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なんどのぼうけん 1

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アイザックに蹴られまくっても、それでも泣き言一つ言わなかった貴鬼が、普通の子供のようにワンワン泣いている。
この様子から察するに、ムウの手によって自分は貴鬼と一緒にこの真っ暗闇の空間に飛ばされてしまったのだろう。
黄金聖闘士の中でも最強のテレキネシス能力を持つムウならば、これくらい朝飯前なのである。
さて、ここは何なのか。一体どこなのだろうか。
と、邪武は今居る場所の足下がやけにしっかりしているのに気付いた。
「?」
どんどんと足を踏み鳴らしてみる。
木の床の感触が、ルームシューズ越しの足に伝わった。
「もしかして……」
両手を伸ばしてみる。右手が何かに触れる。漆喰のような、冷たくざらついた手触り。
「ああ」
自分たちは今、とてつもなく狭い部屋に居る。
広さから察するに、クローゼットの中か、納戸の中か。自分が今立っている事から考えるに、押し入れではない。
「おい、貴鬼」
闇の中でワンワン泣いている貴鬼に、声をかける邪武。
どうやら貴鬼は邪武の存在にようやく気付いたようで、泣くのを一時止めて闇の中で何度も瞬きしている。
「あれ、邪武も居たの?」
「お前が未だに聖闘士になれない理由が、何となくわかったよ、俺」
がっくりを肩を落とす一角獣座の青銅聖闘士。
同じ空間にいるのに、他人の小宇宙すら察することができないだなんて、どうなっているんだか。
「ムウに知られたら、冗談抜きでブッ飛ばされるんじゃないか?」
「やめてよー」
暗がりの中、むくれる貴鬼。今ムウのお仕置きを受けている最中なのだ。これ以上、ムウに何かされる事は考えたくない。
「……貴鬼」
邪武はどすっと床の上に座り込む。
この、板が打ち晒しになっている内装、ほのかに漂う漬け物の臭いから察するに、ここは恐らく城戸邸の納戸だ。
城戸邸で納戸というと、台所の隣か、階段の下のあのデッドスペースか。
ムウや瞬の小宇宙の方向を読み取れれば、今自分が居る場所を推測する事も容易い。
……けれども。
「おっかしーなー」
首をひねる邪武。というのも、先程からムウや瞬の小宇宙を探っているのだが、小宇宙を感じる方向がハッキリしないのである。
薄ぼんやりとして感じにくいというわけではなく、まるで音が乱反射しているかのように、二人の小宇宙の方向があちこち変わるのである。
「……どうなってるんだ?」
しきりに首を傾げる邪武に、目を泣き腫らして真っ赤にした貴鬼は、
「ムウ様、オイラたちを混乱させるために、この部屋に何かしたんだよ……」
「黄金聖闘士って、そんなにすげーのか」
邪武は十二宮で直接黄金聖闘士と戦ったわけではないし、彼らが戦っているところを間近で見ているわけでもない。
ただ、遠くから姿を見て、その存在感と小宇宙に圧倒されるだけであった。
なので、黄金聖闘士がどれくらいすごいことができるのか、邪武はあまり知らなかったりする。
ムウや教皇シオンはよくこの城戸邸に訪れるが、ムウは聖衣の修復と料理が上手なカリスマ主夫であるし、城戸邸で見るシオンは話によく聞く厳格な教皇ではなくて、孫にとっても甘い優しいおじいちゃんだった。
そんな連中がどれだけすごいと言われても、邪武はピンと来ないのだ。
「邪武って、聖衣貰った聖闘士なのに、そういう基本的な事を知らないんだ」
揶揄するような口調の貴鬼。
反論しようとした邪武だったが、言葉が浮かばなくて思わず口を噤んだ。
確かに、自分は知らない。黄金聖闘士、いや白銀聖闘士がどれくらい強いのかも、邪武は知らない。
それを考えると、星矢達はそれだけ戦いを重ねてきたのか。どれだけ小宇宙を燃やしてきたのか。
……邪武はため息をつく事しか出来ない。
「なぁ、貴鬼」
暗がりの中、すぐ横に居るであろう貴鬼を呼ぶ邪武。
即座に返事があったので、邪武はテレキネシスに優れたこの聖闘士見習いに尋ねた。
「お前さ、テレポーテーションできるか?」
「できるよぉ!オイラいっつも、自分で日本まで来てるんだよ!」
そういえば、そうだった。
ニヤッと闇の中で笑った邪武は、パチンと指を鳴らす。
貴鬼もテレポーテーションが使えるならば、それでここから脱出すればいいのだ。
城戸邸の納戸は常に外から鍵がかけられているため、扉を見つけたとしてもそれを壊さなければ外に出られない。
だがテレポーテーションならば、壊さなくても外に戻れる。なんだ、単純な話ではないか。
貴鬼にそう話した邪武は、悪くないだろ?と笑った。けれども貴鬼は、闇の中で顔を顰めてみせる。
雰囲気で貴鬼の表情の変化を察した邪武は、片眉を上げた。
「どうしたんだよ、何かあるのかよ」
「うん……」
応じる貴鬼の声は弱々しい。
ペトンと床にお尻をつけて座ると、再び泣き出すような声で、
「さっき、邪武が星矢達の小宇宙を感じ取るのが難しいって言ってたでしょ?」
「ああ」
素直に頷く。貴鬼は大きな瞳から、ポロリと涙をこぼす。
「この部屋、絶対にムウ様が空間に細工してるよ!!オイラのテレポーテーションじゃ、外に出られないよぉぉ!」
はじめは押さえていたのに段々と感情を抑えることができなくなってしまったのか、しまいにはわぁと泣き出した。
氷河の話では、海闘士のアイザックに足蹴にされても天秤座の聖衣を守り抜いたらしいが。
ムウ様に叱られる方が怖いというのは、本当だったのか。
だが邪武は、それが少々気に入らない。
相手は子供だとわかっているが、つい怒鳴りつけてしまう。
「馬鹿野郎!何もしねぇで諦めるんじゃねぇよ!もしかしたら、お前のテレポーテーションの方が上かもしれねぇだろう!?」
目が慣れたのか、闇の中でもうっすらと相手の姿が判別できる。
邪武に怒鳴られた貴鬼はブルブルと頭を振ると、彼の言葉を否定する。
「無理なものは無理だよ!オイラがムウ様に、黄金聖闘士に勝てるわけないじゃん!」
顔を真っ赤にする貴鬼。ずっと一緒に居るからわかっている。それだけムウの力が強大なのかを。だって、貴鬼はムウの一番弟子なのだから。
それでも、邪武は諦めない。
「無理なのかそうじゃねーか、やってみなくちゃわからねーだろ!?どうしてすぐに諦めようとするんだよ!」
貴鬼は、とても根性がある。一緒に二流神の攻撃から星矢の姉を守ったのだから、邪武も知っている。
根性もポテンシャルも、並の聖闘士以上だ。
だからこそ、ここできないと諦めているのが、許せなかった。
「やってみろよ!!」
「ムウ様にオイラが太刀打ちできるわけないよ!」
もうボロボロに泣いている貴鬼。
共に生活しているからこそ、ムウから教えを受けているからこそ、ムウのもの柔らかな外見や物腰、物言いに隠された烈しさを、誰よりもよく知っているのである。
邪武は貴鬼の中でムウがどれほど絶対的で強大な存在なのか、今の貴鬼の表情からようやく知ることができた。
けれども。
「なぁ、貴鬼」
「何だよ、邪武」
鼻をすすり、腕で涙を拭っている貴鬼の姿は、やはり年相応の子供のものだった。
邪武は記憶を辿るかのように、暗い天井を見上げる。
「……前にさ、お嬢様が矢座の奴に胸を射抜かれて、教皇を連れて来ないと命が危ないってことがあっただろ?」
「うん」
それは、貴鬼もよく覚えている。
作品名:なんどのぼうけん 1 作家名:あまみ