≪3話≫グリム・アベンジャーズ エイジ・オブ・イソップ
第3話 マッチ売りの少女
3人は最後の復讐を果たすため、最も遠いマッチの町へ向かいました。ライアーの村を出発したのは朝でしたが、一晩野宿をして次の日の昼にようやく到着です。この距離を歩かされて自分の番が最後になったのですから、2人はマッチが不機嫌になったのも仕方が無いと思えてきました。
ですがマッチの機嫌よりもっと気になることがありました。田舎臭さ丸出しで物珍しそうに町を見回しながら、ライアーがホッパーに話しかけました。
「なあ兄貴。こんな所にこんな大きな町があるなんて聞いたことあったかい?」
「いや、この辺はただの森だったと思う。それにこんな造りの家は見たことがない」
2人はただ町の賑わいに圧倒されていたのではありません。2人の頭がおかしくなったのでなければ、ここに町なんてあるはずがないのです。建ち並ぶ家屋や行き交う人の雰囲気も何となく馴染みが無く、まるで昨日とは違う夢の世界に迷い込んだようなふわふわした感覚に囚われました。
「今更何驚いてるの?この町は何百年も前からここにあったわよ。私はあんな田舎の農場や、家畜ばっかりの村のことなんか知りませんでしたけどね」
よほどの田舎者だと思ったのか、困惑する2人を見てマッチが小憎らしい笑みを浮かべます。馬鹿にされたことで2人は気を取り直し、違和感はとりあえず胸にしまってマッチに遅れまいと後に続きました。
マッチは作戦を話し合うこともなく1人でどんどん通りを進んでいきます。そしていかにも金を溜め込んでいそうな豪邸が建ち並ぶ屋敷街まで来ると、無造作に屋敷に向かって手をかざしました。
ホッパーとライアーにはマッチが何をするつもりか、それこそ火を見るよりも明らかでした。すぐに屋敷から悲鳴が聞こえ、もくもくと煙が立ち上ってきます。暖炉といわず釜戸といわず、屋敷中の火を魔法で一斉に燃え上がらせたのでしょう。
火元を確かめもせず油を注ぐような大雑把なやり方に、ホッパーが呆れて目を覆いました。ライアーも今回ばかりは火事だと叫ばず、町の人々が煙に気づいて騒ぎ始めるのを黙って見守ります。流石にこの規模の火事を嘘だと思わせるのは冗談ではすみません。
マッチは目につく屋敷すべてに魔法をかけ、小さなロウソクの炎さえも暴れ馬のように跳ね回らせました。瞬く間に通りは逃げ惑う人々でごった返し、マッチはその真ん中で高らかに笑い声を上げるのでした。
「おい、殺しは無しだって言っただろ!」
見かねたホッパーがマッチの肩を掴みます。マッチは炎を宿らせたような鋭い目つきでホッパーを睨み返しました。
「ちゃんと加減してるから大丈夫よ。それよりさっさと火事場泥棒でもしてきたらどう?早くしないと全部燃えちゃうわよ」
「兄貴、もうやるっきゃないぜ」
一度火がついてしまったものは仕方がありません。ライアーに促され、ホッパーも腹を括ります。助けに向かう振りをして、金目の物を求めて手近な屋敷に駆け込みました。
加減しているというのは嘘ではないようで、炎はそれほど燃え広がっておらず屋敷の中は少し煙たいくらいでした。2人は装飾品や宝石に狙いを絞って手早く屋敷の中を漁って回りました。どうやって町から逃げるかも完全に無計画なので、出来る限り小さく目立たず、それでいて値打ちがあるものを奪うしかありません。運よく夫人の衣裳部屋で宝石箱が見つかり、マッチをガッカリさせないくらいの収穫を得ることができました。
「兄貴、俺絶対マッチだけは怒らせないようにするよ」
「俺も」
あのライアーが冗談抜きでボソっと呟き、ホッパーも真顔で頷きます。この屋敷だけでも相当な広さだというのに、一度に何軒も放火して同時に炎を操ってみせるなんて、マッチの魔力は底が知れません。何があっても敵に回すことがないよう、これからもマッチの機嫌を取り続けなければならないと覚悟しました。
欲張って逃げ道を失う前に、2人は裏口からさっさと退散しました。町の混乱は酷いもので、真っ直ぐマッチの所に戻れず少し遠回りをしなければなりませんでした。流石にマッチも魔力を消耗したようで、2人の姿を見ると待ち草臥れた様子で魔法を中断し、その場にしゃがみ込みました。
「遅いわよ」
「悪い。道が混んでて」
ホッパーは素直に謝って宝石箱を渡しました。お前が勝手に始めたせいだと一言言ってやりたいところでしたが、わざわざマッチの機嫌を擦って火をつける必要も無いと思いぐっと飲み込みました。
マッチは宝石箱の中身を確かめると目を輝かせます。
「やるじゃない、見直したわ」
「それで、マッチの糞親父はこの辺の屋敷で働いてたのか?」
炎に呑まれ始めた屋敷を眺め、ライアーが心配そうに言いました。マッチは宝石に目を奪われたまま、上の空で答えます。
「いいえ。うちはもっと貧しい地区に住んでたわ。こんなところ歩いたこともないはずよ」
「おいおい、じゃあ何でこの辺の屋敷を襲ったんだ?」
「お金持ちがこの世の理不尽を産み出してるからに決まってるじゃない。こんな綺麗なだけで何の役にも立たない石ころを買うお金はある癖に、寒さに震える可哀想なマッチ売りには目もくれないのよ。偉そうに着飾って町を練り歩いて、いつも奴らの高そうなドレスに火をつけてやりたいって思ってたわ。お金持ちがもっとマシなことにお金を使えば、世の中の理不尽はほとんど解決するはずなのに」
八つ当たりにしか聞こえないかもしれませんが、ホッパーにはマッチの憤りがよく分かりました。金持ちというのは穴の開いた財布を満たそうとするように際限なく金を稼ぐことばかりに執着し、儲けすぎた分を貧しい人々に分け与えようなんてこれっぽっちも考えません。ホッパーを見殺しにした農場主のアントンも、自分さえよければそれでいいという理不尽で利己的な男でしたから、マッチの苛立ちは他人事ではありませんでした。
森に生きる動物たちは、お腹がいっぱいになればそれ以上獲物を襲ったり木の実を突いたりすることはありません。そうやって森の恵みを皆で分け合って生きているのです。
自分が食べきれないほどの食べ物や、使いきれないほどのお金を貯め込んで喜ぶ醜い生き物は、この広い世界でも人間くらいのものでしょう。欲深な連中がいるせいで皆の取り分が不公平になり、今日を生きるだけで精一杯という貧しい人々が生まれてしまうのです。
「人も増えてきたし、さっさと引き上げてそいつを金に換えちまおうぜ」
「何言ってるのライアー。ほとんど奪えなかったからこそ最後まで見て行かないともったいないでしょ?それにこんなに野次馬がいれば目立たないから大丈夫よ」
いつしか通りは火事を見に来た野次馬で埋め尽くされ、前にも後ろにも進めないような有様でした。マッチのように金持ちの不幸を笑いに来た者も大勢いるようで、悲痛な面持ちが半分、笑いを噛み殺したような下品な顔が半分といったところです。
この町の金持ちはよほど人々から恨まれていたのでしょう。マッチだけでなく町の人々の分まで仕返しができたと思うと、ホッパーとライアーも何だか楽しくなってきました。
3人は最後の復讐を果たすため、最も遠いマッチの町へ向かいました。ライアーの村を出発したのは朝でしたが、一晩野宿をして次の日の昼にようやく到着です。この距離を歩かされて自分の番が最後になったのですから、2人はマッチが不機嫌になったのも仕方が無いと思えてきました。
ですがマッチの機嫌よりもっと気になることがありました。田舎臭さ丸出しで物珍しそうに町を見回しながら、ライアーがホッパーに話しかけました。
「なあ兄貴。こんな所にこんな大きな町があるなんて聞いたことあったかい?」
「いや、この辺はただの森だったと思う。それにこんな造りの家は見たことがない」
2人はただ町の賑わいに圧倒されていたのではありません。2人の頭がおかしくなったのでなければ、ここに町なんてあるはずがないのです。建ち並ぶ家屋や行き交う人の雰囲気も何となく馴染みが無く、まるで昨日とは違う夢の世界に迷い込んだようなふわふわした感覚に囚われました。
「今更何驚いてるの?この町は何百年も前からここにあったわよ。私はあんな田舎の農場や、家畜ばっかりの村のことなんか知りませんでしたけどね」
よほどの田舎者だと思ったのか、困惑する2人を見てマッチが小憎らしい笑みを浮かべます。馬鹿にされたことで2人は気を取り直し、違和感はとりあえず胸にしまってマッチに遅れまいと後に続きました。
マッチは作戦を話し合うこともなく1人でどんどん通りを進んでいきます。そしていかにも金を溜め込んでいそうな豪邸が建ち並ぶ屋敷街まで来ると、無造作に屋敷に向かって手をかざしました。
ホッパーとライアーにはマッチが何をするつもりか、それこそ火を見るよりも明らかでした。すぐに屋敷から悲鳴が聞こえ、もくもくと煙が立ち上ってきます。暖炉といわず釜戸といわず、屋敷中の火を魔法で一斉に燃え上がらせたのでしょう。
火元を確かめもせず油を注ぐような大雑把なやり方に、ホッパーが呆れて目を覆いました。ライアーも今回ばかりは火事だと叫ばず、町の人々が煙に気づいて騒ぎ始めるのを黙って見守ります。流石にこの規模の火事を嘘だと思わせるのは冗談ではすみません。
マッチは目につく屋敷すべてに魔法をかけ、小さなロウソクの炎さえも暴れ馬のように跳ね回らせました。瞬く間に通りは逃げ惑う人々でごった返し、マッチはその真ん中で高らかに笑い声を上げるのでした。
「おい、殺しは無しだって言っただろ!」
見かねたホッパーがマッチの肩を掴みます。マッチは炎を宿らせたような鋭い目つきでホッパーを睨み返しました。
「ちゃんと加減してるから大丈夫よ。それよりさっさと火事場泥棒でもしてきたらどう?早くしないと全部燃えちゃうわよ」
「兄貴、もうやるっきゃないぜ」
一度火がついてしまったものは仕方がありません。ライアーに促され、ホッパーも腹を括ります。助けに向かう振りをして、金目の物を求めて手近な屋敷に駆け込みました。
加減しているというのは嘘ではないようで、炎はそれほど燃え広がっておらず屋敷の中は少し煙たいくらいでした。2人は装飾品や宝石に狙いを絞って手早く屋敷の中を漁って回りました。どうやって町から逃げるかも完全に無計画なので、出来る限り小さく目立たず、それでいて値打ちがあるものを奪うしかありません。運よく夫人の衣裳部屋で宝石箱が見つかり、マッチをガッカリさせないくらいの収穫を得ることができました。
「兄貴、俺絶対マッチだけは怒らせないようにするよ」
「俺も」
あのライアーが冗談抜きでボソっと呟き、ホッパーも真顔で頷きます。この屋敷だけでも相当な広さだというのに、一度に何軒も放火して同時に炎を操ってみせるなんて、マッチの魔力は底が知れません。何があっても敵に回すことがないよう、これからもマッチの機嫌を取り続けなければならないと覚悟しました。
欲張って逃げ道を失う前に、2人は裏口からさっさと退散しました。町の混乱は酷いもので、真っ直ぐマッチの所に戻れず少し遠回りをしなければなりませんでした。流石にマッチも魔力を消耗したようで、2人の姿を見ると待ち草臥れた様子で魔法を中断し、その場にしゃがみ込みました。
「遅いわよ」
「悪い。道が混んでて」
ホッパーは素直に謝って宝石箱を渡しました。お前が勝手に始めたせいだと一言言ってやりたいところでしたが、わざわざマッチの機嫌を擦って火をつける必要も無いと思いぐっと飲み込みました。
マッチは宝石箱の中身を確かめると目を輝かせます。
「やるじゃない、見直したわ」
「それで、マッチの糞親父はこの辺の屋敷で働いてたのか?」
炎に呑まれ始めた屋敷を眺め、ライアーが心配そうに言いました。マッチは宝石に目を奪われたまま、上の空で答えます。
「いいえ。うちはもっと貧しい地区に住んでたわ。こんなところ歩いたこともないはずよ」
「おいおい、じゃあ何でこの辺の屋敷を襲ったんだ?」
「お金持ちがこの世の理不尽を産み出してるからに決まってるじゃない。こんな綺麗なだけで何の役にも立たない石ころを買うお金はある癖に、寒さに震える可哀想なマッチ売りには目もくれないのよ。偉そうに着飾って町を練り歩いて、いつも奴らの高そうなドレスに火をつけてやりたいって思ってたわ。お金持ちがもっとマシなことにお金を使えば、世の中の理不尽はほとんど解決するはずなのに」
八つ当たりにしか聞こえないかもしれませんが、ホッパーにはマッチの憤りがよく分かりました。金持ちというのは穴の開いた財布を満たそうとするように際限なく金を稼ぐことばかりに執着し、儲けすぎた分を貧しい人々に分け与えようなんてこれっぽっちも考えません。ホッパーを見殺しにした農場主のアントンも、自分さえよければそれでいいという理不尽で利己的な男でしたから、マッチの苛立ちは他人事ではありませんでした。
森に生きる動物たちは、お腹がいっぱいになればそれ以上獲物を襲ったり木の実を突いたりすることはありません。そうやって森の恵みを皆で分け合って生きているのです。
自分が食べきれないほどの食べ物や、使いきれないほどのお金を貯め込んで喜ぶ醜い生き物は、この広い世界でも人間くらいのものでしょう。欲深な連中がいるせいで皆の取り分が不公平になり、今日を生きるだけで精一杯という貧しい人々が生まれてしまうのです。
「人も増えてきたし、さっさと引き上げてそいつを金に換えちまおうぜ」
「何言ってるのライアー。ほとんど奪えなかったからこそ最後まで見て行かないともったいないでしょ?それにこんなに野次馬がいれば目立たないから大丈夫よ」
いつしか通りは火事を見に来た野次馬で埋め尽くされ、前にも後ろにも進めないような有様でした。マッチのように金持ちの不幸を笑いに来た者も大勢いるようで、悲痛な面持ちが半分、笑いを噛み殺したような下品な顔が半分といったところです。
この町の金持ちはよほど人々から恨まれていたのでしょう。マッチだけでなく町の人々の分まで仕返しができたと思うと、ホッパーとライアーも何だか楽しくなってきました。
作品名:≪3話≫グリム・アベンジャーズ エイジ・オブ・イソップ 作家名:木吉ケリー