≪2話≫グリム・アベンジャーズ エイジ・オブ・イソップ
初めて本物のワインを飲んだというライアーが、真っ赤な顔をして親しげにホッパーと肩を組みます。
「こんなに上手くいくとは思わなかったぜ兄貴!この調子で俺の村と、マッチの町でも一暴れしてやろうぜ!」
「そうよ。あんたの復讐に付き合ってあげたんだから、私たちにも手を貸してもらうわよ」
「それが終わったら、俺はどこまでも兄貴についていくぜ!」
「どうせそれも嘘でしょ?」
ライアーとマッチもすっかり打ち解けた様子で冗談を言い合います。ライアーがどこまで本気か分かりませんが、ホッパーは兄貴と呼ばれて悪い気はしませんでした。この世界に爪弾きにされた者同士、兄弟のように助け合っていければ怖いものはありません。
その日はパンパンに膨れた腹を抱えて焚き火を囲んで野宿し、翌日になってまだ食べ物が残っている内にライアーの村へ向かいました。食べ物は数日分しか奪っていないので、のんびりしている暇はありません。
羊飼いだったライアーの村は牧畜が盛んで、村人の何十倍もの牛や羊が飼われていました。ですが家畜を奪っても処分に困るだけですし、冬場に羊の毛を刈る馬鹿はいませんから特産品の毛織物の倉庫も今は空っぽです。正直アントンの農場と比べると略奪の旨味は少なそうですが、ホッパーはライアーの気が済むように協力してやることだけ考えました。腹が減ったらまたアントンの農場を襲えばいいのですから。
3人は村の近くの森にキャンプを構え、略奪の計画を練ることにしました。顔を知られていないホッパーとマッチの2人が村の様子を窺ってきます。
ライアーが住んでいた家はまだ誰にも手を付けられず、家具もそのままに空き家になっていました。そのことを話の種に村人たちに探りを入れると、ライアーがどれほど村人を困らせていたか、火がついたような勢いで話して聞かせてくれました。村人たちの間では嘘つきのオオカミ少年として有名だったようで、皆厄介者がいなくなって清々しているという様子です。姿を消したライアーのことを心配する声は、結局最後まで聞くことがありませんでした。
アジトに戻って村人の様子を伝えると、ライアーは両手で顔を覆って泣き崩れる真似をしました。
「何て薄情な連中だ!そりゃ散々嘘をついて困らせたけど、こんな惨めな子どもを追い出して喜んでるなんて!悲しくて涙が出る!」
「嘘くさ」
マッチが白けて顔を背けると、ライアーはニヤリと笑って立ち上がりました。
「ああ、嘘嘘。これで心置きなく奴らに仕返しできるってもんだ。ホッパーの兄貴、ここは俺に任せてくれ。どうやって一泡吹かせるか俺が考えたい」
「分かった。だが殺しは無しだぞ」
「当たり前だ。俺も兄貴の考えに賛成だ。一思いに殺すより、死ぬより苦しい思いをさせなきゃ気が済まないよ」
そう言ってライアーは今までで一番活き活きした表情で、村を一望できる岩の上に腰を下ろして作戦を思案し始めました。ですが何故だかホッパーにはその表情が、今までで一番わざとらしく感じられたのでした。
夜になってようやくライアーはホッパーとマッチを呼んで作戦を伝えました。それから3人は旅のバイオリン弾きの一行を装い、陽気にバイオリンを奏でながら村の広場に向かいました。
夕食をとっていた村人たちがバイオリンに気づき、物珍しそうに広場に集まってきます。人垣ができたところでマッチが火の玉でジャグリングをしてみせると、村人たちは見たことも無い芸にどよめきました。
演奏を終えてホッパーとマッチがお辞儀をします。村人たちは拍手喝采で2人の芸を称え、突然の来訪を歓迎しました。そこで頭巾を深く被って顔を隠したライアーが進み出て、両手を上げて村人たちを静かにさせます。
「突然お邪魔して申し訳ありません!私たちは見ての通り、旅のバイオリン弾きと手品師でございます!あまり楽しんでもらえなかったようで心苦しい限りです!」
あの拍手喝采が聞こえなかったのかと、村人たちは訝しんで顔を見合わせます。拍手だけで投げ銭が飛んでこなかったことを皮肉ってるのかと、嫌な顔をする村人もいました。ライアーは気にせず続けました。
「今まであちこちの村を巡ってきましたが、どこに行ってもこのバイオリンを聞いて踊り出さない人はいませんでした。大人も子どもも我慢できずに踊り始めたものですが、どうやらこの村には踊りが得意な人がいないようですね」
踊りが得意な人がいない、というところにライアーの魔法が込められていました。村人たちは聞き捨てならないとばかりに喚き始めます。
「余所者が俺たちの何を知ってるっていうんだ!うちの村はこの辺りでも踊りが上手な人間が多いって有名だぞ!」
「そうだそうだ!さっきはあんたたちの演奏が俺たちの踊りに相応しいか確かめてただけだ!もう一曲弾いてみろ!あっと驚く踊りを見せてやる!」
ライアーは笑いを堪えるのに精一杯でした。この村の人々の踊りは、お世辞にも達者とは言えないお粗末なものだとよく知っているからです。魔法に操られて身の丈に合わない大きなことを言うのが滑稽でたまりませんでした。
ライアーの合図でホッパーが次の曲を弾き始めました。今度の曲はホッパーが知る中で最もテンポが速い曲でした。踊りを生業にする者でも足がもつれてしまいそうな難しい曲ですが、村人たちは踊りが下手だというのが嘘だと認めさせようと必死に踊り始めました。
それは死の舞踏会の始まりでした。何とか曲についていこうと滅茶苦茶に手足を振り回すものですから、隣同士ぶつかり合ってあちこちから悲鳴が聞こえてきました。振り上げた腕に殴られて鼻血を流す者もいれば、転んで引っ繰り返ったところを下手糞なステップで散々足蹴にされた者もいます。優雅に踊っているというより、酒に酔って乱闘でも始めたような目を背けたくなる惨状でした。
ホッパーは踊り狂う村人たちをアントンの農場の連中だと思うと、懲らしめてやるのが楽しくて楽しくて幾らでも速くバイオリンを弾くことができそうでした。幾らライアーが酷い嘘つきとはいえ、家畜をすべて失ったのに助けようともせず村から放り出すなんて、こいつらもアントンと同じ人の皮を被った畜生です。たとえ指が擦り切れても、こいつらの手足が千切れるまで踊らせてやりたい。ホッパーは檻の中の獣を棒で突いて弄ぶように、村人が転げ回る様を嘲笑いながらバイオリンを弾き続けました。
ですが今夜の主役であるライアーの怒りはホッパーの比ではありません。ダメ押しとばかりに声を張り上げます。
「いやあ素晴らしい!皆さんがこんなに踊りが得意とは驚きました!ですが前に立ち寄った村では三日三晩踊り続けてくれましたから、流石にそれには敵わないでしょう!」
「へっ!三日三晩くらいで偉そうにするなって伝えて来い!俺たちは七日七晩踊ってやるぜ!」
顔を腫らした男が威勢よく言い返します。他の村人たちも一緒になって張り合い始めました。ライアーはそれを聞いて不気味に低く笑うと、ホッパーとマッチを連れて広場から離れていきました。そして村人たちが見ている目の前で、ちょっとトイレでも借りるように堂々と家に押し入って食べ物や金品を奪い始めたのです。
作品名:≪2話≫グリム・アベンジャーズ エイジ・オブ・イソップ 作家名:木吉ケリー