晴れた日の過ごし方 2
翌日リディアは学校が終わるとすぐ、前日にエッジに連れてきてもらったファミレスに向かった。
昨日と同じ席が空いていたのでそこに座り、エッジがやってくるのを待つ。さすがにお冷やだけで時間を潰すのは気が引けたので、クリームソーダを注文した。
待つ事15分。本日の待ち合わせの相手が、彼独特の足取りでやってくる。
「よ、待ったか?」
笑顔。昨日も一昨日も徹夜だったろうに、それを感じさせない笑顔。直に掴んで握られたかのように、リディアの胸がギュウウッと痛む。
眠いだろうに。疲れているだろうに。
自分のせいで無理をさせてしまったのに。
目の前のこの人は、いつもの様に笑っている。
「う……うん」
「どれくらい?」
「15分くらい」
テーブルの上に置かれた、グラス半分ほどのクリームソーダ。エッジは困ったように笑う。
「ジュース代、損させちまったな」
「こ、これはいいの!あたしが飲みたくて飲んだんだから」
慌てて言い繕うが、目の前のこの男は伝票を素早く自分の元に引き寄せると、
「おごってやるよ。他にも好きなの頼んでいいぜ」
そう言うと店員を呼び、自分のコーラを注文する。
目の下には隈。どことなく手付きもだるそうだ。だがエッジはリディアの前では平常の様子を保とうとしている。
「……エッジ」
小さく名を呼ぶと、エッジは作業服の胸ポケットから布の包みを取り出した。
「そうだよな、これ渡すんだった」
メリアスの布を慣れた手付きで解く。
すると中には。
アルミ製のボールペンが、リディアの母親の形見のボールペンが、踏み潰される前の形でエッジの手の中におさまっていた。
「わぁ……」
翡翠色の瞳を見開き、思わず嘆息を漏らすリディア。諦めかけていた母親の形見が、完璧な形で目の前にある。
セシルの言っていた、エッジは腕のいい職人だというのは、本当だった。
エッジはぽりぽりと頭をかきながら、
「一応見本見て頑張ってみたんだけどよ、もし気に入らなかったら、ゴメンな」
その言葉を聞き、リディアはふるふると頭を振った。
「……すっごく上手だよ、エッジ。お母さんのペン、そのまんまだよ、エッジ……」
「あ、そりゃよかった。結構ヒヤヒヤもんだったんだぜ、それ」
満足そうに笑うが、だがその笑顔はすぐに曇る。
「なぁ、リディア。俺、お前に泣いて欲しくなくて、笑って欲しくてやったんだぜ?だからさぁ……」
男らしい指が、リディアの頬に零れ落ちる涙を拭う。
「だから、さ。泣くなよ」
「……あたし……」
そう、いつの間にやらリディアは泣いていた。
エッジの作ったボールペンを抱きしめ、ハラハラと涙を流している。
エッジは困ったかのように頭をぽりぽりかく。まさか泣かれるとは思っていなかったのだ。
エッジの予想では、
『エッジ、本当にありがとう!』
と、リディアが輝くような笑顔を浮かべてくれるはずだったのに。
『あーもー、俺どうしたらいいかわかんねぇよ!』
泣いている女の宥め方など、エッジは知らない。
しかも悲しくて泣いているわけではないのだろうから、どう宥めていいのかわからない。
ほとほと困り果て、目の前のコーラをグイとひと飲みしたその時。
リディアが向かいの席から自分の隣へ移動してきた。
「リディア?」
彼女の名を不思議そうに呼ぶエッジ。リディアは顔を伏せ気味にしたまま、蚊の鳴くような声で、
「エッジ……ありがと」
「いや、いいって」
ようやく自分の望んでいた展開になったな……と思ったら。
リディアの顔が近付き、自分の口元に柔らかく温かいものが触れた。
『!?』
突然の事で、状況が理解できないエッジ。
えっと、今のって、もしかするともしかして!?
ぽかーんとハニワに変身しているエッジに、リディアはキュッと背中を向けると、
「あたしが出来るお礼はそれくらいだから!」
と、荷物を持って店から出ていってしまった。
勿論、表情なんて見せない。
エッジはいまい起きた事が未だに信じられなくて、少々惚けた様子で自分の口元を指で撫でていた。
「うっそだろー……」
随分とお釣りの多いお礼だ。
2日後。
セシルたちの会社の近くにある居酒屋。
この日エッジは、『先日の急ぎの品物を納めてくれたお礼』で、セシルの奢りで飲んでいた。
「本当にこの前はありがとうね。今日は僕が出すから、いっぱい飲んで!」
エッジのグラスにビールを注ぐセシル。その横でカインが、煙草を片手に携帯電話をいじっている。
どうやら気にしている案件があるらしく、メールで進捗状況を確認していた。
「で、何でそこまでしてカインがいるんだよ」
「お前、帰りはどうするんだ?飲んだ以上は車を出せんだろう」
「セシルがいるじゃねぇか」
「セシルとお前を乗せて、俺が送って行くんだよ!」
どうやらタクシーの真似事をしてくれるようである。
「それはどうも。では、お言葉に甘えて、パァッと飲みますか!」
グラスを空にしていくエッジ。じゃんじゃん飲んで!と、セシルもエッジのグラスにビールをガンガン注いでいく。
その様子をくわえ煙草で眺めていたカインは、
「あまり飲ませ過ぎると、エッジの明日の仕事に支障が出るのではなかろうか……」
と思ったのだが、二人があまりにも楽しそうなので放っておいた。
セシルは鬼のように酒に強い。酒の席になると、妙に生き生きする。
「あー、俺は帰るまで我慢だな」
店内を漂うアルコールや焼き鳥の匂いが誘惑するが、カインは煙草の量を増やす事でやり過ごした。
カインは普段は吸わないが、飲み屋でのみ吸う。
気持ちよくグラスを空にしていたエッジは新しい煙草に火をつけながら、
「あのさ、俺この前、すげーいい事あったんよ」
と、ニヤニヤ笑う。塩ダレもも肉を頬張るセシルは、
「ああ、徹夜明けにリディアのボールペン修理したんだって?さすがだよね。リディア喜んでたよ」
セシルはリディアから喜びの報告メールを受け取っていたのであった。
エッジはさらに得意そうに鼻で笑うと、
「あのさ、俺さ……リディアにチューされた」
「ほぉ……リディアにチュー……」
煙草の灰を灰皿に落しながらカインが皮肉っぽく呟くが、その言葉の意味を0.5秒で理解した彼は指から煙草を落した。
セシルも焼き鳥をくわえたまま、軽く石化している。
「ねぇ、エッジ。今リディアにチューされたって、言った……よね?」
取り敢えず串を皿の上に置くと、確認するかのようにエッジに問う。
エッジはアルコールのせいか、いつもよりも上機嫌だ。
「ああ、口元にチュッとな。ハハハハハハ……」
「にわかには信じられんな……」
ウーロン茶でのどの渇きをやり過ごすカイン。
まさか、まさかあのリディアが、エッジにチューをするなど!
いくらボールペンのお礼とはいえ、エッジにチューをするなど!!
だがエッジは二人の視線など気にした様子もなく、ビールを楽しみ、焼き鳥を平らげる。
「あ、信じても信じなくてもいいぜ。リディアが俺にチューしたのは、マジなんだからなぁ!!」
「精々サツの世話にならんように気をつけろよ。高校生に手を出すのは淫行になるからな」
「言ってろ!!」
カインの嫌味も、今のエッジには犬の遠吠えでしかない。
世の中、幸せになったものが勝ちなのだ。
作品名:晴れた日の過ごし方 2 作家名:あまみ