ……いい歳してそんなのに……」
罹って、とビャクヤの言葉は中断された。そして目が、頭がどんどん冴えていく。
「姉さん……? 月夜見。姉さん……!?」
ビャクヤの眼前にいたのは、在りし日の姉であった。
古風だが品を感じさせるセーラー服に、膝下丈のスカートを穿き、頭には百合の髪飾りをしている。
「やっと起きたのね。ほら、早く支度なさい。出かけるわよ」
「姉さん。どうしてその格好を? 前にお願いしたときは。嫌だって言ってたのに」
「少しでも借りを返せればと思っただけ。寝ずに看病してくれたしね。それに、よく考えたのよ。制服姿でいた方が、より姉弟らしく見えるってね。あなたのためだけ、ってわけではないわ。勘違いはしないようにね」
ビャクヤは、目に涙をためていた。
「……ああ。これで本当に帰ってきてくれた。月夜見。姉さん……」
この姿になることは、思った以上に効果的だった。ツクヨミは、頑張って制服の修繕をしてよかったと達成感を持っていた。
そして思った通り、ビャクヤのツクヨミを見る目が、より姉に対する敬愛を持ったものとなった。
ーーこれで、よかったのよね。これで……ーー
しかし同時に、ツクヨミは複雑な気持ちにもなった。
ツクヨミはこれで、『ストリクス』としての個が限りなく無となり、『月夜見』としての存在感が強くなった。ビャクヤの姉という地位も強まることになった。
ビャクヤの姉という立場を確固とするために、この変身を行った。ビャクヤへの想い、それが一線を超えないため、姉という立場を強めたのだ。
これでよかったと思う反面、ビャクヤはもう、ツクヨミを『月夜見』という姉の姿としか見てくれないという思いが、ツクヨミを形容しがたい心地にした。
ーー何を迷っているのかしらね、私は……こんな男に、そんな感情を持つなんて有り得ない。この子は私の剣であり盾。ただのモノよーー
ツクヨミはそれ以上考えることはせず、更に前へと踏み出す。
「さあ、ビャクヤ。感傷に浸るのはその辺にしてちょうだい。私たちに立ち止まっている時間など無いのだから」
「……そうだね。僕は姉さんを守る。今度こそ守りきると決めたんだ。姉さんがそんなに僕を想ってくれているように。僕も姉さんを本当に愛してる。心からね」
愛するなどと言われ、ツクヨミは思わず顔をそらしてしまった。
「戯言を……さっさと出かけるわよ」
「ああ。何処へでも付いていくし。どんなことだってしよう。この命。この顕現の能力。全ては姉さんのためのものなんだからさ」
それから、噂の多い『虚ろの夜』に、新たな噂が立ち始めた。
学生と思われる二人組の男女が、『虚ろの夜』へと現れては、出会った者を完膚なきまでに叩きのめす、という噂が。
姉弟と思われる二人組であるが、姉の方は一切戦いに関与せず、弟の方がその得物の鉤爪を振るい、敵を切り刻み、その顕現を喰らう。
その様子は、奴隷と君主のそれであったが、奴隷である弟は主の命令に喜んで戦い、君主である姉の方は、どこか、彼に対して慈愛を持っているようだという。
奇妙な噂に事欠かない『虚ろの夜』であったが、この噂は広く強く、『偽誕者』たちの間に広まるのだった。
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac-3 作家名:綾田宗