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許し合えるその日を

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許し合えるその日を

「I belong to you 」シリーズの短編です。


UC0093
かつて、共にエゥーゴの一員として戦ったクワトロ・バジーナ大尉、いや、シャア・ダイクンが5thルナをラサに落とした。
それはブライトにとって衝撃的な事実だった。

新生ネオ・ジオンを立ち上げ、地球連邦政府に対して宣戦布告をした時点で、彼が武力行使を厭わない姿勢であった事は分かっていた。
しかしまさか、あんな暴挙に出るとは思っていなかったのだ。
少なくとも、ザビ家の様な事はしないだろうと勝手に思い込んでいた。
クワトロ・バジーナ大尉という人物は、生粋の軍人ではあったが、ブライトの知る限り、優しい心を持つ人間だったからだ。
しかしそんなブライトに対し、シャアと因縁の深いアムロは言った。
『エゥーゴで連邦の腐敗を目の当たりにして、内部からの改革は不可能だと悟った。だからこそ、奴は強硬手段でしか改革は出来ないと判断したんだ』
それは理解できた。
だからあの時、クワトロ・バジーナ大尉は姿を消したのだろう。
そもそも偽名で入隊していた事から察するに、正規の連邦軍人では無かったのだから。
しかしそんな彼を無責任だと思う気持ちもあった。彼が目を掛けて来たニュータイプ少年、カミーユ・ビダンはあの戦いで心を壊してしまった。そんな彼を置き去りにしたのだから。

結局グリプス戦役後、エゥーゴは連邦に吸収され、ティターンズは壊滅出来たものの、連邦の腐った根底までは改革出来なかった。
そんな我々に彼を糾弾する資格など無いのかもしれない。
しかし、何の罪も無い人々が犠牲になるような改革は受け入れられなかった。


5thルナの落下作戦は、ロンド・ベルの完敗だった。
完璧な作戦と、よく訓練された精鋭のパイロット達。シャアの手腕は本当に見事なものだった。
ブライトは盛大にため息を吐く。
「流石は赤い彗星か…」


5thルナ阻止に失敗したロンド・ベルの司令官として、残務処理に追われていたブライトは小休憩を入れようとフリールームへと足を運んだ。すると、そこには我らがエースパイロットがソファに座り、うたた寝をしていた。

「おい、アムロ」
肩を揺すって声を掛ければ、小さく唸り声を上げる。
「…んん」
「こんな所で寝ていたら風邪をひくぞ」
「…ブライト?…」
「全く、体調管理もパイロットの仕事だぞ」
「うん…ごめん…」
目を擦りながら、まだぼぅっとしているアムロをブライトは手にしたコーヒーを飲みながら呆れ顔で見つめる。
もうすぐ三十に手が届く年齢になったとは言え、童顔な為かこうして見ると一年戦争当時とあまり変わらない様な気がする。
本人にそんな事を言えばコンプレックスに触れて怒り出すだろうが、素直に可愛いと思ってしまう。
そんなアムロの頭をクシャリと撫ぜる。
「おい、良い加減に起きろ」
「んー、喉渇いた…」
「はぁ?全く、何が良いんだ?」
ブライトは手にしていたコーヒーをテーブルに置き、飲み物を取りに行ってやろうと立ち上がる。
「ブライトのそれ何?」
「これか?コーヒーだが」
「それで良いや」
そう言うと、ブライトのコーヒーを奪って一口飲む。
「おい!」
「良いだろ?一口だけだから」
「ったく」
呆れながらも、何だかんだで自分はアムロに甘いなと思う。
長い付き合いな事もあるが、今このロンド・ベル内で唯一気の許せる相手はアムロしかいない。おそらく自分もアムロに甘えているのだろう。

コーヒーを飲んで少し目が覚めたのか、アムロが大きく伸びをして立ち上がる。
「……とう」
小さく呟かれた声が聞き取れず、思わず聞き返す。
「アムロ?」
「『ありがとう』って言ったんだよ」
「あ、ああ…」
そう言って微笑むアムロに、ブライトは少し戸惑う。
「それじゃ、部屋に戻って休むよ」
「ああ、そうしろ。ちゃんと休めよ」

その時のアムロの微笑みが何故かブライトの心に引っ掛かった。
それは予感だったのかもしれない。



UC093年3月12日
シャアの叛乱後、帰艦しないアムロの捜索を続けながらも、ブライトは心の何処かでアムロはもう戻って来ないだろう事を感じていた。
しかし、それとアムロの死を結び付ける事が出来ずにいた事も事実だ。
上層部からアムロの捜索打ち切りの命令が下り、とうとうアムロにMIAの認定が下りた。
ブライトは己の不甲斐なさに、ただ拳を壁に打ち付ける事しか出来なかった。

ブライトは艦橋から艦長室へと向かう途中、アムロの部屋へと足を向けた。
お世辞にも片付けが得意とは言えないアムロの部屋だ。
主人が戻らず、散乱されたままでは衛生的に不安だと思い、艦長権限でスペアキーを持ってその扉を開いた。
そこで目にした光景にブライトは愕然とする。

いつもならば足の踏み場み無いほど物に溢れ、ベッドまで辿り着くのも一苦労の部屋が、今は何も物がなく、まるで元から誰も使用していなかったかの様に閑散としていた。
クローゼットを開けても、制服がワンセット掛かっているだけで、他には何も無い。
そして、デスクの引き出しを一つ一つ開けていく。
そこに、一通の手紙が有った。
ブライトは恐る恐るそれを手に取る。
それはアムロの遺書だった。
正式なものは他のクルーの物と一緒に宇宙へと流したが、これはアムロが個人的に残したものだ。
ラー・カイラムが撃沈していたら読まれずに消失してしまっただろうが、宛名がブライトだった事から、その時は読み手も生きてはいないだろうと思ったのだろう。
ブライトはゆっくりと手紙を開き、内容を確認する。
そこにはただ一言、
『ブライトへ、ありがとう』とだけ書かれていた。そして最後にはアムロのサイン。
その癖の強い字は紛れもなくアムロのもので、ブライトは目頭が熱くなるのを感じる。
あの時、アムロが口にした『ありがとう』は、おそらくコーヒーのお礼だけでは無かったのだろう。
命を懸けた戦いになるであろう出撃を前に、意地っ張りで照れ屋なアイツの、精一杯の言葉だったのだ。

「あの馬鹿…!」

手紙を握り締めた手に熱い雫がポタポタと落ちていく。
その時、何年か振りにブライトは涙を流して泣いた。
今まで幾多の戦いをくぐり抜け、多くの仲間を失った。それでもこんな風に涙を流したのは一年戦争時にリュウが死んだ時以来だ。
信頼する仲間を失う事の辛さを改めて実感した。
そして、片付けられたアムロの部屋を見つめ、アムロの覚悟を感じ取る。
チェーンが「シャアを生かしたままでは死んでも死に切れない」とアムロが溢していたのを聞いたと言う。
アイツは、その命を懸けてシャアと戦う事を選んだのだ。
その事実に、ブライトは少しシャアを羨ましく思う。
アムロにそれだけの想いをぶつけられたシャア。そしておそらく、シャアもアムロに対して同じくらいの想いをぶつけていたのだろう。
総帥という立場でありながら、自らモビルスーツを駆って戦場に立ったシャア。
それは一重に、アムロと決着を付けたいが為だったのだろう。

ブライトはその手紙を制服の胸ポケットにしまい、涙を拭う。そして、背筋を伸ばして前を向く。
作品名:許し合えるその日を 作家名:koyuho