テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2
ルーク達はジェイドの言葉に従って領事館へ赴いた。キムラスカ王国軍の本部宛に文書を認(したた)めていると領事長が執務室からすっ飛んできた。
本国の王太子がベルケンドを出入りしていることは学者伝いに報告が入っていたのだろう。
「先日はご挨拶にも伺えず、申し訳ございませんでした!」
と再三頭を下げられた。むしろ挨拶に出向くべきだったのはルークの方で、そこを失念し無断で研究施設にまで入り込んでしまったのは軽率だったと気付いた。
領事長からして見れば、王太子が抜き打ちで査察にやってきたように感じただろう。そんな意図は無かったことを弁明し、バチカルへの伝信だけを頼んでその場を後にしようとしたのだが、なかなか誤解は解けず予想外に滞在時間を延ばしてしまったのだった。
* * *
「じゃ、殿下。ひと仕事お願いしましょうか」
仕事? とルークが首を傾げる。
つい先程ひと仕事終えてきたばかりなのだが、と目で訴えるもレヴィンは軽く顎を上げるだけでその反意を跳ね除けてしまった。
言われていた通り、領事館を出たあと音素医療研究施設のエントランスへ戻ってくると、レヴィンとジェイド、そしてアニスが既に揃ってルーク達の帰りを待っていた。ルークの姿を見るや否や前置きも無しに用件を伝えてきたレヴィンに対しては、呆れを通り越しもはや尊敬すら覚える。
「お好きでしょう、人助け」
フッと人を小馬鹿にしたような笑みに棘のある言葉。これが彼の癖なのだと、ルークにもわかりはじめていた。
大人しくレヴィンの背中について行くと、辿り着いたのは研究棟の角、大部屋と呼べる広さの病室。ベッドのみが並ぶ殺風景な部屋の隅で、資料を抱えたマークが右往左往していた。
「今回瘴気集合体から解放してもらいたいのはこの四人だ」
四人、とルークが小さく繰り返す。レヴィンは一番近くの患者の顔を覗き込みながら、ルークが感じた違和感の正体を代弁し始めた。
「これまで馬鹿みたいに運び込まれてた罹患者がここ最近、めっきり減っててな。一体何の影響なのやら……」
その時レヴィンがほんの一瞬だけ顔を上げたが、何を見たのかまではルークには分からなかった。
「ここにいるのは罹患期間が長くなってきちまったんで、体力的な懸念が出てきてる奴らだ。研究対象が減るのは痛いが人命優先。致し方なくルーク様にお願いしたいわけよ」
さくっと頼むわ、とあっけらかんに言うと、レヴィンはさっさと部屋から出てしまう。マークも慌ててその後に続いた。
「四人分くらいなら一気に行けるかな」
ルークが背後を振り返り、ティアに抱えられたフィフィを見やる。答える代わりに、フィフィはするりとティアの腕から抜けると音もなく床に降り立ち、ぶるぶると身を震わせた。
しゃなりしゃなりと歩いてルークの横まで来ると、一度立ち止まってルークの顔を見上げた。大きな蒼い瞳がぱちりと瞬きをする。ルークがその意図を汲み取るのを待たず、フィフィはぐっと身を屈めて床を蹴った。
着地した先はベッドの上。ひとつ、ふたつと次々に飛び越えていく。四つ目のベットを踏みしめた後、ふわりと床に降り立つと「あとは任せた」と言わんばかりに尻尾を大きく一度振った。フィフィはゆっくりとした足取りでルークの方へ戻ってきているが、既にベットからは暗紫色の霧が立ち上り始めていた。
霧が収束を始め、瘴気集合体の輪郭がはっきりしたかどうかのタイミングで間髪入れずルークがローレライの鍵を振る。鳴り響く四つの絶叫。それが消えてしまえば、何の変哲もない病室の光景が戻ってくる。最近の大物との戦いに比べると呆気ないほど簡単に、瘴気集合体の分解は終わった。
「終わったのか」
「みたいだ」
レヴィンに問われ、ルークも床に鎮座するフィフィの顔を見ながら答える。ルークの言葉を肯定するようにフィフィの尻尾が揺れた。病室入口の方では、瘴気集合体の分解を初めて目にしたアニスがなぜなにどうしてとガイやジェイドに掴みかかっていた。
そんな喧騒はそっちのけでレヴィンはベッドの患者の顔を覗き込む。一瞬複雑そうな顔をしたレヴィンはそれを隠すかのように軽く頭を振った。
「このあとは看護師連中に任せよう。アンタらも帰っていいぞ」
そう言って病室を出ようとするレヴィン。ルークの横を通り抜ける際、「お疲れさん」とルークの肩を叩いた。
取り残されたルーク達はレヴィンのあまりに身勝手な振る舞いに閉口する。その中で唯一、ジェイドだけはレヴィンの素っ気ない態度の裏にある子供染みた妬みや苛立ちを汲み取り、くつくつと忍び笑いをしていた。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2 作家名:古宮知夏