彼方から ― 幕間 ―
彼方から ― 幕間 ― 其々の想い(作者の『勝手な』妄想)
「大丈夫かい? ……怪我をしたんだね……気を失っているのかい?」
夜具の毛布に包まれ、イザークに抱きかかえられているノリコ。
その顔色は、松明の明かりでも蒼褪めているのが分かるほどだった。
ガーヤは、ノリコとイザークの顔を交互に見ながら、腫れ物にでも触るかのように彼女に手を添え、訊ねている。
「あぁ……応急処置はしたが……」
辛そうに顔を歪め、イザークはノリコの顔を見やりながら、ガーヤの問いに応えている。
「おめぇは大丈夫なのかよ、イザーク」
ノリコの様子を窺いながら、そう訊ねてくれるバラゴに、
「心配はいらん」
と、イザークの返しは端的で素っ気ない。
そんなこと、どうでも良いと言わんばかりの返答に、バラゴとガーヤは思わず、顔を見合わせていた。
「ノリコが怪我をしたのかっ?」
ガーヤの言葉を聞きつけ、少しゆっくりと歩み寄って来ていたバーナダムが、血相を変えて走り寄って来た。
「騒がないでやってくれ!」
その姿を眼の端で捉え、イザークは彼を制するかのように、思わず語気を強めていた。
「え……」
ギョッとして立ち止まるバーナダム。
バーナダムに続いて歩み寄って来ていた左大公親子も、イザークの強い語気に驚き、足を止め、互いに顔を見合わせている。
「イザーク……」
普段とは違う様子に、少し戸惑いを見せたガーヤの呟きに、イザークはハッとしてバツが悪そうに目を伏せると、
「済まない――寝ている……怪我に響く、起こしたくない」
そう付け加えた。
揺れる炎に照らされたイザークの表情は、その彫の深さも相まって悲壮感が漂っている。
それほどに、ノリコの容態は悪いのかと――誰もが掛ける言葉を見つけられずにいた。
「エイジュに診てもらえよ、イザーク」
バーナダムの一言に、皆、ハッとして振り向き、次いで、イザークを見た。
「……エイジュに?」
皆の視線を感じながら、怪訝そうに眉を顰め、バーナダムを見やるイザーク。
「ああ、イザークは知らないんだね、あんたが集落で倒れた時、エイジュが容態を診てくれたんだよ」
ガーヤが執り成すようにそう言ってくる。
「おれを……? エイジュが……?」
更に眉を顰めるイザーク。
「少しだけ、癒しの力を持っているって言っていた。おれが痛めた背中も、彼女が癒してくれたんだ。応急処置だって言ってたけど、今でも痛くないぞ」
そう言いながら、バーナダムは再び歩み寄ると、イザークの腕の中で眠るノリコを見やり、顔を曇らせ、何かを呟いた。
ふぃっと、顔を背けるようにして踵を返し、バーナダムはエイジュの方へと少し、歩を進める。
今の、バーナダムの呟きに、誰も気づいた様子はなかった。
一人を除いて……
「…………」
無言で、眉を顰めたまま、同じようにエイジュを見やるイザーク。
「とにかく、エイジュを呼ぼう。この先のこともある……今、ノリコの容態を診られるのは彼女しかいないのだから」
ジェイダにそう諭され、イザークは懸念を抱きながらも頷かざるを得なかった。
バラゴが、バーナダムが、エイジュを呼び、手招きをしている。
彼女の様子に、変わったところは見られない……
気付かなかったのだろうか……体内に眠る『力』に……
もし、気付いていたとしたら――彼女は皆に何も話していないことになる。
皆に話さなかった、その理由は……?
考えたところで、答えは出てこない。
今、この場で、エイジュを問い詰めるわけにもいかない。
払拭できぬ懸念を抱えたまま、イザークは彼女を待つしかなかった。
*************
「落ち着いて、バーナダム。ノリコが、怪我をしたのね」
「そうなんだ、気を失っているんだ」
歩み寄ってくる彼女の到着を待てないのか、バーナダムは駆け寄り、早口で言葉を並べ、彼女を先導するように何度も振り返りながら少し前を歩いてゆく。
「おれの時みたいに、癒してやってくれよ」
バラゴとガーヤに誘われながら近づいてくるイザークに気付き、バーナダムはエイジュを拝むように見やりながら、そう、頼んでくる。
彼の言葉と表情から伝わってくるのは、ノリコの怪我を心配している純粋な気持ち。
エイジュは、自らの感情に真っ直ぐなバーナダムを温かい眼で見ながらも、
「診てみないと、何とも言えないわね」
と、たとえ安心させるためであっても、気休めは、口にしなかった。
「……集落でおれが倒れた時――診てくれたそうだが……」
「ええ、差し出がましかったかしら?」
「……いや」
いつも笑みで、いつも言い方で、いつものように小首を傾げてそう言ってくるエイジュに、変わった様子は見受けられない。
本当なら、もっと『核心』に触れたいのだが……
背後には左大公親子がいる――滅多なことは口に出来なかった。
それに……
――本当に、気付かなかった……のかもしれん
その可能性も……まだ、ある。
焦らずとも、彼女に問う機会を待てばいい……自ら墓穴を掘るような真似はすまい。
不安と焦燥に駆られそうになる心を抑え、イザークは普段と変わりない表情を見せていた。
「なんかよ、きれいな仄青い光で、おめぇの体全体を、暫く包んでたぜ」
「そうそう、よく覚えてるね、バラゴ。それに、明滅を繰り返してもいたね」
互いに、その時の様を思い返し合いながら、簡単に説明してくれる二人。
「……そうか、氷と水の使い手だったな、あんた……『癒しの雫』が使えるのか」
彼らの説明で思い当たる節があったのか、イザークはそう言いながらノリコの様子を窺うエイジュを見やっていた。
「少しだけよ、大したことは出来ないわ」
松明の明かりに照らされながら、イザークの胸に頭を凭れ、少し……哀しげに見える顔で眠るノリコの頬に手を当てた後、首筋へとその手を降ろし、脈を診ているエイジュ。
「でも、応急処置だって言ってた割には、おれの背中、今も痛くないぞ」
バーナダムの言葉に、エイジュは首を傾げながら振り返ると、
「本当に? だとしたら、バーナダムあなた、よほど、丈夫なのね……」
半ば、呆れたような眼で――半ば、感心したような口ぶりで、そう言った。
「……それって、褒めてんの?」
キョトンとした顔で返してくる彼に、思わず笑みが零れる。
「半分ね」
困ったような笑顔を浮かべながら、言葉を返すエイジュに、
「それよりも、ノリコの容態はどうなんだい?」
軽くバーナダムをあしらい、ガーヤがノリコを見やりながら、訊ねてくる。
扱いの軽さに少し落ち込むバーナダムを見やった後、
「一応、脈も呼吸もしっかりしているから、今すぐどうこうということはないと思うけれど……体内の様子までは分からないわ、もう少し詳しく診たいけれど……」
エイジュはそう言って、辺りを見回し、
「……ここで、ノリコを降ろすわけには――いかないわね」
そう言って、足下を見るエイジュに釣られ、ガーヤも視線を下に向けた。
今居る場所は、遮るものが何もない吹きっ晒しの平地で、地面も硬く、草木も生えていない。
作品名:彼方から ― 幕間 ― 作家名:自分らしく