二次創作小説やBL小説が読める！投稿できる！二次小説投稿コミュニティ！

　ようやく思い至る私も鈍い。
　所長代理だけではなく、私にも出ていってもらいたいということだ。
「所長代理、私も出る。士郎には休息が必要だろう」
「そうだね」
　所長代理の同意に頷き、ベッドから立ち上がり、扉へ向かう。
「え？　あ、あの……」
　歩き出した私の後を士郎が慌ててついてきて、背後に立った。
　もしかすると、引き留めようとしているのだろうか？
　いや、追い出すようだと気を遣っているのが正解か。
「あの……」
　言葉に詰まる士郎に、何をどう言えばいいのだろうか。
　私は士郎と二人きりになれば何をするかわからない。士郎の深層での行為の熱が、いまだ私の中で燻っているのだ。ここにいては、以前と同じに士郎に無理強いをしてしまう。
「あの、アーチャー、俺、」
　やっと何かを言葉にできるようになったのか、私を呼ぶ。
（だが、今は……、まだ……）
　私もいろいろと整理がついていない。したがって、今は士郎と同じ部屋にいるのはまずい。
　振り返ると、思い詰めた表情で少し俯き、拳を握りしめている。
（無理をさせたくはない……）
　士郎が落ち着くまで、私は待つつもりでいる。そして、士郎が私を求めてくれるまでは、触れたりしない。
（今は、焦る時ではない……）
　心中で言い聞かせながら、そっと髪に触れれば、おずおずと士郎は私に目を向けた。
「ゆっくり休め」
　自分を押し殺し、静かに告げ、所長代理に続いて士郎の部屋を出る。
「ぁ……」
　士郎の小さな嘆息が聞こえた気がしたが、やはりここに居残るわけにはいかない。私がおさまらないというのもあるが、やつれているわけではないにしても、士郎の顔色はあまり良くない。士郎には、本当に休息が必要なのだ、心身ともに。
（焦るな……）
　私は、どうにも性急に事を運んでしまうところがある。
　何に焦っているのか、士郎に対しては冷静さを失い、大切なことを見過ごしてしまうところがあると気づいた。
（直さなければな……）
　自身の落ち度を認め、何度も焦ることはない、と自分に言い聞かせ、背中で施錠される音を聞いた。
　閉まった扉を振り返り、もうこの扉は士郎の意思でなければ開かないのだと、ため息が腹の底から溢れ出す。
「エミヤ、よく堪えたね」
「…………」
　見透かしたような顔で笑みを浮かべている所長代理を、ちらり、と見遣った。
「大丈夫さ。すぐに士郎くんは君を訪ねてくるよ」
「…………は？　どういう意味だ？」
　なぜ士郎が訪ねて来るというのだ？
　ありえない。
　そんな自信満々にいったい何を言っているのだ、所長代理は。
　私を侮るのもたいがいにしてもらいたい。
（人の気も知らないで……）
　少々腹立たしく思っていれば、
「だって、彼の中では今、六体目とヨロシクやっているところだろう？　その影響、身体には全くないと思うかい？」
　所長代理は、いたずらっ子のように人の悪い笑みを美しい顔に刻んだ。
「な……」
　何を言っているのか、この天才というやつは……。
　いや、それよりも、六体目の融合に抱き合うことが必要だとなぜ所長代理にわかるのか？
　知っていたのなら、士郎にもっと適切なアドバイスなりなんなりできたのではないのか？
　この人は士郎をなんだと思っているのか。いや、まあ、今さらそんなことを蒸し返して怒っても仕方がないか。
　それに、確かに今、深層の中で士郎が六体目と何をしているかといえば、おそらく所長代理の言う通りのこと。
「…………」
　考えるだけでも胸は焼けるが、想像に難くない。
　六体目と分離しなくなる、ということは、すなわち、士郎が六体目を心身ともに受け入れたという証。今も士郎の深層で、二人はきっと身体を重ねて……。
「っ……」
　それは、士郎にとって必要なことだ。
　士郎と六体目が身体的に繋がり、融合が完了する。
　デミ・サーヴァント一例目であるマシュが、そのような過程を踏んだのかどうかは知らないが、士郎の場合は、その行為における、文字通りの接合が鍵となっているのだろう。
　したがって士郎は今も深層で六体目と抱き合っているはず。
　だからといって、影響が表層ともいえる肉体にまで表れる、など……。
「まさか……」
　そんなこと、あるわけがない。
　いくら深層で士郎と六体目がいまだに抱き合っていたとしても、その影響が身体に表れるなどありえないだろう。いや、あるはずがない。
　きっぱりとその可能性を否定し、所長代理に苦言を呈する。
「くだらないことを言っていないで、六体目の定着を確かめる方法でも探してくれないか」
「ふふーん」
「な、なんだ」
　思わずたじろげば、
「まあ、時間が経てば、わかるよ」
　意味深な視線を私に送り、所長代理は自身の工房内に消えていった。
　わけもわからず首を捻りつつ、私も自室へ向かう。
「は……」
　安堵のため息が甘ったるく、そして、せつない。
　士郎とこれから、どのように過ごせばいいのだろうか。
　日ごと部屋を訪ねればいいか？
　それとも、食堂に来るのを待つか？
（……だが、そうなると、他のサーヴァントたちとも顔を合わせることになってしまう）
　ああ、まったく……。
　不安だ。不安でたまらない。
　アルトリア、クー・フーリン、厨房の面々、他にもカルデアには、サーヴァントがうじゃうじゃいる。
　そのどれもが、私など及ぶべくもない英霊の輝きを持っている……。
（どうやって……？）
　士郎の気持ちを繋ぎ止めるには、どんな方法があるのだろうか。
　私の想いをぶつけても、士郎はそれほど喜んだ様子ではなかった。
　何度好きだと言っても驚いているだけで、確かに私を好きだと言ったが、それは何故か謝られながらで……。
　気持ちを打ち明け合っても、そうトントン拍子に事は運ばないようだ。
　ならば、やはり、士郎をオトすに限る。
（慎重に慎重を重ねていかなければ……）
　気を引き締めながら、自室へと歩を進めた。



◇◇◇　◇◇◇　◇◇◇

　目を開けると、アーチャーがいた。
　アーチャーと抱き合って、気でも失っていたんだろうか、と思ったけど、何かが違う。
（ここは……）
　俺の間借りする部屋だ。
（ということは……）
　深層から意識が戻った。そして、アーチャーも外に……。
「ぁ……」
　何か言わなければ……。
　だけど、何を言う？
　深層で何もかもをぶちまけて、その上、六体目との融合を完璧にするためにセックスをして……。
「ぅ……」
　ぼっ、と火がついたように顔どころか、身体中が熱くなる。たぶん俺、真っ赤だ。
　何も言えず、ただ赤くなってうろたえる俺を、アーチャーはどう思っただろう。
　気色の悪い奴だと思っただろうか？
　呆れてものも言えないって感じだろうか？
　何を言われるか恐くて、ますます口を開けない。
　なのに、予想とは全然違って、アーチャーは休めって言った。
　俺の髪を撫でて、休息を取れって……。
　ダ・ヴィンチと連れ立って出て行くアーチャーの後を、思わず追ってしまう。何も言葉にできないでいる俺に、アーチャーは微笑を浮かべたままで扉の向こうに消えてしまった。
「ぁ……」
　俺は何を残念に思うのか？