BYAKUYA-the Withered Lilac-3
そして加えるならば、ビャクヤはツクヨミの剣であり盾である。壊れるようなことがあれば、破棄して新たな武器を手に入れればいい。それほどまでに、絆など生まれる事の無い関係である。
ツクヨミは、その様にしか考えていないはずだった。
ーーこの子は、私にとって、ただゾハルを捜す為の障害を振り払うための道具に過ぎない。それ以上の感情なんて……ーー
考えるほどにツクヨミは、胸が苦しくなる。
ただの道具であり、奴隷同然の相手に命を救われ、程度はどうであれ、こうして病に倒れた時も、彼は自身を顧みずに看病してくれた。
ツクヨミとて血の通った人間である以上、感謝の気持ちは浮かんでいた。
ーー感謝? いえ、違うわね。これは……そう、借りを受けただけよ。この気持ちはそんな意思の現れ。借りを返せば、恐らくは……ーー
「んー……んう。姉さん……」
ビャクヤの顔をじっと覗き込んでいたため、ビャクヤがツクヨミの視線を感じて目を覚ましたか、とツクヨミは驚いてしまった。
「んうう……姉さん。大好きだよ……」
ビャクヤは寝返りを打つ。どうやら、単なる寝言のようだった。
寝言であったが、余計にツクヨミの気持ちは昂ってしまう。
ーーこれ以上を超えてはいけないわ。でも、どうしたら……ーー
ツクヨミはふと、思い付いた。
これ以上の関係を超えないこと、それは自らの在り方を利用することであった。しかし、それはまた、僅かに残る『ストリクス』の存在を抹消することにもなりえる。
ーーこれは、この子との姉弟ごっこを更に濃密にするためのこと。そうすることで、生まれるメリットはたくさんある。決して私だけのためではない……ーー
ツクヨミは、自らに強く語りかける。
ーー全てはあの子、ゾハルを捜し出して詫びるため。そのためならば、『ストリクス』の私は消えてもいい。ビャクヤの親戚、『田村小夜子』でもない。ビャクヤの姉『月夜見』になる必要がある。そのために……ーー
ツクヨミは、テーブルの上にある、ビャクヤと在りし日の『月夜見』が写る写真を見る。
ーーこれしかないわね……ーー
ツクヨミは、何かを悟るのだった。
※※※
ツクヨミがひどい風邪を引いてから、数日が経った。
予後は極めて良好であり、熱はあの日で下がり、咳や喉の痛みもすぐによくなった。
まだ、『夜』には赴いていなかったが、この分ならそろそろビャクヤと同行しても問題は無さそうだった。
ビャクヤと『夜』に行かなかった理由は、療養のためばかりではなかった。
ビャクヤが虚無や『偽誕者』を狩り、そして顕現を食すために『夜』に行っている間に、ツクヨミは密かに進めている事があった。
ツクヨミの部屋のクローゼットにしまわれていたもの、ビャクヤの真の姉、『月夜見』が最期の瞬間まで身に纏っていたセーラー服の制服。それの修繕をしていたのだった。
交通事故に遭い、はねられて地面に投げ出されたと聞いていたが、制服の損傷はそれほど大きくはなかった。
彼女の死因は、頭部裂傷による脳挫傷、ならび大量出血によるものとのことだった。不幸中の幸い、というのは非常におかしな事だが、胴体の損傷が少なかったため、制服は原型をとどめることができていた。
アスファルトに強く擦り付けられたために、制服には破れた場所がいくつかあったが、目立たないほどに縫い合わせる事はできた。
「できた……!」
そして今宵、制服の修繕は完了した。『月夜見』の死後、すぐに制服は洗浄されており、血痕などの汚れはなかった。
新品同然、とまでは言えないまでも、これを来て歩くぶんには問題ないほどの仕上がりとなった。
「あと用意するものといったら……」
ツクヨミはフォトスタンドに目をやる。
さすがにこればかりは遺されてはいなかった。事故によって頭を怪我したためか、『月夜見』の頭にある、百合の髪飾りは処分されていた。
「百合の造花、それも精巧にできたもの。あるかしら?」
ふと、ツクヨミは思い出した。
もう何週間も帰っていない自宅マンションに、造花を買って、そのままにしてあるものがあった。
手芸が好きなツクヨミは、造花を使った飾りを作ろうと買っていたのだった。しかし、様々な出来事が重なったために、趣味の手芸に興じる時間がなかった。
こうして手先の器用さを利用できたのは、この制服の修繕が久しぶりの事だった。
「明日の朝、ビャクヤが寝静まった頃に出掛けるとしましょう」
ツクヨミは予定を決めると、制服をクローゼットにしまい、裁縫道具一式を片付けた。
この行動は、できればビャクヤには秘密にしておきたかった。少々子供っぽいが、いつも彼の言動に驚かされることばかりなので、今回はこちらが驚かしてやりたい、という気持ちがあったからだった。
翌日早朝、ビャクヤは『夜』から帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえりなさい、ビャクヤ。疲れているでしょう? 今日は早く寝たらどう?」
「んー? 何だかずいぶん寝かしつけたがるねぇ? 僕が寝てる間に。何かよからぬことでも企んでいるのかい?」
どうせ適当な事を言っているだけであろうが、企み事態はあるので、ツクヨミは内心ドキリとする。
「まあいいや。今日の……いや。昨日の夜って言った方がいいかな? なかなか手応えのある奴と会ってね。戦ったんだけど。そいつ。ちっとも顕現を持ってなくてね。骨折り損だったよ……」
ビャクヤほどの強者を、顕現による能力ほとんどなしに善戦したという者がいるとは、とツクヨミは意外に思う。
「しかしまあ。あれかい? 最近の『偽誕者』は能力に目覚めると。露出狂にも目覚めちゃうのかい? この前の奴もそうだったけど。昨日会った奴も上半身裸でさ。どうやって警察に捕まらずに『夜』に来るんだろうね?」
「それは災難だったわね」
ツクヨミは、当たり障りの無い返答をする。
「まったくだよ。見苦しいものを見せられてる。こっちの身にもなってほしいってものだね。……ふあーあ。眠いや。寝よう……お休み姉さん……」
ビャクヤは眠りにつくべく、階段を上って自室へと引っ込んでいった。
ーー顕現をほとんど持たない、腕っぷしだけで戦う『偽誕者』……ーー
ツクヨミは、そのような人物に心当たりがあった。しかし、いくらビャクヤが強大な能力を持っていたとしても、あの者が遅れを取るなど考えにくかった。
ーー思い過ごしよね。顕現が少ないけど、喧嘩は強い手合い、『夜』にはいくらでもいるはず。それよりも……ーー
ツクヨミは、ビャクヤが眠った頃合いを見計らって出かけた。
いつもはビャクヤと夜に来る川沿いの広場を通り、都心部にある高層マンションに久方ぶりに帰ってきた。
七階建ての五階の三号室、そこが『ストリクス』の部屋であった。
何週間と帰っていなかったために、ドアのポストにはポスティング用のチラシが大量に入れられていた。
中には公共料金の受領書などもあったが、ツクヨミはまとめてゴミ箱に放り込む。
「……あった!」
ツクヨミはクローゼットの中に、段ボールに詰め込まれた造花を見つけた。
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac-3 作家名:綾田宗