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なんどのぼうけん 1

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発端は、ムウと貴鬼による城戸邸での出張修復だった。

その日ムウは教皇の依頼で、城戸邸で暮らす青銅聖闘士たちの聖衣メンテナンスにやってきた。日本で暮らす聖闘士たちは皆学校があるため、聖域にもジャミールにも足を伸ばす事がかなわない。
それ故、聖衣の具合を心配したシオンが、わざわざ日本にムウを寄越したというわけだ。
一階にあるダンスホールを借り切り、貴鬼をアシスタントにして作業に没頭するムウ。
城戸邸にある聖衣は全部で7体。それなりに、作業のし甲斐がある。
「いい加減にデザインを変えたいですねぇ」
「ムウ様、市の聖衣を変にしちゃ笑われますよ。ギャラリーに」
「瞬の聖衣をフェニミンにしたら、夜襲をかけられるでしょうか」
「一輝に!」
真面目にやっているのだが、時折どうしょうもない会話を挟みながら、作業は進んでいく。
聖衣に愛されたシオンは超が付くほどの凄腕の修復師であったが、ムウもシオンから全ての技術を受け継いだだけあって、素晴らしい腕の持ち主だった。
みるみるうちに、7体の聖衣が綺麗になっていく。
一日がかりで全ての聖衣のメンテナンスを終えた羊師弟は、作業終了後に居間でお茶に呼ばれた。
「お疲れさまでした、ムウ」
瞬が紅茶を入れてくれる。
ムウが城戸邸を訪問した際、お茶を入れてくれるのはいつも瞬である。ムウが見ても、瞬は手付きがいいなと思う。
「今日はアッサムですか」
漂う香りを楽しみながら、そう訊ねるムウ。瞬は驚いたように目を丸くすると、
「流石ですね。わかるものなのですか?」
「フフフ。私、食べ物やお茶には少々うるさいものですから」
「少しか?あんたほど食い物にうるさい人間、俺は他にシオンしか知らねーぞ」
一瞬の間。
ソファの座面に顔をめり込ませている星矢をよそ目に、瞬はムウから色々と説明を受けている。
「大熊座の聖衣は、右腕のパーツにひび割れが目立ちましたので、オリハルコンで埋めておきました」
「貴方の聖衣はチェーンを酷使した跡がありましたね」
と、聖衣一体一体について、ムウが丁寧に話している横で、邪武は貴鬼を構っていた。
「お前って本当にちんちくりんだなー。早く大きくなれよ」
「うるさいなぁー!そのうち大きくなるもん!シオン様言ってたもん。
オイラはシオン様の小さい頃にそっくりだって」
「ヘー。だったらお前、将来は教皇になれるかもしれねーなー」
「んもー!頭グリグリしないでよ!」
すぐ横でこんな風に騒がれていても、ムウははじめは大人の余裕で我慢していた。
伊達に13年もジャミールで機を窺っていたわけではない。
これ位は我慢できる。
しかし。
「ちんちくりーん」
「邪武の馬鹿ッ!!」
感情が昂り、テレキネシスのコントロールが出来なくなった貴鬼。
テーブルの上のティーカップが、浮かび、吹っ飛び、中に入っていた紅茶が辺りに降り注ぎ……。
「わ!」
瞬やムウにも紅茶の雨が降り注ごうとしたその時。
ムウのクリスタルウォールが、それを防いだ。
ホッとした表情で息を吐く瞬。自分に紅茶がかからなかったのは幸いだが、カーペットには見事な染みが出来ている。
「あ……」
クリスタルウォールの発生で、自分が何をやらかしたのか悟った貴鬼。
邪武も、いつも穏やかな牡羊座の聖闘士から漂う剣呑な小宇宙に、ごくりとつばを飲む。
先程、ムウが星矢を一瞬でソファにのめり込ませた時に、気付くべきだったのだ。
この人は、実は危険だと。
それなのに、見た目や雰囲気の穏やかさで、その恐怖に気付かなかった。
ムウは、何も言わなかった。全く何も言わなかった。
けれども、彼と対面している瞬が整った顔立ちを青くしている事から、ムウがどんな様子で居るか、邪武はイヤでも察することができた。
マズい。
これは虎の尾ならぬ、羊の尾を踏んだ。
何が起こるか、この黄金の羊が何をどうするか。
全く見当が付かない。
横に居る貴鬼は察しがついたようで、ブルブル震え上がっている。
邪武は星矢達と違って、あまりムウとは面識がない。
たまに東京に来てプロ顔負けの料理を作ったり、聖衣の修復をする姿しか見ていない。
なので、黄金聖闘士でも指折りの実力者といわれても、邪武としてはピンとこないのだ。
『あの』教皇シオンの愛弟子なのだから、それなりに強い事は強いのだろうが、普段のカリスマ主夫っぷりを見ていると、どう強いのか全く見当が付かない。
「……邪武、貴鬼」
いつもの甘く柔らかい声で、ムウが二人の名を呼ぶ。だが、その響きに身震いする邪武。
違う。明らかに違う。
漂う小宇宙が、噴き出る殺気が。
いつもの温和なカリスマ主夫の仮面を、完全に吹っ飛ばしている。
邪武が一歩動けば、その瞬間に無数の拳が自分の体をズタズタにする。
そんな怖さが、今のムウにはあった。
貴鬼など、ムウ様ごめんなさーいと泣きながら謝っているが、きっとこの様子では、いくら弟子が泣いて詫びても許してくれないに違いない。
「……邪武、貴鬼、名を呼ばれたら返事をなさい」
決して言葉を荒げているわけではないのに、この恐ろしさと威圧感は何なのだろうか?
今も二人に背中を向けているムウは、淡々と二人に告げる。
「早く返事をなさい、二人とも」
「はい!」
同時に返事をする邪武と貴鬼。逆らったら、即殺される。
ムウの正面に居る瞬の顔から生気が抜けているところを見ると、今のムウは相当なものなのだろう。
ムウは怒りというものを全く感じさせない、淡々とした、いつもより淡々とした口調で続ける。
「貴方たちは、人が大事な説明をしている時に何をやっているのですか?」
答えられない二人。
何を言っても、ムウにズタズタにされそうだから。
「私は瞬に、聖衣の修復箇所についての説明中でした。それなのに、何故あのようなことができるのですか?」
押さえた口調の中から、見え隠れする激しい怒り。
一文話す度に深く息を吸っているところを見ると、怒りを抑えるために相当努力しているようである。
「ムウ様、ごめんなさーい!!もうしませーん!!」
貴鬼が大声で泣きながら謝っている。
邪武も一緒になって謝ろうとしたが、ムウの怒りはそれ位では収まらなかった。
「謝ったくらいで何でも許されると思うのは、甘えです。もし私がアテナやシオン様に大事な報告をしている最中だったら、どうするつもりだったのですか?側に控えていたのがアイオロスやサガだったら、その場でズタズタにされますよ」
ようやく振り返るムウ。
そのムウの表情を、二人は一生忘れることができないと思った。
日頃穏やかな黄金の羊は、無表情で怒りを噴き出していた。
能面の小面のような顔から剣呑な小宇宙が漂っているのは、恐怖以外の何者でもなかった。
「……うわ」
見慣れないムウの怒り顔に肝を冷やした邪武。
これからどうなるんだ?と思った次の瞬間。
彼の視界は真っ暗に染まった。
「!?」
突然の事に、状況が飲み込めない。一体自分はどうなってしまったんだ?色々と考えるが、全く答えが見つからない。
「……ムウ様、ごめんなさぁ~い!!」
すぐ横で、貴鬼の泣き叫ぶ声が聞こえる。
貴鬼は聖闘士になるため、日頃から厳しい修行を積んでいる。
作品名:なんどのぼうけん 1 作家名:あまみ