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Backdraft

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 計画だけは前々から立てていて。それに期待しすぎて、高揚していた。愚かなミスを犯してしまった。
 遠足前の子供か、俺は。
 探そうとしていた雲雀が、シチリアにいたのは助かったが、見つけたのが、共に巻き込まれてではどうしようもない。

 先程よりコンテナは動かされている。身体と接した壁が、研ぎ澄ませていた聴覚が、止まずに続く僅かな揺れと、小さな機械音を綱吉に伝え続けていた。
 当り前だ。ボンゴレとその雲の守護者の入ったコンテナ等、危険過ぎて放置できない。早々に始末してしまうつもりなのだろう。
 チェファルーの海に沈められるか、それともエトナ火山の噴火口にでも放り込まれるか。
 さてさて、逝きつく先は海の藻屑か浮世の塵か。
 想像して憂鬱になり、綱吉は浅く呼吸を繰り返した。
 吐息が熱い。額にはうっすら汗が浮かんで、きっちり絞めていたネクタイは、ジャケットのポケットにしまってしまった。そのジャケットも、既に脱ぎ捨てられてコンテナの底に放られている。
 酸素の限界が近い。
 時計を見れば、もうあと三十分少々で日付が変わりそうだ。だが、それまで酸素が持つかも大変微妙。せっかくの雲雀の誕生日を命日にしてしまいそうだ。
 日付を跨ぐ前に地獄の扉を跨いでしまうのは、できれば避けたい。

 身体に力が入らなくなってきた気がする。
 何時だったかリボーン先生のボス教育の一環で、ボス関係ないだろうと思いながら教わった知識によれば、酸素欠乏症の第二段階だったか。
 やばいなあ、死にたくない。

 何をどう考えても、行きつく先には二人の屍しか見えない。綱吉は遠慮したかったが、だからと言って、状況を打開する手立ては思いつかなかった。
 ぼんやりと雲雀を見れば、雲雀だって暑いと感じているだろうに、彼はネクタイをきっちり絞めて、ジャケットを纏ったままであった。
 真似できないなあと、へらりと微笑めば、ちっとも意識の曖昧さを感じない、常の通りの鋭い視線が真っ直ぐに綱吉を射抜いた。
「ねえ、君の武器はこんな壁なんて気にならないんじゃないの?」
 雲雀の声は揺るぎ無い。

 この人酸素無くても生きて行けんじゃねえの?
 人間としての性能が違うって、呼吸レベルからだったのかあ。

 酩酊する頭で思いながら、綱吉は言葉の意味を考える。
 死ぬ気の炎なら、拳もトンファーも効かない事は既に証明済みである。
 では、武器とは何の事か。
「昔、この壁の使われた基地を吹き飛ばした事があるだろう? ……ほら、メローネの」
「ああ! そういえばありましたね」
 消えてしまった、辿り着かない未来で起きた過去の出来事。
 綱吉はメローネ基地の何区画かをイクスバーナーで焼いた事があった。あの壁にナノコンポジットアーマーが張り巡らされていた事は、後から聞いて知った。
 そう。確かに、イクスバーナーを使えば、コンテナからの脱出は不可能ではない。だが、問題がある。
「壁は焼けますが、あそこは広かったから可能だったんです。こんな狭いコンテナでやったら、俺たちごと焼かれちゃって、こんがりウェルダンどころの騒ぎじゃないですよ」
 ぜはぜはと浅く呼吸を繰り返しながら述べれば、雲雀は大丈夫とだと言いながら、懐から紫色の匣を取り出した。
 なーに? とすっかり思考力の落ちた、重く感じる頭を傾げて思い当たる。球針態か。
 確かに、綱吉もお世話になったことのある恐ろしい強度を誇るロールちゃんならば、イクスバーナーの――直撃はさすがに厳しいけど――爆破の余波くらい耐えられるだろう。酸素状態はとても不安では有るが、爆発自体はそんなに時間がかかる訳ではない。ちょっと息を止める気持ち……よりかは大分きついが、その後好きなだけ酸素が吸えるとあれば耐えられる。

「でもそれ、俺はどうなるんですか?」
 球針態に入ってしまえば、イクスバーナーは撃てない。外で撃てば綱吉は爆破の巻き添え、下手をすれば球針態の巻き添えまで食らってしまう。
「大丈夫、ちゃんと中にしまってあげるよ」
「……それってつまり、俺が打って、爆発する寸前に球針態展開させるって事ですか?」
「そう」
 雲雀は事も無げに言うが、それはとても、限りなく難しい事だと綱吉にはわかる。練習なしにできる様な事ではないが、練習などしている時間も酸素もない。
「下手したら、二人とも死んじゃいますよ」
 俺は、あなたの誕生日と命日を同じにしたくないので、あなただけ球針態に入って、俺がバーナー撃っちゃうっていうのはいかがでしょう?
「やだ」
 だってそしたら、君死んじゃうかもしれないじゃない。

 そんな、人の提案を一刀両断しなくても……と思っていた耳に、続けて入ってきた言葉に、綱吉は思わず己の耳を疑ってしまった。
 これはいけない。酸素が足りないのは切実だ。幻聴まで聞こえて来やがったぞ。

「君が撃って、爆発する前に球針態展開すればいいだろ?」
 それはかなり危ない、少しでもタイミングを誤れば二人してあの世行きになってしまう。
 綱吉はそう思ったが、口にはしなかった。
 雲雀の目はどこまでもまっすぐに綱吉を射抜く。少しも弱った感じを見せないその瞳は、もうそれ以外の選択肢を受け付けないと語っている。
 はあ。
 綱吉は息を吐く。
 酸素が少ない為、もう溜息など吐いている余裕はないのだが、それでもこれ以上、今の気持を表せる物がないから、綱吉はそれを自分に許した。

 仕舞っていた手袋を取り出して、付ける。
 ふわふわの手袋は、笑ってしまうくらい今の状況に不似合いで、綱吉は少しだけ笑ってしまった。
 これに火を灯したら、もうあとは時間の勝負だ。人二人分が生きられる酸素が燃え尽きないうちに、さっさと爆破させて……寸前で球針態の中に入らなくてはならない。
 できるかな。
 いいや、やらなくてはならないのだが。
 綱吉は手袋の中で、己の手が微かに震えているのが分かった。
 自分の死は怖くない。怖いけど、雲雀さんが死んでしまうよりは全然怖くはない。

「ねえ」
「はい、何でしょ?」
 声まで震えそうなのを喉に力を入れて耐えて、努めて明るい調子で綱吉は答えた。
「ここから出たら、欲しいものがあるんだけど」
「誕生日プレゼントですか? 欲しい物は人からもらう前に自分で手に入れちゃうのに」おかげで毎年毎年、何あげるか考えて、あげても喜んでくれなくて困ってたんですよ!

 言った綱吉の手を、手袋越しの手を、雲雀は強く握った。
 そんな風に握られたら、震えがばれてしまうかもしれない。
 引っ込めようとしたその手を雲雀は逃がさずに、綱吉に微笑んで見せた。
「何時までも燻ってるのも僕らしくないからね。これを機に手に入れてしまうおうかと思って」
「雲雀さんにも我慢する物があったんですか!」
 状況を忘れて、思わず心の底から驚いた綱吉の叫びは、痛いほどに握られた掌に消えていった。

「せっかくの誕生日だけど、箱を開ける権利は君にあげるよ」
「はは、例えが悪趣味です」
「ずっと欲しかった物なんだ。壊さないように頼むよ」
 雲雀はそう言って手を離すと、綱吉の背を押した。
 言葉の意味を理解しかねたが、雲雀の気配は既に戦闘時のそれで、綱吉は小さく深呼吸した。
作品名:Backdraft 作家名:桃沢りく