≪3話≫グリム・アベンジャーズ エイジ・オブ・イソップ
「なるほどな。確かにこりゃ俺の村の下手糞な踊りより見応えがあるぜ」
「そうよ。このくらい大きなことをしないと、折角の魔法がもったいないでしょう?」
「ああ、参ったよ。マッチのやり方が一番面白かった」
ホッパーは降参して手を上げると、野次馬を追って集まった屋台から焼き菓子を買ってきて2人に奢りました。
マッチの魔法で火を放たれた豪邸は天を焦がすほどの紅蓮の炎に包まれ、断末魔の悲鳴に似た轟音を響かせ次々に崩れ去っていきました。最早黒々と立ち込める煙に遮られ、さっきまでの煌びやかな姿を思い起こすことさえできません。マッチの火で素敵な幻を見るというおとぎ話があった気がしますが、そんな可愛いものではありませんでした。
魔法で火を消し止めることもできたのに、マッチは屋敷がすべて灰になるまで野次馬に混ざって見物していました。そして魂が抜け落ちたように意気消沈する元お金持ちの背中を見て、満面の笑みを浮かべます。
「さあ、明日から頑張ってマッチ売りに立たないとね。可哀想だからバスケットごと買ってあげてもいいわ」
何と残酷な皮肉でしょうか。ですが一瞬にしてすべての財産を失った元お金持ちたちが今夜からどうやって生きていくか、想像するだけで3人は笑いが止まりませんでした。
上手くやればもっと金品を奪えたでしょうが、それを暖炉に捨てるように惜しみなく焼き尽くしてしまうというのが何とも痛快です。それにただ盗まれただけならいつか買い戻せるという希望を持たせてしまいますが、灰になった物は二度と元に戻りません。その絶望の焼き印を強欲な金持ちに押しつけてやったと思えば、これほど愉快なことはないでしょう。
最初はマッチの気紛れに振り回され困惑しましたが、終わってみれば3人とも今までにない高揚感に包まれていました。あれは俺たち3人の仕業なんだと、周りの野次馬に自慢してやりたくてたまりません。もうちんけな盗賊の真似事では満足できそうにありませんでした。
まだ夕暮れまで時間があるというのに、町の空には噴き上がった黒煙が立ち込め真っ黒に曇っていました。それは3人の大悪党の誕生を祝う狼煙でした。金貨を何万枚、何十万枚投じたか見当もつかない、この世で最も豪華で罪深い狼煙です。
そろそろ宿を取ろうとホッパーが提案すると、マッチはまだもう一仕事あると言って宝石店に向かいました。そこで焼け落ちた豪邸の使用人の振りをして、冬を乗り切るため宝石を買い取ってほしいと頼むと、同情した店主は相場よりもちょっと高く買い取ってくれました。店主を騙すのにライアーの出番は無く、ホッパーもライアーもマッチの芝居に驚かされました。女というのは余所行きの顔を幾つも持ち合わせているようです。
その後マッチは金貨がぎっしり詰まった袋をぶら下げ、普段なら門前払いされてもおかしくないほど高級な洋服店に入りました。ここでも焼け落ちた豪邸の使用人を装い、大事な用件で隣町に使いに行かなければいかないのに、使者の務めに相応しい服が全部燃えてしまったと涙を流してみせます。同情した店主は綺麗な模様が入った真っ赤なワンピースをちょっと安く売ってくれました。
マッチはお店で着替えさせてもらい、初めて感じる上等な布地の肌触りにうっとりします。それから店先に飾ってあった赤い靴を指差しました。
「そうだ、服に合わせてこの靴もいただけないかしら?」
「もちろん、お安くしておきますよ」
赤い靴は見本として飾られていたものでしたが、マッチにあつらえたようにピッタリだったので特別に売ってもらえました。店を出たマッチは赤い靴の履き心地と光沢に我を忘れ、人目も憚らずタンタンと踏み鳴らすように歩いてみせます。
「この靴、ずっと欲しかったの!まだ店に置いてあってよかったわ!」
マッチが初めて年頃の女の子相応の明るい笑顔を見せました。ホッパーは歩きにくくないか心配になりましたが、ライアーは珍しく軽口の1つも叩かず照れたように顔を伏せています。
ボロボロの古着で誤魔化されていましたが、マッチはライアーが思っていたよりずっと可愛い女の子だったと気づいたのです。こんな娘が震えながらマッチ売りに立っていれば誰か助けてくれそうなものですが、そんな気にさせるのもお洒落という魔法のなせる業なのかもしれません。
それからマッチは足取りも軽く市場の露店を巡りました。今度は買ったばかりのワンピースと赤い靴を見せびらかし、無事だった屋敷で働く使用人の振りをします。屋敷を失った可哀想な人たちのために炊き出しをすると言って食べ物を求めると、商人たちは同情してちょっと安く食べ物を売ってくれました。商人の1人が親切に荷車を貸してくれたので、荷車いっぱいの食べ物を買うことができました。
ホッパーが荷車を引き、ライアーがそれを後ろから押し、マッチは荷台に乗って優雅にブドウをつまんでいます。ライアーが後ろでひいひい喘ぎながらマッチに文句を言いました。
「おいマッチ、どうしてこんなに食べ物を買い込んだんだ?3人じゃ食べきれないだろ?本当に金持ちどもに恵んでやるつもりか?」
「いいから、このまま真っ直ぐ進みなさい」
マッチに命じられて辿り着いたのは、屋敷街とは正反対の貧民街でした。真っ赤なワンピースを着た美しい娘が荷車に乗って現れたので、ボロを着た貧しい人々が何事かと集まってきます。人々に向かって荷車の上からマッチが叫びました
「さあ皆!お腹が減っているでしょう!金持ちどもから奪ってやったお金で食べ物を買ってきたわ!パンもワインもたっぷりあるわよ!狩人のスープも作るから皆並んでちょうだい!」
人々はどこにそんな力が残っていたのかと思うような力強い歓声を上げ、我先にと荷車に群がりました。
その勢いに驚いたのは何も聞かされていなかったホッパーとライアーです。無数の手に揉みくちゃにされながら、このまま自分が食べられては敵わないと必死に荷車からパンを手渡して皆に配ります。
「どういう風の吹き回しだマッチ!?」
ライアーが悲鳴に近い声でマッチに問いかけました。奪ったお金でお洒落に着飾り念願の赤い靴も手に入れ、次は指輪か首飾りでも買ってお金を使い果たすだろうと思っていたからです。今日までの旅の間で、マッチから施しをするような優しさを感じたことは一度もありませんでした。
「だから言ったでしょ。正しいお金の使い道を世の中に教えてやるの」
意外な言葉でしたが、ホッパーとライアーも施し自体には大賛成でした。3人は世の中の理不尽と戦っているのです。理不尽に苦しめられる人々に奪ったお金をばらまくのは、義賊になったようで気分が良いではないですか。
ただマッチ自身も気づいていませんでしたが、マッチにとっては施しではなく弔いでした。貧しい人々を救うことで、あの夜震えていた可哀想なマッチ売りの少女を弔おうとしていたのです。あの夜の寒さから自分自身を救い出すために、無意識の内にこんな派手な施しを思いついたのでした。
作品名:≪3話≫グリム・アベンジャーズ エイジ・オブ・イソップ 作家名:木吉ケリー