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BLUE MOMENT10

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BLUE MOMENT 10


 瞼を上げれば、ぼんやりと木目調の家具が見える。
 ここはどこだ、と疑問を浮かべた。同時に自身の置かれた状況把握に全思考を注ぐ。
 まずは、目視での情報が一番顕著だ。私の視界は九十度傾いている。
「…………」
 どこかで倒れでもして、横になっているのだろうか、と現状の結論が出るまでに少し時がかかった。
(確か……)
 この状態に陥る前のことを思い浮かべる。
 士郎をカルデアに連れ戻した。そして、士郎の部屋で、士郎の深層に再び向かい……、それから……。
「はっ!」
 飛び起きれば、ベッドの上だ。
「ぁ……っと……?」
「やあ、戻ってきたね、エミヤ」
「あ……、しょ、所長、代理……」
 詰まりながらだったが、どうにか声は出る。
「いやあ、骨が折れたよー。意識のない君をベッドに寝かせるのに一苦労さ」
「あ、ああ、すまない、というか、ありがとう。手間をかけさせたな」
 素直に口にすると、
「ふふ。冗談だよ! この義手が見えないのかい? 君は、ほんとに素になると、途端に可愛くなるねえ」
「は? っ、む……」
 からかわれたことにようやく気づき、眉をしかめた。まだ士郎の深層にいた名残があるのか、頭がしゃんとしないが、まあ、言われっぱなしでは終われない。
「それこそ冗談だろう? 私を可愛いだなどと評する者など、どこに、」
「ここにいるけど?」
「ぅ…………、はぁ……」
 言い負かそうとしたものの、所長代理を相手にして、いろいろとままならないことに気づく。私自身が整理のつかない状態でもあり、少々疲れてしまい、所長代理を言い負かすのは諦めた。
「ははは。冗談は、ほんとにさておき、首尾はどうだい? 士郎くんを納得させるに至ったかな?」
「納……得……」
「エミヤ?」
「あ……、いや、その……」
 それは、どう答えればいいのか。
 私はただ、士郎の過去を知っただけで、何かを納得させたということではない。
「私は……」
 何をどう説明すればいいのだろう。いくら主治医といっても、士郎の過去やいろいろな葛藤を私がペラペラ話していいものか……。
「まあ、君に訊いても士郎くんに訊いてもわからないか。こればっかりは、経過観察ということにしよう」
 所長代理は結論を急がなくていいと、我々に逃げ道を与えてくれた。私もだが、士郎にも六体目の定着が成ったかどうかはわからないだろう。
 士郎とて、六体目を出したくて出していたわけではないだろうし、六体目が分離することの危険性は士郎にもわかっているはずだ。したがって、もし士郎が故意に六体目を出すことができるとしても、無理をして六体目を出そうとはしないはず。
「そうしてもらえると、私もだが、士郎も助かるだろう……」
 少しほっとしながら背後を振り返れば、士郎は六体目を出した時と同じ体勢で横になっていて、私には背を向けた状態だ。
「士郎……」
 やっと、士郎がカルデアに戻ってきた。
(やっと触れられる。やっとだ、やっと……)
 気配の辿れない時間のなんと長かったことか。何をするにも気持ちが入らず、厨房にもほとんど立てなかった。それがやっと……。
 そっと、赤銅色の髪を梳く。
「ん……」
 ころり、とこちらへ寝返った士郎は、まだ目覚めていない。頬に触れても手を弾かれることはなく、まるで私を受け入れているかのようだ。
(士郎の深層でも、どうにか受け入れてもらえたと思うが……)
 六体目との融合の経過観察とともに、私も士郎との関係を少しずつ築いていきたい。
(まだ、出て行くと、言い張るのだろうか……)
 不安は拭えないが、士郎の生きた道を少し知ったことで、以前と比べれば士郎を少しは理解できていると思う。私には理解不能な士郎の理由というものがあり、それについての対処に困らない程度には士郎を知ることができた。
 これからは慎重に、そして私も、自身の想いを隠すことなく士郎に伝えていかなければならない。それが士郎には必要だ。
 憶測ほど不確かなものはない。だというのに、士郎は憶測を自身の中で真実に変えてしまう。
 それは、士郎が理想からかけ離れた生を送ったという後ろめたさからくるものなのではないだろうか。
 士郎が自分の存在を自分自身で認めることができないのは、その自信のなさと、理想を約した義父への引け目、それから、炎の中で救えなかった、たくさんの士郎を見送った人々の想い……。それが根底にあり、やがては過去の修正においての後ろめたさが加わり、そういうものを一身に背負って、士郎は自ら雁字搦めになってしまったのだろう。
 解放してやりたい。
 そんなもの、気にすることなどないと、何度でも言葉にして、とことんまで甘やかして、士郎がカルデアで過ごすことが楽しいのだと言える日まで、私は士郎の傍にいたいと望む。
(どうか、その瞳に、いつも私を映してくれ……)
 願うことをやめられない。
(守護者などというものに成り果てた私に、こんな人並みの想いがまだあったのか……)
 私の中の熾火が再び勢いを取り戻したのは、士郎が起因だ。胸の熱さなど、とうに消え失せたと思っていたというのに……。
「ん……」
 眉根を寄せた士郎は、そろそろ覚醒するようだ。
(その瞳が見たいような、見るのが恐いような……)
 士郎にどんな反応をされるのだろうかと、私は気が気ではない。我ながら小心者だと嗤ってしまう。
 すりすりと触れた頬を撫でるだけでは飽き足らず、指の背でさらに輪郭をなぞった。
「……ん……、ぁ……」
 微かな声に、頬を撫でていた手を止めた。
「士郎?」
 薄く開いた瞼から琥珀色が覗く。
「……ぁ……ちゃ…………?」
 ぼんやりとした声で私を呼び、何度か瞬き、急に目を瞠った。
「あっ!」
 その声に驚いて士郎の頬に触れていた手を引っ込める。
「あ、あ、ぅ、あの、そ、その、」
 はくはくと口を動かすものの、まともな言葉が士郎の口から出てこない。
「士郎、六体目はどうだ? 分離してしまいそうか?」
 私も何を言えばいいのかわからず、士郎でも答えを出せないとわかっていたはずなのに、そんなことを訊いてしまった。
「え? あ、えと……、だ、だい、じょぶ? なのか、よ、よく、わかんな――」
「うん、そうだろうね。六体目のことは、今後、私が責任を持って経過を診ていくよ」
「あ……、ダ・ヴィンチ……」
 にっこりと笑む所長代理に士郎はすまなさそうに眉を下げる。
「ごめん……、面倒なことを、させて……」
「何を言っているんだい。言ったじゃないか、六体目が分離してしまうのは主治医である私の責任でもある。君は何も気にすることはない」
「でも、俺がきちんと六体目を――」
「さあ、では、夜も遅いことだし、私はこれでお暇するよー。士郎くん、また明日ね!」
「え? あ、ちょ、ちょっと、待ってくれ、その……」
「ん? どうしたんだい?」
「あ、えっと……」
 私と目が合い、士郎は瞬時に首まで赤くなった。
「う……」
 言葉を失くして、それでも何かを伝えようとする士郎は赤い頬のまま視線を落とす。
「その……」
 だが、やはり何も言葉にはならないらしく、項垂れてしまった。
「士…………」
 ああ、そうか。
作品名:BLUE MOMENT10 作家名:さやけ