テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2
「精霊のことは僕も勉強してみるね」
「ああ。どっかでそれっぽいの見かけたら連絡してくれよ」
「そんなに簡単に見つかるかなぁ」
じゃあね、とフローリアンは笑って手を振り、既に先を歩いていたアニスの隣まで駆け寄った。そうして並んで歩くと二人の身長の差が如実になる。頭ひとつ分フローリアンの方が高く、二人で話すとアニスの方が彼を仰ぎ見るような恰好になっていた。
後ろ手に組まれたアニスの手からぶら下がる手提げの揺れ方が、彼女の機嫌が少しだけ良くなっていることを教える。
「じゃあ、俺たちも戻るか」
年少組の背中を感慨深く見送っていると、ガイがルークの背に声をかけた。振り向くと、ノエルの手には小さな紙袋。胸の位置で掲げられたそれは、訳あって同席できなかったもう一人の仲間への手土産だ。アニスが持つものと中身はほぼ同じだが、喜んでくれるだろうか。
「ティア、部屋にいるかな」
「もう流石に戻ってるだろ」
でなければ明日に響くから迎えに行ってやろうとガイが空を見上げる。星の位置から時間を測っているのだろう。ルークもつられて上をむくが、彼にはそんな芸当はできないので、ただ星がよく見えるほど晴れていることだけがわかった。
とはいえ、店を出る直前に見てきた時計は既に八時を回っていた。ティアと別れて優に四時間は経っている。未だに報告書と向き合っていたとしたら、確かにそれは彼女の体に堪えそうだ。
アニスの話では、瘴気集合体に取り憑かれていた預言士は未だ目を覚まさないままだが、アルビオールに乗せる分には問題ないとのことなので、軍医を同行させた上で明朝出立することにしたのだ。こちらの調べ物も殆ど終わっているし、アニスも今日一日で溜まっていた仕事が随分片付いたと晴れやかに語っていたので少し急だが善は急げと決めてきた。ティアには全く相談出来なかったが、彼女はこういった事で不満を抱くような性ではないので問題ないはずだ。
先日から宿泊している宿屋の前に着くと、ルークはその外壁を見上げた。三階の角から数えて二番目の窓、ティアとノエルが使っている部屋の位置。カーテンは閉まっているが、中の明かりがついていることはわかった。ティアはきちんと帰ってきているようだ。
正面玄関の扉をくぐると、フロントに立つ宿屋の主人から「お帰りなさいませ」と会釈を受けた。今朝方の騒動を軽く侘び、ルーク達は階段を登る。三階、ノエルが部屋へ続く廊下までたどり着くとルークは彼女に振り返った。
「じゃあノエル、また明日」
おやすみ、と言って更に階段を登っていく。
「あっ、ルークさん……」
彼を呼び止めるだけの言葉がとっさに見つからず、「おやすみなさい」とだけ小さく返したノエル。ルークの背中が見えなくなった後、戸惑い気味に手元に視線を落とした彼女にガイが声をかけた。
「あいつも欲が無いな」
ノエルがその顔を見上げると、呆れて笑うガイと目が合った。
「ルークさんから渡した方が、ティアさんも喜ぶと思うんですけど」
「そんなことはないだろ。ノエルから貰ったって同じくらい喜ぶさ」
「……そうでしょうか」
不安げに首を傾げるノエルを見て、ガイはこっそり表情を緩めた。ルークから貰った方が嬉しいはず、と思うのは、他ならぬノエル自身が「自分ならそう感じる」からだ。
ガイはその理由にも疾うに気付いているが、だからといって口にすることは無い。自分が口を出すべきではない事だと彼も解っている。
「明日は早い、二人ともなるべく早めに休めよ」
「あっ、はい」
ノエルに軽く手を振ると、ガイはルークを追って階段の続きを登る。背中でノエルも歩き出したのを感じ、ガイは微笑みながらフッと息をつく。夜、とはいえ寝るにはまだ少し早い時間。ちょうど良い閉鎖空間に年頃の女子が二人、部屋には日持ちしない茶菓子。この後、女子部屋では夜会が始まるだろう。念の為釘を指したが、そんなものにはほぼ効果は無く、深夜までお喋りに花が咲くに違いない。
翌朝、目の下にクマを作って部屋から出てくる女性陣を想像したがすぐさまガイは首を振る。彼女たちは片や軍人、片や飛晃艇操縦士。どちらもその道のプロだ。睡眠不足で仕事にあたり、支障を出すような事はしない。
(俺が足を引っ張るわけにはいかないな)
こっそり一人で飲み直そうか、などと考えていた自分を戒め、ガイも今夜は大人しく部屋へ向かった。
結果、この判断は功を奏す。翌朝、それも早朝と言っていい時間に一行は目を覚ますことになる。
眠りに沈んでいたルーク達に朝の到来を告げたのは物々しく扉を叩く音とアニスの呼び声。まだ半分寝た頭でガイが錠を外し扉を開けると、部屋に転がり込んできたアニスが声を絞り出した。
「──────ごめん」
肩を上下させながら、悔しさで顔を歪めるアニスを見て、ルークもガイも事態の重さに気づき始める。
「あの預言士…………死んじゃった」
それを聞いて真っ先に感じたのは悲愴や憤りではなく、突然の訃報への違和感。
何かが、動いている。
ルーク達は身支度もそこそこに宿を飛び出した。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2 作家名:古宮知夏