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晴れた日の過ごし方 1

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約束の時間から5分オーバーしていたためか、クリスタルを思わせるような透明な声は彼女に軽く詫びる。
「ごめん、待った?」
アンナの向かいに座る美しい影。
ダムシアンのボーカル兼ギターのギルバートである。
彼は日曜日だというのに、ビジネスマンが着用するような黒いスーツを身に着け、長い栗色の髪を一本の三つ編みにしていた。
いつもとは違うギルバートの姿に、ついつい見入るアンナ。
ステージ衣装の真っ赤なコートもカッコいいが、この姿もストイックな色気がにじみ出ていて、胸がときめいた。
アンナの様子に気付いたギルバートはもの柔らかく笑うと、三つ編みを解きながら、
「この格好、変かな?」
「いいえ。とっても似合ってるわ、素敵よ、ギルバート」
お世辞でなくアンナは答える。
カッコいいと思っているのは本当。声がうわずっているのがその証明。
ギルバートは注文を取りにきたウェイトレスにココアをオーダーすると、もう一度アンナに詫びた。
「本当にごめん、アンナ。遅刻した」
「大丈夫だから、ギルバート。私も本読んでいたし」
「そう言ってもらえると、気が楽になるよ」
憂いを感じさせるエメラルドの瞳が、やや陰る。
遅刻した事にそれなりの罪悪感を感じているらしい。
アンナはギルバートの気分を変えようと、別の話題を振った。
「でも、ギルバートがスーツ着ているなんて珍しいわね」
「父に頼まれて、取引先に書類を置いてきたんだ」
「そうだったの。休みなのに大変ね……」
社会人は大変だな、とアンナは思う。
と、ギルバートは思い出したかのように黒いブリーフケースを開けると、中から紙袋を取り出した。
「今日はね、アンナにこれを渡そうと思って」
アンナにその袋を差し出すギルバート。
アンナは不思議そうな顔で、袋の中身をのぞく。
「これ、何?」
「開けてみて」
促されるままに、クラフト地の紙袋を開けるアンナ。開けた途端、彼女の唇からもれたのは……。
「わぁ……」
喜びと驚きの声。壊れ物を扱うかのような手付きで、袋の中身を手に取る。
その中身とは……。
「ケータイだ……」
最近機種の携帯電話が、アンナの手の中に納まっている。
ギルバートは小さく頷くと、
「アンナはお父さんにケータイ持たせてもらえないって言ってたから、いつか君にプレゼントしようと思っていた」
『アンナはケータイ持たないの?持ったら、もっとマメにメールのやり取りができるね』
ある日、ギルバートがそう手紙を送ったところ、アンナから『父親に反対されているので、ケータイを持てない』と返事があった。
彼女は高校生なので、携帯電話の契約には保護者の承諾が必要なのである。
ギルバートはそれを覚えていたらしい。
「ギルバート……」
思わず涙目になるアンナ。ギルバートの好意が素直に嬉しかった。だが。
「でも、ケータイは安いものじゃないでしょう?私みたいな1ファンが、こんなにいいものをもらってしまっていいの?」
嬉しいけれど、でも、申し訳ない気持ちもある。
自分はギルバートを愛している。
だが、ギルバートにとって自分は一人のファンでしかない。
そのギルバートから、ここまでしてもらっていいのだろうかという、引け目にも似た感情をアンナは覚える。
しかしギルバートは静かに首を横に振る。
そしてあの美声で……アンナの名を呼んだ。

「アンナ」

彼の声音に、はっと顔を上げるアンナ。
今までとは明らかにニュアンスが、声に込められた感情が、違う。
何と言えばいいのだろうか。
距離感が変わった。
今まではバンドマンとそのファンだったのだが、今のギルバートの呼び方はもっと近しい、親しい間柄に対してのものだった。
「アンナ」
もう一度、同じトーンでギルバートは彼女の名を呼んだ。
美しいエメラルドの瞳に、アンナの姿をしっかりと映して。
「アンナ、僕はアンナが好きだよ」
穏やかな口調で告げられた言葉はあまりにもさり気なかったので、アンナは何を言われたのかわからなかった。
「ギルバート?」
大きな目を瞬きさせ、問い返すアンナ。
今何か、俄には信じられないような言葉を聞いたような気がするのだが、自分の聞き違いではなかろうか。
聞き違いなら聞き違いでも、幻聴なら幻聴でも構わない。
夢でも幻でも、ギルバートの声でその言葉を聞けて、嬉しかった。
だから現実でなくても構わない。
でも。
ギルバートは少し困ったような顔で笑うと、再び同じ言葉を紡ぐ。
「僕はアンナが好きだよ」
「ギルバート……」
今度は、夢でも幻でも、聞き違いでもない。
確かに、今確かに。
ギルバートは自分を好きだと言ってくれた。
けれどもまだ現実味がない。
そんなアンナの表情を察したギルバートはややはにかみながら、「愛の告白って結構照れるものだね」と呟いた。
「ストリートで活動していた頃から、アンナは僕らのライブを見に来てくれてたよね。ライブハウスのステージに立つようになってからも、都合のつく限り来てくれてたよね」
今でこそ人気インディーズバンドであるダムシアンだが、バンド活動を始めた頃はあまり観客がおらず、懸命に演奏をしても足を止めて聞いてもらえない事が多かった。
アンナはその頃から、ダムシアンを、そしてギルバートの音楽を追いかけてくれた。
その当時はアンナと言葉を交わした事はなかったが、ギルバートはここまでファンでいてくれる、ここまで自分たちを好きでいてくれる彼女に感謝していた。
密かに心の支えにしていた。
そして先日。出待ちをしてくれた彼女と、話をする事ができた。彼女の連絡先を知る事ができた。
アンナがギルバートにファンレターを送らなかったのは、このバンドが連絡先を公表していなかったためである。
ライブスケジュールはストリートライブの際に配布されるフライヤーや、ライブハウスの予定表で告知されていたため、アンナはそれを見てライブに足を運んでいた。
アンナの連絡先を知り、ギルバートとアンナの文通が始まった。
自分をずっと追いかけてくれた彼女はどんな人なのだろう。
ギルバートは交流当時は“ファン”に対する気持ちで手紙を書いていた。
しかし言葉を重ねれば重ねるほど、彼女に惹かれていった。
自分の音楽や存在に、純粋な愛を注いでくれるアンナ。
頑固者の父親に少々困りながらも、そんな父親を心底愛しているアンナ。
出来のよくなかったライブの感想も、率直に聞かせてくれるアンナ。
アンナの全てに、ギルバートは心惹かれていった。
いつしかアンナは、ギルバートにとってファン以上の存在になっていた。
最初、ギルバートに恋していたのはアンナだった。
それがいつの間にか、ギルバートがアンナに恋していた。
「気がついたら、僕がアンナに恋してた。アンナの存在が、僕に力を与えてくれてた」
「ギルバート……」
アンナの瞳には涙が浮かび、溢れ、彼女の白く滑らかな頬をハラハラと伝っていった。
涙が頬まで流れ落ちたところでアンナは自分が泣いている事に気付き、慌ててハンカチで涙を拭った。
「あ……私、どうして泣いているのかしら。全然悲しくないのに。とっても嬉しいのに」
目元を押さえても、涙があふれてきて止まらない。
涙腺のバルブが故障でもしたのか、止めどなく涙があふれ、彼女の頬を濡らし続ける。
作品名:晴れた日の過ごし方 1 作家名:あまみ