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テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2

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1 殉教者と法の番人、ローレライ教団


 ティア・グランツ。齢は二十、ローレライ教団の自治組織である神託の盾(オラクル)騎士団に所属。階級は謡長。その性格はまさに冷静沈着、属性譜術と譜歌の扱いに長けており、過去の身内の汚点を揶揄する声もある中で数々功績を打ち立て、教団内でも多くの信頼を得ている。それらの実績や実力を考慮すると謡長という階級は低すぎるのだが、彼女自身が昇進を望まず今の位置になる。そんな彼女は今、
「──────なあティア」
「……何!」
 とても怒っていた。
「ちょっと落ち着けよ」
「私は落ち着いてるわ」
 どこがだよ、とため息をつくルークを無視してティアはまっすぐ伸びる回廊を突き進む。
 ここはダアト、ローレライ教団の総本山。ザレッホ火山というオールドラントでも有数の活火山の麓に位置する街の中、巡礼の聖地でありその象徴である教会内にティアの靴音が高く鳴り響いていた。すれ違う教団員達が何事かと振り返るが、ティアを止めるものは誰もいない。いや、止められないのだ。後ろを歩くルークから今のティアの顔は見えないが、周囲の反応から余程鬼気迫るものなのだろうと想像できる。
 普段感情があまり顔に出ない彼女にとって、それは非常に珍しいことだった。事の発端は数刻前、ベルケンドを発つ直前からの出来事だ。

「飛晃艇というのはこの一機だけなのか?」

 ルーク達の尽力により瘴気集合体(コンタギウム)から解放され病から覚めた患者たちの中で、経過が良くアルビオール搭乗が許された者が数名、ジェイドに連れられやってきた。ルーク達の目的地がダアトであるため、患者たちもダアトへ帰還する人物だけが集められている。その一団の中から声が上がったのは、いよいよアルビオールに乗り込もうという時だった。
「どうかされましたか」
 見ればジェイドが一人の男と対峙していた。ティアについてルークも彼らに近づく。男は恰幅の良い中年男性で、身につけた司祭服からローレライ教団の関係者であることがすぐにわかった。ティアが神託の盾騎士団の制服を身につけていたからか、こちらを一瞥するとふんと鼻を鳴らしてそれっきり視線を寄越さなかった。それだけのことだが、ルークの心象を損なうには十分だった。
「機内はこの場にいる全員が乗り込んでも余りある広さですが、何かご不満が?」
 ジェイドが問うと、男は顎を上げ、やたら高身長なマルクト軍人のことを睥睨しながら答えた。
「そうではない。私はあれと同行しなければならないのかと言っているんだ」
 あれ、と言った時に男は後方、少し離れた位置に立つ人物を親指で示した。
「あれはレプリカだろう。何故人間もどきと私が同じ扱いなのだ?」
 ぞっと背筋が粟立つ。くらり、と視界がぶれるような感覚にルークは前を向いていられない。
 人間もどき。言い放った男は一切悪びれず、腕を組んでふんぞり返っている。幸い言われた側に男の言葉は届かなかったようだが、聞こえなければ良いという問題ではない。
「あなた─────」
 耐えかねたティアが一歩踏み出す。しかし彼女の前にガイの腕が割り込み、ティアは声を詰まらせた。何故止めるのか。ティアがきっと強い眼差しでガイを見上げるとそのガイも険しい表情をしていた。小さく首を横に振るガイを見て、ティアは渋々踏み出していた足を下げた。
「配慮が足らず、申し訳ございません」
 ルーク達の目の前で、ジェイドが静々と頭を下げる。驚くティアと、表情を変えずその状況を見つめるガイ。
「ご希望とあらばすぐに別便をご用意致します」
 ジェイドの態度に男は満足げに口角を上げ、鼻を鳴らす。ふんぞり返りどんどん上がっていく男の顎に比例するようにティアの眉尻もつり上がっていた。
「飛晃艇ほどの速さはありませんが、客船で七日かかる行程を二日半で進む高速船です。神託の盾騎士団員が随行しますので身の安全も保証できますし、個室もご用意できます。如何でしょう?」
「ふん、いいだろう」
 最初から用意しておけば良いものを、と嫌味を残した男は傍に控えたマルクト軍人に促され、上機嫌でルーク達に背を向け歩き出した。
 男とある程度の距離が出来た所でジェイドがルーク達に近づきながら肩を竦めた。
「ああいう輩はなかなか減りませんね」
「良かったのか」
「何がですか?」
 ガイの指摘ににっこり満面の笑みでジェイドは返す。
「個室の仕切りは鉄格子だって言わなかっただろ」
「私は彼の要望通り特別待遇をご提供しただけですから。多少の揺れや個室のグレードなんて些末なことでしょう」
 ジェイドが話していたのは神託の盾騎士団の擁する罪人移送用の軍用船であったことに気付いたティアの肩は少し落ち着いていた。しかしまだ完全に納得した訳ではないことを訴えるように、その表情は険しかった。
「なるべく荒れた船旅になってくれることを願おう」
 ガイのフォローに対し、ティアは小さく頷いた。
 今やこの世界で、レプリカに対して「レプリカだから」という理由での差別的発言や誹謗中傷は立派な犯罪行為だ。レプリカを奇異とする世間の目は最初と比較すればかなり緩和されたが、まだ完全に無くなったとは言い難い。世界に突如放り出されたレプリカ達を保護するため、この二年で数々の法が整備されたがそれを逆差別だと指摘する声も上がり、両者の溝はなかなか埋まらなかった。
 顔が俯いたままのルークの手にティアが遠慮がちに触れた。ともすれば泣きだしそうな、しかし泣いていいのかも分からないと戸惑っているような顔がティアに向けられる。
「ごめんなさい」
 こんな世界を貴方にだけは見せたくなかった。隠し通すことができるとは思ってなかった。だからこそ、貴方が帰ってくるまでに誰もが生きやすい世界にしておかなければならなかったのに。どうして間に合わせることが出来なかったんだろう。
 様々な謝罪をその一言に乗せた。全てを解したように、ルークは首を横に振り、平気だよと笑った。その笑顔があまりに痛々しくて、今度はティアが泣きそうになる。
 しかしそれは許されない。今のやり取りにただならぬものを感じた人々がざわめきだしていた為、急ぎ搭乗を行わなければならなくなった。幸い道中それ以上の騒ぎは起こらず、半日の航行は無事に終わった。しかし、その間もティアの表情は暗いままだった。
 ティアはその移動時間を教団への報告書作成にあてた訳だが、出発時の出来事が脳裏に横切る度筆が鈍り思うように作業は進まなかった。最初感じた悲嘆は次第に苛立ちに代わり、ダアトへ到着する頃にはどうしようもない怒りに昇華していた。今はその怒りをぶつけるように書きなぐった報告書を教団の各所へ届けている所なのだが、ルークは同行を申し出たことを少し後悔していた。ただでさえ気を使う状態だというのに、行く先々でティアの機嫌を損ねる事態が大なり小なり起きていたからだ。悪化の一途を辿るティアの機嫌。その背中を見て、隣を歩くガイに目配せするとやれやれと肩を竦め、ルークはため息と共に肩を落とした。