テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2
「閣下」
セングレンはルークの前まで来ると、
「早朝から御騒ぎ立てして申し訳ございません」
流れるような柔らかい所作で、膝を落とし腰を曲げ、頭を垂れた。纏う装束の衣擦れがしゃらりと鳴り、耳をくすぐる。
「我らが同朋の為にわざわざ足をお運びくださった事、感謝致します」
するり、とセングレンの背に流れる薄紫の長い髪が肩口から落ちた。それすらも計算のうちかと思うほど、彼の仕草は全てが美しく、そつがない。彼の伏せられた睫毛が震え、開かれた瞳がルークを映した時、思わず見入っていたことに気づきはっとした。
「皆様は彼にお聞きになりたいことがお有りだったのでしょう。……お力になれず、面目ございません」
「そんな……これは誰のせいでもないですから」
ルークの応えに安心したのか、セングレンがふっと微笑む。有難うございます、と再び頭を下げた後、ゆるゆると立ち上がった。
「して……その代わり、という訳では無いのですが」
セングレンが傍に控えていた教団員を一人呼び寄せ、何かを受け取るとルークを正面に見据えて言った。
「昨晩、ティアの報告書を読みました。皆様は、ナタリア姫誘拐の首謀者として、銀髪の女性の行方を追っているのですよね」
「なにかご存知ですか」
一歩身を乗り出して訊ねたのはティア。彼女の逸る気持ちを嗅ぎとったのか、セングレンはティアを宥めるように目元を細め、またルークに向き直って語り出した。
「以前、エルドラントの調査隊から受けた報告に同じような目撃証言があったのです」
「エルドラントで?」
エルドラントとは、フォミクリー技術によって人工的に生み出されたホド大陸のレプリカだ。出現した経緯が複雑なので、大陸を作ったヴァンとの戦いの後、どの国にも属さない無主地となっている。現在は生態系の保護と観察を目的に、ローレライ教団、もとい神託の盾(オラクル)騎士団や各国の軍から時折派遣される調査隊が出入りしている程度で、人が住むことはおろか、勝手に立ち入ることもできないはずだ。
「教団から派遣した者が、エルドラントの奥地で人影を見たそうなのです。それも遠巻きに一瞬見ただけで、その後周辺を捜索しても見つからなかったそうですが」
先程受け取った手元の資料を探り、目的の箇所にたどり着いたらしいセングレンは「ああ、やはり」と呟いた。
「その人影の特徴が、印象的な長い銀髪を持つ女性であった、と記述があるのです」
「銀髪の……」
ルークの脳裏に、フェレス島で対峙した女性が思い浮かぶ。
「場所が場所ですから、報告を受けた当初は目撃者の見間違いだと判断されたのですが。ティアの報告書を読んだ時、ふと思い出しまして」
「それ!」
突然声を上げたルークに、皆の視線が集まる。一瞬物怖じしたが、それでもルークは引かずに続けた。
「……詳しく教えてもらえますか」
思わぬルークの食いつき様に驚いたセングレンは何度か目を瞬かせたが、真剣なルークの表情を見るうちに感じるものがあったのか、ふいにふわりと微笑んだ。
「もちろんです─────と、言いたいところなのですが」
床に視線を落とし、眉尻を下げるセングレン。
「残念ながら、これ以上にお伝えできることが殆ど無いのです」
「そう、ですか……」
また空振りか、と肩を落とすルーク。ティアがそんなルークの背にそっと触れる。
「御安心ください、閣下。すぐにエルドラントへ調査隊を派遣する手筈を整えますので」
「調査隊……」
ルークの呟きを聞いたアニスが何かを思いついたように「あっ」と言うと、右手を軽く挙げ、
「セングレン様?」
「はい」
わざとらしく科(しな)を作って訊ねるアニスに対しても嫌な顔ひとつせず、セングレンは笑顔で応える。
「その調査、もうどこから出すか決まってるんですか?」
「いいえ、そこまではまだ。昨日出た話ですから、詳細はまったく……」
「そっか〜、そうですよねぇ」
そういいながら、アニスがちらりとルークに視線をよこす。その意味を何となく感じ取ったルークもそうか、と頷く。
「その調査、俺たちが行っちゃ駄目ですか」
「閣下……自ら、ですか?」
セングレンが目を丸くする。それも当然、彼にとってルークはキムラスカ王国の王族。それも次期国王ときている。そんなルークが自らエルドラントのような人の手の入ってない僻地へ赴くと言うのだから驚くのも無理はない。
しかし、
「そうだな、例の女性を見てるのはルークだけだし」
「真偽はどうあれ、直接確認するのが早いものね」
ルークを取り巻く面々は一切疑問を抱くことも無く受け入れている。ルークをよく知る彼らにとってはなにも不思議なことではないのだ。
少し前までは何も知らず、与えられる物だけで自分を作ってきたルークは、ある出来事をきっかけに様々な経験をした。経験の中で、自らの目で見て、考えることの大切さを身をもって知った。故に、今の彼は知識や情報といったものの為に労力を割くことを全く厭わない。
それを仲間たちは知っており、そして好ましくも思っているのだ。
「一応、エルドラントは入ったこともあります。危険は侵さないつもりです、たとえ何かあっても責任は自分で負います」
ですから、となお言い募るルークに、セングレンが手のひらを見せてその口を止めさせた。
「……わかりました」
セングレンは何か考え込むように伏せていた目を開き、にっこりと微笑んだ。
「立入許可証の準備を致しましょう。今日中にはご用意出来るはずです」
「……ありがとうございます!」
よかった、やったねと小さく喜び合うルーク達。その様子を前に、セングレンはまた目を細めた。
「どうか、ご無理だけはなさいませんように」
「あ……はい。気をつけます」
「お任せ下さい。ル……閣下のことは我々がお守り致します」
ティアが先に、続くようにアニスが隣に並び、教団式の礼をとってセングレンに跪いた。対するセングレンは笑顔を湛えたまま頷き、胸の前で手を組む。そのまま教典の挿絵になるのでは、と思わせる程の美しい立ち姿で、セングレンは祈りを捧げた。
「皆様に始祖ユリアの御加護があらんことを」
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2 作家名:古宮知夏