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誰にも君を渡さない 1

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誰にも君を渡さない


その日、まるでオーロラの様な美しい光が地球を包み込み満天の宇宙を照らした。

シャア・ダイクンが起こした叛乱により地球へと降下を始めた小惑星アクシズは、その光に包まれ奇跡的にその軌道を変えた。
そして地球はその危機を免れたのだった。

その奇跡は、一人のニュータイプの青年によって引き起こされた。
しかし、その事実を知るのはごく一部の人間だけであり、ニュータイプの存在に危機感を抱いていた連邦政府はこの事実を隠蔽した。

◇◇◇

「艦長!νガンダム発見!」
「アムロは?パイロットは無事か⁉︎」
「先程から呼び掛けていますが応答がありません!」
オペレーターの言葉にブライトは唇を噛み締める。
『アムロ!頼む、無事でいてくれ!』

アクシズが軌道を変え、ネオ・ジオン軍との戦闘も収束した戦場では、地球からの命令によりラー・カイラムが損傷機の回収作業に当たっていた。
その作業をしつつ、ブライト達は最後までアクシズの側に居たであろうνガンダムを必死に捜索していたのだ。

味方機がνガンダムを牽引してラー・カイラムのデッキに収容したとの知らせを受け、ブライトは副官にブリッジを任せてデッキへと駆け下りた。
戦闘と摩擦熱で激しく損傷した機体にブライトの心臓がドクリと跳ねる。
『アムロ…無事か?』
急いでコックピットへと向かい、医療班と共にハッチを開く。
そこには、コンソールパネルに突っ伏し、おそらくパネルでぶつけたであろう額から血を流したアムロが居た。
「アムロ!」
医療班が慎重にアムロを抱き起こし身体の状態を確かめる。
額の傷の他、おそらく高温に晒されたであろう皮膚に火傷と、抱き起こした際に痛みを訴えた事から打撲や骨折があると思われた。
「アムロは大丈夫か⁉︎」
「まだ何とも言えませんが、おそらく命に別状は無いかと…」
医療班の言葉にブライトがホッと肩を撫で下ろす。
担架へと乗せられたアムロがコックピットから出される際、瞼がピクリと震え、その瞳が開かれた。
「アムロ!俺だ!分かるか?もう大丈夫だ!」
そんなブライトに一瞬視線を向けるが、アムロは何も反応を返す事無く、虚ろな表情を浮かべたまま遠くへと視線を向ける。
「…アムロ?」
「艦長!直ぐに医務室へ運びます!離れて下さい!」
「あ、ああ…」
「担架急いで!」
慌ただしく動き回る医療班にその場を譲り、一歩離れてアムロを見つめる。
ブライトはアムロのあの反応に嫌な予感を覚える。
「まさか…な…」
アムロのあの反応は、かつてグリプス戦役で心を壊してしまったニュータイプの少年、カミーユ・ビダンのあの時の様子に良く似ていたのだ。
ブライトは募る不安を胸に抱えながらも、一旦ブリッジへと戻った。

そして任務が完了した後、アムロの様子を確認するために医務室へと向かった。
扉を開こうとしたその時、中からチェーンの悲痛な叫び声が聞こえる。
「アムロ大尉‼︎…アムロ!私です!チェーンです!アムロ…!」
ブライトは慌てて扉を開き中へと入る。
そこで見たものは、泣き叫ぶチェーンとベッドに横になり、何も反応を返さず、虚ろな瞳を天井に向けるだけのアムロの姿だった。
「…チェーン…どうした?何が…」
「艦長…!」
涙をポロポロと流し、アムロの手を握り締めるチェーンがブライトへと振り返る。
「チェーン?」
「艦長…アムロが…アムロが…」
治療を終えたアムロは、頭や身体に包帯を巻かれ、頬に負った火傷の痕にはガーゼが当てられていた。
しかし思ったよりも軽傷であった事にホッとしながらも、別の不安に駆られたブライトはゆっくりとベッドへと近付き、アムロを見つめる。

既に意識は戻っており、その瞳は虚ろながらも開かれていた。
ブライトは緊張した面持ちでアムロを見つめ、声を掛ける。
「アムロ…俺だ。ブライトだ、大丈夫か?」
ブライトのその言葉にも、アムロは何の反応も返さない。
「アムロ?」
恐る恐るアムロの肩を掴んで揺さぶる。
「アムロ!おいっアムロ!」
「ブライト艦長…」
そこに、医師のハサンが姿を現わす。
「ハサン先生!アムロは⁉︎」
縋るようなブライトの視線にハサンは悲痛な表情を浮かべ小さく首を横に振る。
「アムロ大尉の今の状態は…かつてのカミーユ・ビダンと同じです…」
予想はしていたものの、その現実にブライトは言葉を失う。
「…ハサン先生!どういう事ですか⁉︎」
カミーユを知らないチェーンがハサンを問い詰める。
「アムロ大尉の精神は…崩壊してしまっているんです…」
「精神が崩壊って…!そんな」
現実を受け入れられないチェーンが目を見開きカタカタと身体を震わせる。
それをなだめる様に肩を撫でると、ブライトはアムロの詳しい状況をハサンに尋ねる。
「先生、怪我の方はどうですか?」
「頭部の裂傷と顔の火傷はたいした事はありません。後は全身の打撲と肋骨の骨折。それから右足にも単純骨折が一箇所あります」
「あの衝撃でこの程度の怪我すんだのは奇跡だな…」
「ええ、そう思います」
ハサンが溜め息まじりに頷く。
「足の骨折があると言うことは、とりあえず一人で歩く事は出来なさそうですね?」
「ええ、ここの重力エリアは無理でしょう」
その言葉に、ブライトが小さく息を吐く。
「暫くアムロは面会謝絶でお願いします」
「…分かりました」
アクシズの降下を阻止できたとは言え、今はまだネオ・ジオンとの抗争が収束したわけでは無い。その状況でロンド・ベルのエースパイロットがこの状態だと周りに知れれば士気に関わる。
ブライトのその意向を察したハサンが何も言わずに頷く。
「チェーン、君もアムロのこの状態については他言無用でな」
「…艦長…」
不安げなチェーンの肩を叩くと、ハサンと共にアムロの病室を後にした。

ブライトはハサンと少し話しをした後、艦長室に戻ってドカリと椅子に座る。
襟元を緩め、背もたれに身体を預けると、大きな溜め息を吐く。
「…アムロ…」
あの緑色の光を見たとき、自分はニュータイプでは無いが、あの中心にはアムロがいるのだと、あれはアムロが放った光だと理解った。
そして、側にはあの男がいると…。
「あの男は無事なのか?」
まだネオ・ジオンの情報は入ってこない。
とりあえずは撤退を始めた事だけは分かっているが、双方の被害についても完全には把握出来ていない。
ただ、ネオ・ジオンの規模が連邦軍が思っていたよりも遥かに大きかった事、スペースノイドがどれほどシャア・ダイクンを支持しているのかを目の当たりにした。
あれだけの軍勢の情報を連邦が全く得られなかったのは、スペースノイド達の支援により匿われていたからだ。
「やはりあの男は恐ろしいな…、先を読む事に長けた頭脳と人々を惹きつけるカリスマ性。そして行動力…」
かつて共に戦った頃の男を思い出す。
あの頃も、初めこそ警戒していたが時間が経つにつれ、その力量と人柄に警戒を解いていった。気付けば誰よりも信頼し、当てにしていた様に思う。
そう、決して悪い男では無いのだ。
アムロは彼を『純粋』だと言った。
そして、本質的には優しい男だと。
ただ、その純粋さと優しさ故に極端な行動に出てしまうのだと…。
作品名:誰にも君を渡さない 1 作家名:koyuho