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木吉ケリー
木吉ケリー
novelistID. 47276
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≪2話≫グリム・アベンジャーズ エイジ・オブ・イソップ

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 ここに至ってようやく村人たちも3人が泥棒だと気がつきましたが、何故だか踊ることの方が大事に思えて誰も3人を止めようとしません。それどころかライアーの魔法ですっかりおかしくなった村人たちは、ホッパーが演奏を止めても自分たちで歌って踊り続けたのです。文字通り嘘に踊らされ、血塗れになっても骨が折れても身体を揺らし続ける様は、まるで地獄の業火に焼かれてのたうつ亡者たちのようでした。
 3人は目ぼしい金品を奪うと、一番大きな家に泊まって夜を明かすことにしました。食卓には食べかけの料理と酒が残っていたので、3人で責任をもって片付けてあげます。
 ライアーがホッパーにワインを注いであげ、協力に感謝します。今回一番働いたのは、村人たちに負けず劣らず死に物狂いでバイオリンを弾いたホッパーで間違いありません。
「兄貴のバイオリンは流石だぜ。これで俺も少しは腹の虫が収まったよ」
 乾杯して一息にワインを呷り、ライアーが上機嫌でホッパーを称えます。ようやく溜飲が下がったのか、声にはいつもの明るさが戻っているようでした。
 村に着いてからというもの、ホッパーは時折ライアーの笑顔が歪な仮面のように見えることがあったのです。狼や熊が牙を剥いた時に笑っているように見えることがありますが、ライアーの場合はその逆でした。笑顔の奥では村人たちへの激しい憎悪が牙を剥いていたのかもしれません。ライアーが単なる悪戯好きのオオカミ少年という以上の危うさを秘めているように思えてなりませんでした。
 あまり出番の無かったマッチは1人だけ浮かない顔で、お皿に残っていた豆をフォークで弄っていました。
「あんたたち2人とも、やることが回りくどいのよね。どうせならもっと派手に暴れなさいよ、男らしく」
 言われてみれば、怒りの炎ですべてを焼き尽くすマッチの魔法が一番小細工抜きで男らしいかもしれません。今回のライアーの作戦では有り余る魔力を発揮する場面が無く、農場を襲った昨日とは打って変わって不完全燃焼といった面持ちでした。
「次は私の番よね。面倒くさい作戦は抜きで、手っ取り早く済ませてあげる」
「殺しは無しだぞ。分かってるのか?」
 ホッパーが釘を刺すと、マッチは不愉快そうにホッパー目掛けて豆を弾きました。
「分かってるわよ。一番年上だからってリーダーぶらないで」
「別にそんなつもりはない。ただ少なくともお前より俺の方が冷静だ」
「それが気に入らないの。あんた本当に復讐したいと思うほど世の中のこと憎んでるの?」
「当たり前だ。ここの村人のことだって、本気で許せないと思ってバイオリンを弾いてやったさ。ただ俺自身の復讐は済ませてるから、少し落ち着いただけだ」
「そうだぜマッチ。俺も今夜は久しぶりにぐっすり眠れそうな気分だ。レディファーストにできなくて悪かったけど、お前も糞親父に仕返しすれば一息つけるさ」
「それで、その後はどうするの?こんなちんけな盗賊ごっこを続けるつもり?」
「そりゃああれだよ、たまに昨日の農場を襲って食い物を奪って、それから、なあ兄貴?」
 ライアーに苦し紛れに話を振られ、ホッパーも目を泳がせました。腹が減ったらアントンの農場を襲えばいいというくらいで、それ以上のことは何も考えていませんでした。何となくこのまま3人で楽しく暮らせていければいいとだけ思っていたのです。
 男2人に何の当ても無いことを知り、マッチは嫌味ったらしく溜息をつきます。
「何でもいいけど、私は志の低い男と付き合うつもりはないの。折角こんな凄い力を手に入れたんだから、もっと大きなことがしたいわ」
「そいつは同感だ。どうせならもっとでっかく稼ぎたいよな」
 ライアーも頷きます。いまだに聞こえてくる村人たちの歌声と悲鳴が、ライアーを悪党として一回り大きくしたようです。確かにホッパーもアントンの農場を襲ってばかりいるのも手応えが無いと思い始めていました。
「言っときますけど、私はずっとあんたたちと組むつもりはないですからね。面白くないと思ったら抜けさせてもらうから」
 言うだけ言うと、マッチはパンを掴んで寝室に引っ込んでしまいました。今夜は一緒に食事をするつもりもないようです。昨日はあんなに楽しく3人で勝利を喜び合ったのに、女の子というのはこうも気が変わりやすいものなのかと呆れてしまいます。
「気にするなよ兄貴。きっとあれの日なんだ」
「あれ?」
「ああ、いや。女の子には毎月ちょっと機嫌が悪くなる時期があるのさ」
 ホッパーは獣の腹の中に何がどう詰まっているかは目隠しをしていても分かりますが、森で1人で暮らしていたせいで女性の身体の仕組みについて知る機会なんてありませんでした。ホッパーが思ったより世間知らずだと気づいて、ライアーはちょっと親しみを覚えました。
 あれだけマッチに拍車をかけられたというのに、ライアーはマッチの町で一儲けしたら女を買いにいかないかとホッパーを誘い始めました。聞きかじった艶話をお得意の嘘で自分の武勇伝のように語り、初心なホッパーを引きずり込もうとします。女を知らない悪党なんて確かに格好悪い気もしますが、ホッパーは何故だか金を払ってまで名も知らない女が欲しいとは思いませんでした。誰でもいい、という気分にはなれなかったのです。
 結局これからどうするか一言も話し合わず、2人も夕食を食べ終わるとベッドに横になりました。もちろん強盗に押し入った家のベッドですが、そんなことはお構いなしに村人たちの歌を子守唄代わりにしてぐっすりと寝息を立てます。こんなに図々しい押し込み強盗はこの国始まって以来でしょう。
 翌朝目が覚めると村人たちの歌は聞こえなくなっていました。広場で踊っていた村人たちは1人残らず力尽きてその場に倒れ、まるで壮絶な虐殺が行われた戦場跡のように死屍累々と横たわっていたのです。遠目にはピクリとも動かず死体のようにしか見えませんでしたが、幸い命を落とした者は誰もいないようでした。ですが寝返りを打ったりイビキをかいたりする体力すら残っておらず、皆すっかり虫の息です。
「七日七晩踊るんじゃなかったのかよ、嘘つきめ」
 蛆虫でも見下ろすように冷たい目を向け、ライアーが気絶している村人の身体を杖で小突きました。よく見るとその男は足首の骨が折れて肉を突き破っていましたが、ライアーの眼差しには一片の同情もありません。嘘つきめというのが、死ねばよかったのにと言っているように聞こえ、ホッパーはライアーの恨みの深さを思い知らされました。
 仕方なくホッパーがドクターのドの音を弾いて、村人たちの怪我を治してやります。バイオリンから溢れた青白い光が広場を包み、飛び出た骨も、割れた額も、変な向きに曲がった腕も、すべて元通りになりました。
 しかし怪我は治せても体力を回復することはできないので、もうしばらくこのまま寝かせておくしかありません。マッチも念のため火の玉を幾つか浮かべて漂わせておき、凍死する者が出ないように広場を暖めておきます。
 昼になれば目を覚ます者も出てくるでしょう。そして昨夜のことが夢ではなかったと気づき、村中が恐怖に震えるに違いありません。その頃には3人の姿はどこにも無く、大事な金品も残らず持ち去られた後なのでした。