テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2
『またお前らだけ愉しそうなことに首つっこんで。こういう時、いっつも俺は蚊帳の外。寂しいぞ、俺は』
「報告は以上です。では陛下、許可証の件だけご留意ください」
『あっ、おいジェイド──────』
プツリと音を立て、通信が切れる。自国皇帝との通信を自ら切断する軍人なぞ、世界中何処を探してもこの男以外いないだろう。「面倒だった」という空気を一切隠さず首を回すジェイドの背中を見ながら、ガイは思った。
「というわけですので。グランコクマへは私も同行します」
「そりゃ、こっちは構わないが。瘴気の研究はいいのか?」
「ええ。ここからしばらくは私の出る幕はなさそうなので」
そうか、とガイは頷く。先程の通信の内容を掻い摘んでも、ジェイドの言葉に嘘はなさそうだと思えた。
「予想外に時間を取られましたね。そろそろ出ましょうか」
皇太子様が待ちくたびれているでしょうから、とジェイドは付け加えた。もちろんこれはルークのことだ。今、彼は女性陣と外で待機している。
二人がいるのはマルクト帝国の領事館。軍が管理する通信網を使い、ガイとジェイドはそれぞれ本国へ報告を送っていたのだが、どこから聞きつけたのかその回線は途中乗っ取られた。軍の回線が外部から乗っ取られるなど本来あってはならないが、その相手が現マルクト帝国皇帝、ピオニー皇帝陛下であったのでジェイドも付き合わざるを得なかった。
退屈しのぎにちょうど良い悪友と家来が手元を離れ数ヶ月。鬱憤が溜まっていたのかピオニーの饒舌ぶりは日頃の五割増し。あのジェイドにすら話を切る隙を与えず、想定外に長時間拘束されてしまった。今頃ルークは待ちくたびれて路上に座り込む寸前だろう。
皇族にそんな醜態を晒させるわけにはいかないと焦るガイの気持ちなど汲むはずも無く、廊下を歩くジェイドの足取りは普段と何ひとつ変わらない。しかし僅かに捉えた横顔は、何か考え込んでいるようにも見えた。原因は十中八九、ピオニーとの通信だ。後ろで聞いていただけのガイに会話の詳細は掴めなかったので、何か無理難題でも吹っかけられたのかもしれない。
問うべきか、それともやはり触らぬ神になんとやらで黙っておくべきか。ガイが密かに悩んでいると、意外にもジェイドの方から口を開いた。
「ガイ。『あの子』のことを何かで本国へ報告しましたか?」
あの子?
最初、誰のことを言っているのかわからなかったガイは『あの子』に該当する人物を記憶から手繰る。それは割合、すぐに思い至った。
「リヴのことか」
ジェイドの目がわずかに眇られる。どうやらアタリだったようだ。
「……なぜか今日、陛下の口からその名前が出たんですよ」
そう言うという事は、ジェイドは敢えてピオニーに伏せていたのだろう。さもあらんとガイは思う。
(陛下に彼を知られて、無事に過ぎるとはとても思えないからな……)
どこまでの情報がピオニーの耳に入っているのか定かではないが、その容姿について何かひと欠片でも伝わっているのであれば放ってはおかない筈だ。
大人びた印象をうける切れ長の瞳に、青みがかったプラチナブロンド。何より特筆すべきは、それとあまりに似通った顔貌を持つ男がここに一人いることだ。
「我が身の為に言っておくが、俺は何も言ってないぞ」
「ですね。それはわかりました」
ということは……と眼鏡の奥の瞳が鋭さを増した。心当たりが一人いるのだろう。それはきっと、ガイの頭にも浮かんだいつも騒がしい細身で白髪の物理学者だ。可哀想に、この後問い詰められた末ものすごく酷い目にあうのだろう。
(強く生きろよ、ディスト……)
瞑目し、その身に起こるであろう不幸を先に偲んでおいた。
「本当に、面倒な事になりましたね……」
その呟きでガイにもジェイドの悩みの種の正体が推察できた。
リヴを連れて戻ってこい。
それが国軍在籍のジェイドに下された、唯一にして最上権威を持った雇主……皇帝陛下からの勅命なのだ。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2 作家名:古宮知夏